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愛していた。
或いは、それ以上深い愛の示し方などないと思い込んでいた。
行為は初めてだったが、必要最低限の知識くらいはある。
事前に手に入れてあった避妊具を制服のズボンのポケットに隠し持っていた。
いよいよという時になって男がそれを取り出し袋を破こうとすると、女はその手を掴んで首を横に振った。
「そのまま……」
意図するところを、汲み取れないほど野暮ではない。
最初で最後の情事だからこそ、より深く、薄い壁1枚の隔たりもなく繋がりたい。
その気持ちが互いにある。
「けど、もしも――」
その先の言葉を、男は飲み込んだ。
そうじゃない。
直接繋がりたい、それだけが希望ではない。
避妊をする理由が、妊娠を避ける理由が彼らにはなかった。
或いは賭けだった。
もしこのたった一度で彼女が妊娠するようなことがあったら、それこそ2人が運命の相手である証明のような気すらしていた。
今は抗えない、遠く離れ離れにならねばならない国籍の壁も、引き留めること、追いかけることも出来ない未熟な無力さも、もしこのたった一度の繋がりで新たな命を迎えることが出来たならば全て越えて行けるのではないか。
「もしそうなったら――」
と、彼女の方が言葉を引き継いだ。
「とても、素敵ね……」
望んでいた、互いに。
ここにもし奇跡が起こったら、親も教師も、認めざるを得ないだろうと思った。
この先も一緒にいることが、もしかしたら許されるかもしれない。
どちらの国になるかは分からない。
けれどそこには何の問題もなかった。
もしも全て失っても、それでずっと離れ離れにならずに済むのなら本望だった。
こどもを授かる――それだけが2人に残された小さな希望のように思えた。
その僅かな可能性に縋ることに、躊躇いはない。
幼くて未熟で、けれど真剣で、そしてだからこその素直な思考だった。
愚かだとは思わなかった。
親や友人に気付かれないようにと苦労して手に入れた避妊具は、半分袋が開いただけで用無しになった。
何故こんなものが存在するのか、そっちの方がむしろ不思議に思えた。
愛する人との愛の証明の行為を穢すもののようにすら感じて、男はそれを放り投げた。
「――欲しい」
君が。君の子が。君との未来が。
男が口には出さなかった言葉の先までを、女はしっかりと受け止めて微笑みを返す。
自分も同じだと、その目が語っていた。