頂上決戦
ここは某有名雑誌にも載る有名洋菓子店。
彼女と二人きりとは聞こえがよくなるかもしれない。なにせデートなのだから。
しかし付き合い始めて、もう10年も経てばお互いに遠慮というものもなくなる。
残されたケーキはもう一つ。
最初が悪かった。
お互いに味比べをするために複数のケーキを頼んだのだが、最後の一つ、詳しく言えば一口分が余ってしまった。
お互いに気まずい雰囲気が流れる。
これが何十年前の男なら躊躇したところだが、今や世の中もスイーツ男子がはびこる時代。そんな気遣いや恥じらいなどもあるはずもない。そんなものはドブに捨ててしまった。誰がこの甘いチーズケーキを口に含むのかそればかりが俺の関心ごとだった。
そして、そういう考えは俺一人だけではないはずだ。この10年でぶくぶくと太った対岸の君。まだ20代というのに体重が100キロ越えという按配だ。
「そういえば、最近も寒くなったよね」
「そうかな~」
しまった。無難な話をして、さりげなく極上のひとさじを頂く予定が、彼女の皮下脂肪によってさえぎられてしまった。これは明らかに致命的なミス。
「それより、あなた最近太ったわよね」
なんだそれ。身長175センチの俺が、体重58キロから61キロに移っただけだぞ。太ったどころか、健康体に近づいているという話だぞ。
「いや、それはお前に言われたくないんだが……」
「そうかしら、私は二ヶ月前から今の体重をキープしてるけど」
違う、そうじゃないだろう論点は。
でも、それを言うとケーキを代償に破局を迎えてしまいそうなので黙っておくことにしよう。セイウチになってしまった彼女だけどもまだ付き合っていたい。別れるならせめてクリスマス以降にしておきたい。他のカップルを寂しい目で見やるなんてまっぴらごめんだ。
「そうかな。まあ俺だって元が痩せ型だからすぐ元に戻せるけどな」
「それは甘い。私なんて一キロ落とすのに半年かかったのよ」
甘いのはお前の食生活だ。一キロなんて0.1トンからしたらすぐだろうが。
彼女はおもむろにフォークを動かした。なんちゅう強行突破だ。今の流れで強引にいくか。
「あ、速水モコミチが入ってきた」
「えっ、うそ、どこどこ」
彼女が店内を見回す。俺はすかさず咥内にケーキをほお張る。
「あっすまん幻覚だった」
「なにそ……え?」
彼女は空になった食器を見やる。
思わぬカウンターに呆然としているようだった。
強行には粛清をだ。
しかし、彼女はその場でポロポロと泣き出した。
「えっ、そんな泣くほどのことか」
俺としては、目には目を歯には歯をだったのだが。
「だってだって、楽しみにしてたんだもん」
「わかったわかった代わりに別のやつ頼んでいいから」
すると、彼女はピタっと泣き止んだ。
「ええと、じゃあこれとこれとこれと、あーあとそれからこれもいいな。あとこれは1ホールで」
これだから女ってやつは。