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四月のすき間  作者: くさき いつき
第3章 四月二日と四月一日の明日

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四月一日の明日

 手のひらをかざせば、きらりと光る。ひねりを加えたシルバーのリングの中央でダイヤモンドが輝きを見せる。右手を彩る指輪は、ナツとのペアリングだ。今年の2人の誕生日プレゼント。今までならそれぞれで選んでいたけど、なんだかお揃いが欲しくなったのだ。

 ナツは少し恥ずかしそうにしていたけど、幸せそうな笑みも見せてくれた。


「綿実?」


 ぼんやりと指輪を眺めていたら声をかけられた。


「ナツ? 仕事終わったの?」


「うん、一応」


 言われて手元にある携帯電話を見てみると、確かに午後の5時を回っていた。窓の外はまだ明るい。昼過ぎまで降っていた雨も上がって、雲のすき間から陽が差している。天使の梯子は柔らかで美しい。

 疲れた様子でソファに腰掛けるナツに首を傾げる。


「リモートでの仕事は難しい?」


「横向いたらすぐ相談できたことができなかったり、確認1つにも時間がかかったり、慣れるまでは大変かな」


「そっか。お疲れ様」


 ナツの会社でも色んな働き方を模索しているようで、その1つがリモートワークだった。通勤時間が実質なくなるから時間を効率的に使えるようになるかと思ったけど、そう単純な話ではないらしい。特に新入社員の子とは昨日1度挨拶しただけで、性格も把握していないから離れた距離で接するのは難しいと思う。


「何か飲む?」


 ねぎらいをかけたけど、ナツは大丈夫だと首を振る。その拍子に前髪がまぶたにかかる。よく見たらサイドも耳に半分かかっている。


「髪、随分伸びたね?」


「そうだなぁ」


 毛先をいじって確認する姿は、何だか微笑ましい。髪の長さとしては高校生の頃とそう変わらない。不快感を与えることはないとは思う。でも、この1年、新社会人らしく短めにまとめて爽やかな雰囲気を全開にしていたから、少し違和感があるのかもしれない。


「切ろうか?」


「え? 綿実が?」


「うん。なかなか切りに行く時間もないでしょ?」


 人差し指と中指でハサミの動きをする私を、胡乱な目で見てくる。


「私、自分で前髪整えたりしているし」


「でも……」


「失敗してもモニター越しならごまかせるでしょ!」


「失敗前提!」


 やいのやいの言い合っていたけど、それさえもじゃれ合っているみたいで楽しい。結局、どうせ切るなら陽が暮れて暗くなる前に、ということでお許しは出た。

 リビングのテーブルをどけて床に新聞紙を敷いて、ダイニングの椅子に座るナツはスーツを脱いでラフな格好だ。首には大きめのタオルを巻いている。


「じゃあ、切るね」


 ナツが頷いたのを確認して慎重にハサミを動かしていく。ナツの髪は自分のものより少し硬い髪質で、切る感覚も違う。でも、指先は心地よさを感じる。

 こんな風にナツの頭頂部を見下ろすことも、もう何年もなかったことだ。懐かしさがふわりと立ち込める。


「ねぇ、昔、お母さんたちに髪切ってもらったことあったよね」


「ああ、ベリーベリーショートになったやつな」


 左右のバランスを取ろうとしたら、どんどん短くなったのだ。隣り合って切ってもらっていた私は、切り終わってから隣を見てびっくりした記憶がある。今思うといじけていたナツが可愛らしい。


「あの頃から、もうナツって呼んでたね」


「……おれは、ワタちゃんだったな」


 襟足を整えて、サイドを少しずつ切っていく。


「小学生になったら夏衣くんだった」


「おれは綿実だった」


 耳にかからない程度に長さを調節する。


「鴨井くんになって」


「佐野さん……佐野先輩かな」


 左右を見比べて、たぶん大丈夫だと思う。


「それからナツに戻って」


「綿実だな」


 すきバサミで全体をごまかすことにする。


「ナツ」


「ワタちゃん」


「鴨井くん」


「佐野さん」


「鴨井くん?」


「佐野先輩」


「ナツ」


「綿実」


 前髪を整えたら、優しい眼差しにとらわれる。


夏衣かい


「綿実」


 2人のすき間は夕闇の向こうに消えた。

完結しました。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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