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四月のすき間  作者: くさき いつき
第3章 四月二日と四月一日の明日
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四月二日の明日

 ネクタイを結ぶことにも随分と慣れた。

 緩やかに日々は流れていき、1つ、2つと日常が増えていく。


「ただいま」


 と玄関を開ければ笑顔に出会えることでさえ、もう日常だ。だけど、愛しさは日々新しく生まれている。


「おかえり。今日は早かったね」


「新入社員は入社式やら挨拶回りやらで忙しそうだったけどな」


「いい子が入ってきた?」


「うーん、まだ分かんねぇよ」


 そんな1日の報告から始まる会話も、この1年ですっかり習慣になっている。大したことは話していない。ただ心地よいと感じる。

 スーツの上着を脱いで、ネクタイを緩める一連の動作をすると、綿実の瞳がキラキラするのも相変わらずだ。これに関しては恥ずかしいので、いい加減慣れてほしい。

 リビングに入ると、ふんわりと甘やかに食欲をそそる匂いが鼻に触れる。


「ちょっと気合い入れちゃった」


 鼻がひくついたのがバレだのか、綿実が照れ臭そうな顔をする。


 ローテーブルの上にはケーキを中心に、唐揚げにポトフにサラダにと、これでもかと料理が並べられている。今日と明日は2人の特別な日。


「朝も言ったけど……誕生日おめでとう」


「ありがとう」


 目が覚めた時に、キスとともに贈った言葉を再度伝えれば、胸に明かりが灯る。

 おはようからおやすみまで、共に過ごすことができる。それも今日だけじゃなく毎日。なんて幸福なんだ。

 惜しむらくは未来の確約がまだできていないことだ。社会人2年目に入ったばかりの身では、なかなかに難しい。だけど、近い将来に成就される予定だ。伝える約束は今も変わらず有効だ。


「ねぇねぇ、ろうそくに火つける?」


 わくわくした顔で尋ねられると、断れない。去年、お義父さんにもらった2人分のケーキの火を一緒に消した記憶がよぎる。


「おう。歌も歌おうか?」


「いいよ。歌っても」


 ちょっと照れて頬を染める顔も、愛おしい。思わず口づけていた。


「キスされちゃったら歌えないわ」


「うん、でも可愛かったから」


 調子づいた、でも本音を言えば、綿実は仕方ないといった笑みをこぼす。そんな仕草は落ち着いた年上のお姉さんのようにも見える。だけど、焦燥感が芽生えることはなかった。

 1日の差が1年の差になることを意識した時の絶望感は、もう遠かった。

 経験していく速度が違っても、変わらず隣にいることはできるのだから。何も恐れることはないのだ。今もおれが社会人で、綿実が学生で、むしろあの頃と逆転したようになってしまっているけど、2人の歩幅にずれはない。

 おれと綿実の1歩が同じ未来に繋がっていると信じられる。


「愛してるよ」


 溢れ出た気持ちのまま言葉にすれば、微笑み返してくれる。じっと見つめ続ければ、少し顔をそらしてから視線を合わせてくれる。


「私も、愛してる」


 小さくつぶやく声はくすぐったくて、言葉にならなくて、抱きしめた。

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