四月二日の明日
ネクタイを結ぶことにも随分と慣れた。
緩やかに日々は流れていき、1つ、2つと日常が増えていく。
「ただいま」
と玄関を開ければ笑顔に出会えることでさえ、もう日常だ。だけど、愛しさは日々新しく生まれている。
「おかえり。今日は早かったね」
「新入社員は入社式やら挨拶回りやらで忙しそうだったけどな」
「いい子が入ってきた?」
「うーん、まだ分かんねぇよ」
そんな1日の報告から始まる会話も、この1年ですっかり習慣になっている。大したことは話していない。ただ心地よいと感じる。
スーツの上着を脱いで、ネクタイを緩める一連の動作をすると、綿実の瞳がキラキラするのも相変わらずだ。これに関しては恥ずかしいので、いい加減慣れてほしい。
リビングに入ると、ふんわりと甘やかに食欲をそそる匂いが鼻に触れる。
「ちょっと気合い入れちゃった」
鼻がひくついたのがバレだのか、綿実が照れ臭そうな顔をする。
ローテーブルの上にはケーキを中心に、唐揚げにポトフにサラダにと、これでもかと料理が並べられている。今日と明日は2人の特別な日。
「朝も言ったけど……誕生日おめでとう」
「ありがとう」
目が覚めた時に、キスとともに贈った言葉を再度伝えれば、胸に明かりが灯る。
おはようからおやすみまで、共に過ごすことができる。それも今日だけじゃなく毎日。なんて幸福なんだ。
惜しむらくは未来の確約がまだできていないことだ。社会人2年目に入ったばかりの身では、なかなかに難しい。だけど、近い将来に成就される予定だ。伝える約束は今も変わらず有効だ。
「ねぇねぇ、ろうそくに火つける?」
わくわくした顔で尋ねられると、断れない。去年、お義父さんにもらった2人分のケーキの火を一緒に消した記憶がよぎる。
「おう。歌も歌おうか?」
「いいよ。歌っても」
ちょっと照れて頬を染める顔も、愛おしい。思わず口づけていた。
「キスされちゃったら歌えないわ」
「うん、でも可愛かったから」
調子づいた、でも本音を言えば、綿実は仕方ないといった笑みをこぼす。そんな仕草は落ち着いた年上のお姉さんのようにも見える。だけど、焦燥感が芽生えることはなかった。
1日の差が1年の差になることを意識した時の絶望感は、もう遠かった。
経験していく速度が違っても、変わらず隣にいることはできるのだから。何も恐れることはないのだ。今もおれが社会人で、綿実が学生で、むしろあの頃と逆転したようになってしまっているけど、2人の歩幅にずれはない。
おれと綿実の1歩が同じ未来に繋がっていると信じられる。
「愛してるよ」
溢れ出た気持ちのまま言葉にすれば、微笑み返してくれる。じっと見つめ続ければ、少し顔をそらしてから視線を合わせてくれる。
「私も、愛してる」
小さくつぶやく声はくすぐったくて、言葉にならなくて、抱きしめた。




