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四月のすき間  作者: くさき いつき
第3章 四月二日と四月一日の明日
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四月一日の微笑 2

 優子と吉川くんが、今、私の部屋にいる状況がよく分からない。

 今度会える? ってLINEで聞かれて、二つ返事でイエスと答えた。てっきり外で会うのかと思ったら、お宅訪問と相成ったわけである。しかし優子も吉川くんも笑顔だ。


「引っ越しの準備で忙しい時にごめんね」


 この春からナツと同棲することを知っている優子は、気遣いまで見せてくれる。まず状況を整理しようと思った。


「それは大丈夫だけど、今日はどうしたの? 何かあった?」


「いや、何ってことはないんだけどね。綿実とゆっくり話せてなかったからさ、最近」


 優子は少し照れたように頬をかく。


「せやな。いきなりでびっくりしたやろ?」


「まぁ、新婚早々で何か? とは思いましたね」


 明るい調子の吉川くんに押されるように、ぽろりと言葉が落ちる。のんびり引っ越しの準備なんてしている場合じゃないのでは、と心配はした。


「大丈夫、大丈夫、ちゃんとラブラブしとるで」


「ちょっと口閉じておこうか」


「……おう」


 相変わらずの2人の軽口の応酬に和んでしまう自分がいる。以前から大学の先輩後輩の間柄というより友達感覚で、その延長のまま気づけば夫婦になっているのだから、ちょっと不思議な気分だ。

 でも、確かに優子の耳がほんのり赤くなっている。


「2人に問題ないことはよく分かりました」


「え? んー、なんか含みを感じるけど、綿実が納得したならいいよ」


 一瞬、目を眇めるけど、すぐに明るい笑顔を見せてくれる。そんな優子の前に、そっとお茶が置かれる。


「どうぞ」


 ナツだ。


 大学を卒業した後、ナツは一旦私の父と3人暮らし状態になっている。2人で住む場所を決めるとなった時に、遠距離だと判断に難しい部分もあって、まず京都に出てきてから考えようとなったのだ。


「ありがとう」


 優子が頷いたのを見て、ナツはテーブルにお茶を4つ並べた。そして笑みを浮かべて私の隣に座る。

 自然と4人ともお茶に手が伸びて、ほっと一息つく。


「にしても、すっかり2人の空間になっているのね」


「どういう意味よ?」


「いやー、恋人っていうか熟年夫婦の向かいに座ってる気分になっちゃって」


 優子の隣で、吉川くんも大きく頷いている。熟年感があるのは、幼馴染み歴が長かったせいだろうか。


「新婚夫婦には負けないさ」


 ナツは謎のマウントをとっているし。

 対する優子は、すっと左手の薬指に輝く指輪を見せつける。するとナツは悔しそうに拳を握りしめている。


「一体、何の張り合いをしてるんや……」


 吉川くんの呆れた声に私も頷くしかない。すると誰からともなく笑い声が漏れてきて、柔らかな空気が流れ出す。

 ナツと付き合いだしてもうすぐ4年になる。その間に、ナツは私の友人とも随分親しくなったものだと思う。斎藤くんとも時折連絡を取っているみたいだし。ナツにとっても友人と呼べる関係になっているなら、京都での生活はきっと楽しくなる。


「あ、そうだ。忘れるとこだった」


 不意に優子が思い出したように鞄と一緒に置いていた紙袋を取り出した。


「これ、新婚旅行のお土産よ。良かったら食べて」


「ありがとう」


 確かアメリカに行っていたんだっけ、と思って受け取った箱を開けるとチョコレートの詰め合わせだった。


「美味しそう!」


「でしょ? 実際、美味しいから!」


 どうやら味見済みらしい。


「アメリカのお菓子ってカラフルなイメージだったけど、そうでもないんだね」


「いや、カラフルなのもあったんやで? でもなー、ネタ的にはええけどお礼的には微妙やろ」


「お礼?」


 吉川くんの言葉に、私はナツと顔を見合わせる。けど、思い当たる所はないようで、お互いに首を傾げてしまう。


「あー、そんな堅苦しいもんやないで? ただな、結婚するってなった時に、今の2人があるのは周りがあってこそやなって思ってな。日頃の感謝を小まめに示していかなあかんなって話しててん」


「周りへの日頃の感謝……」


「友達や家族は大切にってことや」


 私も大切だと思う。友達はもちろん家族も。でも、気持ちはちゃんと伝えられているのかな。

 お父さんの顔が一瞬過って、だけど今はこの会話を優先する。友達と過ごす時間も大切なのだ。学生と、社会人と、恋人と、夫婦と。友達の中の関係は以前のように学生一色じゃない。きっとこれからもどんどん変わっていく。それでも繋がる関係でいたいと思うから。

 面と向かって大切というのは、ちょっと恥ずかしい。そして心地よかった。

 優子と吉川くんは終始笑顔で、幸せが続いているのだと思う。そのことに温かさを覚えながら、私たちはまた会う約束をして、手を振った。ゆっくりと玄関の扉が閉まり、2人の笑顔も見えなくなる。でも、寂しさも遠い。


「次、会うのはのは引っ越した後かな」


 ぽつりと言葉をこぼすナツの横顔は柔らかかった。


「そうだね、何人かで集まれたらいいね」


「となると、それなりの広さが欲しいよなぁ」


「そこは予算と相談だね……」


 現実は甘くはない。思わず2人して苦笑してしまう。

 そうして部屋に戻ると、ここより広い場所か狭い場所か、情報誌と見比べながら語り出す。甘くないけど、夢は存外近くにあるのだ。


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