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四月のすき間  作者: くさき いつき
第3章 四月二日と四月一日の明日

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四月一日の微笑 1

 結婚式は、厳かさと和やかさを混ぜ合わせた空気の中で進行していく。白いウェディングドレスとタキシードは、ステンドグラスから降り注ぐ陽光を受けて、とても華やかに映る。世界中からの祝福を受けているよう。

 私も、誓いのキスを交わす優子と吉川くんを、心から祝った。

 披露宴になると、雰囲気はがらりと変わる。

 純白のプリンセスラインからワインレッドのマーメイドラインのドレスに着替えて、ぐっと大人っぽさが増した。もともと肌が色白の優子なので、ドレスの鮮やかさが際立つ。幸せな笑みが何よりのアクセサリーになっていた。

 優子の中学時代からの友人が手紙を読み上げ、吉川くんとの馴れ初めも語られ、優子は両親への感謝を伝えた。結婚は人生を紐解くものなのだな、と思う。大学生の優子しか知らない私には不思議で、だけどとても温かい空気があることは分かった。

 ああ、優子は吉川くんと一緒に幸せになるんだなって、無条件に信じられた。

 同じテーブルに座るサークル仲間とも、笑顔を交わす。


「ちょっと羨ましくなりますね」


 瑠美ちゃんの眼差しは優しい。


「うん、そうだね」


「さらりと頷きますね。夏衣くんとすでにそんな話が?」


 じっと見つめられて、思わず笑みをこぼしてしまう。


「まだないよ」


 この春から同棲することになったくらいだ。プロポーズはいつかは、のままだ。


「瑠美ちゃんはどうなの?」


 桃のカクテルで喉を潤しながら、瑠美ちゃんは首を傾げる。


「特にないですね。今は真白の今後の活動をどうするか考えるのでいっぱいいっぱいですよ」


 斎藤くんとは、相変わらず進展している様子はないらしい。傍目から見ているとお似合いなんだけどな。そう言えば、先日真白のライブを見に行った時に城之内さんと少し話したけど、二人の関係は戦友だって言っていた。

 恋愛とは異なるベクトルということだろうか……。

 ちなみに城之内さんの隣には、彼氏というスーツを着た男の人がいた。何故か大人だと思ってしまった。私の方が年上なのに。


「あ、挨拶に行きましょう」


 食事も一息ついた所で、歓談タイムとなった。瑠美ちゃんに誘われて新郎新婦のメインテーブルに挨拶に向かう。


「優子、吉川くん、おめでとう」


 前の人の会話がちょうど途切れたタイミングで声をかけると、2人は笑顔を見せてくれる。


「ありがとう」


「なんか照れるわ」


 頬をかく吉川くんは、髪を丁寧に撫でつけて澄ましていたはずなのに、口を開いた途端、サークルの雰囲気になった。


「おめでとうございます。お2人の写真いいですか?」


 瑠美ちゃんが携帯電話を構える。


「もちろんよ」


 優子の微笑みがたおやかで、ドレス姿も相まってお嬢様のようだ。幸せのオーラにあてられてしまう。2人の笑顔が並ぶと、一際輝いて見える。携帯電話のカメラロールに幸福が1つ追加された。


「綿実も瑠美ちゃんも今日は来てくれて本当に嬉しいわ」


「友達が幸せな所はやっぱり見届けたいもの」


「ふふふ、綿実からも良い報告が聞けるを楽しみにしてるわ」


「そのうちね」


 はっきりと否定はできない。まだ、だけど、いつかはと思えるから。


「そん時は呼んでな?」


「もちろん」


 幸せが顔中からこぼれている吉川くんを見ていると、ナツは結婚式の時、どんな顔をするだろう、とつい考えてしまう。

 照れているだろうか。緊張しているだろうか。笑顔だといいな。

 それから二言、三言、会話を続けた所で、後ろに控えている人に譲る。主役である2人とゆっくり話すのは、なかなか難しい。次々に相手にしなきゃいけない2人も大変だろう。

 だけど、笑顔が曇ることはない。それだけで胸が満たされる。


――結婚って、パワーが溢れているわ。


「パワー?」


 帰宅して、まずしたのはナツの声を聞くことだった。今日の結婚式の感想を端的にナツに電話で伝えたのだけど、首を傾げる声が返ってきた。

 クッションを膝の上に抱えながら、私は言葉を足した。


「そう。幸福感やら生命力やら色んなパワー」


「今日、結婚式に行ったんだよな?」


「そうだよ?」


「変な講演とかセミナーに行ったんじゃないよな?」


「違うわよ!」


 優子と吉川くんの結婚式からもらった幸せ気分のお裾分けに浸っていたというのに、台無しだ。


「ナツも結婚式に行ったら分かるよ」


「当分先になりそうだな……」


 学生である内は、まだまだ先の感覚なのだろう。私自身、大学卒業して1年で結婚式に行く機会があるとは考えていなかった。


「案外、卒業してすぐにあるかもよ?」


「うーん、結婚しそうな奴らいるかなぁ」


 結婚式を挙げるのもタダではないので、実際は卒業して2、3年くらいにぐっと増えることになるのだろうと思う。優子みたいに相手が年上だと早くなるかもしれないけど。

 ううん、と唸っていたナツの声がふと途切れる。


「ナツ?」


「綿実はっ……」


 勢いついて名前を呼ばれたけど、急速に萎んでしまった。どうしたのだろう?


「ナツ?」


 もう1度呼びかけて待ってみるも、返事はない。何とはなしに、クッションを掴む手に力がこもる。

 窓の外から届く車の走り去る音や、犬の鳴き声も遠くなった頃、耳にふっと息が触れた。


「その……綿実はすぐに結婚、したい……?」


 頼りなげに問われた声に、はっと息を飲む。

 今なの? 今がプロポーズの時なの? 今の答えで変わるの? いや、きっとただの確認のはずだ、だけど……。

 私は、と口を開きかけた時、


「待った! 今のなし!」


 剛速球が鼓膜に飛んできた。


「ちゃんと……ちゃんと準備できてから言うから、今はまだ待って!」


 荒い息を整える音が、私の鼓動も落ち着かせる。そうしたら、笑みが漏れてしまった。ナツは確かに私との未来を考えてくれているのだと分かるから。


「な、何笑ってんだよ」


「ううん。準備、待ってるね」


「……おう」


 その照れが伝わる返事だけで、愛おしい。

 クッションを掴んでいた左手を蛍光灯に透かしてみる。いつか指輪が薬指を彩るのだ。そう遠くない未来に。私は続いていく幸福を噛みしめた。

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