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四月のすき間  作者: くさき いつき
第3章 四月二日と四月一日の明日
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四月一日の春暁 2

 結局、最後のバンドの演奏まで5人で並んで聞いていた。

 瑠美ちゃんたちは、他のバンドとの交流等もあるらしく、もう少し残ることになるそうだ。

 しかし、瑠美ちゃんと城之内さん。どっちも可愛い女の子だ。


「気をつけてあげてね?」


 一応、斎藤くんに釘を刺しておく。こくりと頷く斎藤くんの表情は真面目だ。


「分かっている」


 実際の所、何度か対バンしているバンドばかりみたいだし、今までも問題はなかったのだし、ただのお節介でしかないんだけど。


「大丈夫ですよ、綿実先輩」


 話が聞こえていたのか、微笑みを浮かべる瑠美ちゃん。


「城之内ちゃんは絶対守りますから」


 随分と男前の台詞が飛び出た。いや、瑠美ちゃんもだからね? 斎藤くんと改めて無言で頷き合う。


「斎藤も苦労してんだな」


 感慨深げにナツがつぶやいている。斎藤も、ってどういう意味だ。


「鴨井もな」


 短く返す斎藤くんに、ナツが深く頷いている。あまり喋ることのない2人だけど、連絡先は交換しているし、私の知らない話もあるのだろうか。男の子同士だからこそ通じるものがあるのかもしれない。


「綿実先輩、またライブ来てくださいね」


 瑠美ちゃんの笑顔はきらきらと眩しい。バンド活動が本当に楽しいということが伝わってくる。


「もちろん」


 力強く頷けば、ますます笑顔が弾ける。斎藤くんも城之内さんも微笑みを浮かべていて、この温かい雰囲気が真白の音に繋がっているのだと感じる。

 あまり長居することもできないので、ナツと私はもう1度挨拶を重ねてからライブ会場を後にした。


 外はもう夜だ。3月も終わりに近づいているとはいえ、日が落ちれば冷える。私たちはどこに寄ることもなく帰宅することにした。ナツが京都に来る時は、泊まっていくのはいつものことだ。


「ああ。お帰り。ライブはどうだった?」


 なんて言葉でお父さんが迎えてくれる家だったとしても、ナツが笑顔を崩すことはない。


「楽しかったですよ。高校の部活仲間がステージに立っているのは不思議な感じでしたけど」


「夏衣くんはバスケ部だったかな?」


「ええ、そうです」


 当たり前に会話が弾んでいるけど、お父さんは高校生の頃のナツを1度も直に見たことはない。それにも関わらずナツの部活を把握しているのだから、自分の両親の関係は今をもってもよく分からない部分が多い。

 離婚したけど、仲は悪くないらしい。

 それ以上のことを考えると、やっぱりちょっと複雑な気持ちにはなるので、深く気にしないようにする。

 とりあえず夕飯にしよう。もう20時を回っているので、さすがにお腹が空いてきた。


「ご飯ならシチューがあるよ」


 ナツと会話しながらも娘の行動を先読みする。親には勝てないと実感する。


「ありがとう。荷物、置いてくるね」


 今から夕飯の準備をするのは面倒なので、正直助かる。助かるけど、この状況に甘んじていて良いのかと疑問も沸いてしまう。そんなことを考えてしまうのは、私が親に対して割り切れない気持ちを抱えたままってことなのかな。

 部屋の電気をつけると、眩しさに一瞬目を閉じる。再び目を開くと、雑多に本や紙が積まれた机が目につく。床やベッドには本が何とか浸食せずに済んでいるので、その分、机周りが異質なものとしてライトの下で主張する。


 大学に入るまでは、さして読書家というわけではなかった。

 きっかけはナツが届けてくれた『たけくらべ』だ。元々は高校の授業で樋口一葉のことを習って、興味を持って買った文庫本。当時は、物語に引き込まれはしたものの、それ以上に興味を深めることはなかった。だけど、ナツに手渡された瞬間に特別になった。

 そうして改めて読み直した私は、気づけば時代を遡っていた。『たけくらべ』のタイトルの元になったのは『伊勢物語』の二十三段、「筒井筒」だった。幼馴染みの男女が恋心を募らせ、やがて結婚する話だ。古典文学がとても身近なものに思えた。

 興味が古典文学にたどり着いた時点で、もう後戻りはできなくなっていた。1つ知ることができたら、10知りたいことができる。お父さんが大学院で専攻していた内容とも重なるため、資料に事欠かなかったことも影響している。だって、立ち止まる必要がなかったから。

 知りたい、知りたい、と思って行動している内に部屋には本が溢れ、大学院を目指すことになっているんだから血は争えない。お母さんも半ば呆れているだろう。


「綿実?」


 ノックの音に続いて、呼びかけられる。


「ナツ? どうかした?」


 返事しながらドアを開けると、穏やかな顔に出会う。お父さんとの話を苦痛には感じていないようで良かった。


「おじさんが先にお風呂に入るって言うからさ」


 微妙に気を遣われているみたいだ。普通、娘の父親は年頃の男女を2人きりにするのを嫌がりそうだけど。お父さんにはそんな素振りが一切ない。ナツが、それこそ0歳の頃から知っているのだ。息子みたいな感覚なのかもしれない。


「また本増えた?」


 部屋を軽く見回したナツが、少し目を丸くしている。毎日見ていると些細な変化だけど、数ヶ月単位で見るとインパクトがあるようだ。


「うん、増えたかな」


「無理していないか?」


「大丈夫だよ。好きでしていることだから」


 10月には大学院の入試があるし、年明けには卒業論文の締め切りだ。半年以上先のこととはいえ、既に準備に追われている感は確かにある。だけど、それを苦には感じないのだから、向いているんだろうと自分でも思う。


「大丈夫ならいいけど……今年の夏はお互い忙しくなりそうだなぁ」


 ナツもインターンシップを考えていると言っていたし、就職活動に向けての準備が徐々に始まっているのだろう。


「ナツこそ無理しないでね」


「おう、ありがとうな」


 それから私たちは2人でシチューを食べた。

 2人でテーブルを囲むのは、未来を想像させる。筒井筒が私たち2人にも当てはまるのか、それともたけくらべする内に別の道を見つけてしまうのか。

 これからのことは何1つ確定していない。

 だけど、選んでいく将来の隣には、ナツがいてほしいと思うから。

 美味しそうにシチューを食べるナツの笑顔は、私の気持ちを優しくしてくれる。

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