四月一日の春暁 1
会場内は熱気で溢れている。ステージでは、ギターを鳴らしながらスタンドマイクに唇を突き出すようにして歌う瑠美ちゃん。傍らにはどっしりとしたベースの音を紡ぐ斎藤くん。丁寧に、柔らかにリズムを刻むドラムの女の子が背後に見える。
スリーピースバンド、真白。
まっさらな気持ちで、まっすぐに音楽と向き合って、色んな色に染め上げていきたい、という意味がバンド名には込められている、らしい。
ロックにボサノヴァを混ぜ合わせたような音が、温かみのある瑠美ちゃんの歌声を包んで心地よく響いてくる。激しくノるタイプの楽曲ではないかもしれない。でも、穏やかに染み込んできて会場全体に一体感を生む真白の音が、私は好きだ。
隣にいるナツも、きっと同じ気持ちだと思う。リズムをとる体の揺れが心地いい。
今日のライブは4組のバンドが出演する対バン形式だ。真白の持ち時間は30分。緩やかに、だけど濃密な30分。
その時間が過ぎれば、まるで魔法が解けたみたいに会場の一体感は霧散した。真白がステージをはけて、次のバンドが準備をする間、10分程度の休憩時間になる。
「何か飲み物選んでくるか?」
ナツの声には現実の重みがあるようだった。熱に浮かされていたような気持ちはどこかへ行き、私は頷いていた。のどの渇きを実感したから。
ライブ会場の後ろの方にあるバーカウンターは、それ程込み合ってはいなかった。対バン形式であるため、目当てのバンド以外の時に買ったり飲んだりする人が多いからだろう。かく言う私たちも、真白の出番以外は壁際でまったりの予定だ。
「何にする?」
「何にしよう?」
ナツに問い返しながらも、大体は決まっている。ライブ会場でお酒を飲む気分にはならないので、ソフトドリンク。かつ、のど越しの良いものを、と考えるとジュースもなくなるので、お茶系になる。
「ウーロン茶ください」
バーカウンターにいるお姉さんは笑顔で、ロングの紙コップにたくさんの氷とウーロン茶を入れてくれる。私はワンドリンクチケットと交換した。
「思ったよりシュワシュワする」
レモンソーダを選んだナツの感想が、幼い頃を思い出すようで微笑ましい。
私たちはそのまま壁際に移動し、次のバンドのライブが始まるのを待つ。すぐ触れられる距離にナツの肩があることが、何だか嬉しい。
ゴールデンウィークや大学の長期休暇に合わせて会うようにしているものの、やっぱり高校生の頃までのように毎日会うなんてことはできない。
隣にいられることの大切さを感じずにはいられない。
それに、離れているからこそ新しい発見もあるのだろう。こうしてナツと一緒にライブに行くなんて、ずっと隣にいた頃は思いもしなかった。
やがて会場内が少し暗くなったかと思うと、次のバンドのライブが始まった。真白とは全く違う激しい音だ。
「綿実先輩!」
そんな爆音に紛れることなく、涼やかな声が耳に響く。声がした方を見ると、瑠美ちゃん。その後ろには軽く会釈する斎藤くんと、ドラムの女の子こと城之内さんがいる。金髪のベリーショートが不自然にならない美少女だ。
「休憩はもういいの?」
ライブは私が思っていた以上に体力を消耗するものだと、この2年ほどの瑠美ちゃんを見ていて知っている。
「ええ。大丈夫ですよ。ライブ、楽しんでますか?」
「うん、バンドによって全然音が違うから面白いよ」
私の答えがおかしいのか、くすりと笑みをこぼす瑠美ちゃんは可愛い女の子で、ステージ上で切々と歌い上げていた印象と上手く重ならない。そんな風に感じるのは私だけなのか、ナツの態度はいつもと変わらない。
「しかし、本当にバンドのボーカルやってんだな」
「驚いた?」
「試合の時に声張り上げてたなって思い出してた」
「それ比較するところ? 褒めてる?」
直接会うのは久しぶりらしいけど、ナツと瑠美ちゃんはそんな軽口を言い合っていて、何だか高校の教室にいるみたいだ。周りは爆音と熱気があるけど。
「今日は来てくれてありがとうな」
低いのに音に紛れることのない声を発するのは斎藤くん。ライブ直後だというのに、疲れを見せず、涼しい顔をしている。
「真白の音楽好きだから、ライブに来られて良かったよ」
「そうか」
相変わらず多くは語らない。でも瞳は嬉しそうに柔らかになっている。
城之内さんもあまり口数の多い人ではないらしく、大体は会釈と簡単な挨拶くらいしかしたことがない。他の人にもそんな感じらしく、嫌われているわけじゃない、はず。
気づけばナツと瑠美ちゃんも会話をやめて、目の前のライブに集中している。壁際とは言え、飲み物片手に聞くタイプのバンドではなかったので、ぐいっと一気に飲み干そうとするものの、ロングの紙コップなのでそれなりの量がある。お腹、冷えそう。
「大丈夫か? 飲もうか?」
思案していることに気づいたらしいナツが声をかけてくる。右手を見ると、レモンソーダはいつの間にか空だ。
私は少し紙コップに視線を落としてから、ナツに向き直る。
「うん、飲みきれそうにないからお願いできる?」
「りょーかい」
「ありがとう」
軽い調子で受け取ると、ゴクゴクと飲んでいく。喉ぼとけの動きに一瞬視線を奪われる。紙コップを持つ手も、私とは全然違う。
「間接チューだ」
ぽろりとこぼした瑠美ちゃんの言葉に、ナツがちょっと咽ていた。斎藤くんや城之内さんからも生暖かい視線を感じた。今更ながらに私も少し恥ずかしくなる。後輩や同級生のいる横で何をしているのだ、私は。
うん、そういう所はスルーしてね、瑠美ちゃん。




