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四月のすき間  作者: くさき いつき
第3章 四月二日と四月一日の明日
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四月二日の懊悩 2

 タイミングがよく分からない。

 目の前でアッサムティーを飲む綿実は、とても落ち着いた雰囲気だ。おれの煩悩まみれの気持ちとは、縁遠そうだ。それだけに、ここからどうキスに繋げていけるのかも分からなかった。

 そこそこ洒落たカフェに入れただけでも上々だろう。

 綿実が帰省した翌日、おれ達は所謂デートをしていた。目的地も決めないまま街をぶらつき、近況を語り合う。それだけでも楽しい。手を繋いだなら、あたたかな気持ちになる。

 そこから自然とキスができる関係になったなら、おれ達にもまた変化が訪れるのかもしれない。

 現状、気を抜くと、うっかり高校生の頃の流れでお好み焼き屋に誘いかけてしまうのだ。何とか踏み止まりはした。ファーストキスがお好み焼きのタレの味は、おれの中の違和感が総動員で拒否を訴えかけてきたから。別にレモン味とか思っているわけじゃない。断じて!

 まぁ、観葉植物が目に優しくボサノヴァが静かに流れるカフェに入ったからって、キスができるわけじゃないけどな!

 気分を落ち着けるためにコーヒーを一口飲む。ブラックの苦みが頭をすっきりとさせてくれる。たぶん。


「ナツってコーヒー、ブラックなんだね」


 綿実が新鮮なものを見たという顔をする。


「あー、受験の時にな。眠気覚ましに飲み始めたら、なんか習慣になっていた」


「そうなんだ。大人になったんだねぇ」


「……なんだか子供扱いされている気がする」


「気のせいじゃない?」


 にこやかな笑みを見せる綿実は、端的に言って可愛かった。子供扱いも甘んじて受けよう。実際、二十歳を迎えるまでは数日あるので、まだ子供の領分にいることは確かだ。


「ところで、明日の夜って時間ある?」


「明日の夜?」


 綿実が帰省している間は他に何も予定を入れていないので問題ないが、何故夜を指定しているのか。

 一瞬、不埒な想像が過ったが、表情に出る前に気合で追い払う。


「特に予定ないから大丈夫」


「良かった。お母さんとトモキさんが一緒に食事したいって言ってるんだよね」


「トモキさんも?」


 会うのが嫌な訳じゃない。ただ、あえてこの4人で会う理由が分からず、不審な声が出てしまった。でも、綿実も疑問だったようで、困惑を覗かせる。


「詳しい理由は分からないんだけどね。会えるなら是非って」


 積極的に拒否するような理由もないので、おれは頷いた。


「分かった。予定空けておくよ」


「ありがとう。時間とかは確認してから連絡するね」


「おう」


 トモキさんではなくおじさんだったなら、佐野家による彼氏審査かとも思ったりするのだが……。トモキさんとなると進路の話だろうか? しかし、大学に入学してからはそんな話はしていない。うーむ、分からない。仮に彼氏審査だとしても清い関係を続けているので、何も後ろめたいことはないがな!

 ……何だろう。悪いことじゃないはずなのに、何だか哀しい。

 コーヒーを更に2口飲んで、再度気分を落ち着けてみる。そのタイミングを見計らったように、綿実が申し訳ない顔をする。


「あとね、話は変わるんだけどね……」


「ん? 何だ?」


 促してみるものの、綿実は言いづらそうに口をもごもごさせている。何か悩み事だろうか。頻繁に連絡は取り合っていたものの遠距離恋愛だ。同じ団地に住んでいた頃に比べれば、当然知らないことも多い。できるだけ寄り添っていきたいと思っているけど……。

 綿実が意を決するまでじっと待つ。やがて綿実は口を開いた。


「今年はね、会える時間が減るかもしれないの」


 それはあまりにも鮮やかに胸に刺さる。


「えーと、それはどうして……」


 直接、事前に言ってくれているのだから愛想を尽かされたとかではないだろう。となれば理由は何だろうか。


「うん、今年で3回生になるからインターンシップとかがあって夏も忙しくなるかもしれないから」


「インターンシップ」


「うん、他にも就職活動の説明会とか色々あるみたいで、長期休暇にもどれだけ時間取れるか分からないの」


「就職活動」


 進路の話は大学に入ってからしていない? それはおれがまだ1年生で、今年から2年生だからだ。綿実とおれでは1年の開きがある。その差を久々に実感する。頭をがつんと殴られたような気分だ。

 もう何度も繰り返してきたことなのに。


「綿実の将来のことなんだから、会える時間くらい気にするなよ」


 気持ちとは裏腹に、おれの口からはするりと励ますような言葉がもれる。だけど、綿実は笑顔にならない。おれの目をまっすぐに射貫く。


「会いたいなら会いたいって言ってね?」


「え?」


「忙しくはなるだろうけど、ナツのことをないがしろにしたい訳じゃないから。気持ちはちゃんと伝えて欲しい」


 きっぱりと言い切ったかと思えば照れたように頬を染めて、彼氏彼女でしょ? と小さく付け足す。

 綿実はおれをどうしたいの? 小悪魔スキルなんていつ獲得したの?


「素直に言えば毎日会いたくなる」


 思わず本音がこぼれ落ちていた。途端に綿実の顔はさらに赤みを増す。湯気が出るんじゃないか、って錯覚しそうになる。

 アッサムティーをぐいっと一気に飲むと、綿実は場の空気を換えるように明るい声を出した。


「実際にどうなるか、まだ全然分からないし。就職活動もしないかもしれないし」


 いや、就職活動はするでしょう。仕事は必要だろう。

 ん? あれ? もしかして卒業後は花嫁修業するとか? 1年後に大学卒業と就職するおれと結婚して永久就職するとか考えてる? うん、それも悪くないかもしれない。

 なんて浮かれまくった妄想を始めてしまったせいで、綿実の言葉に想定以上の衝撃を受けることになるのだ。


「院に進学しようか迷っているんだよね」


 院って大学院?

 ……佐野さん家の華子さんの周りはインテリ過ぎやしませんかね。

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