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四月のすき間  作者: くさき いつき
第2章 四月一日の寂寥

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 ちゃんと自然な笑顔を浮かべられているかな。

 改札を前に向かい合うナツの表情はいまいち冴えないから、私の方は大丈夫かな、って心配になる。


「どうかした?」


 一応、尋ねてみたけどナツは曖昧に笑う。


「……これ、荷物」


 答える代わりに差し出されたのは、私のボストンバッグ。ありがとう、と言って肩にかける。お土産の入った紙袋を持った右手とは反対の左肩だ。お土産は結局サークルとバイト先だけにした。お父さんには、物よりもお母さんの土産話の方が喜ばれる気がしたから。


「あとさ、これも」


 次いでナツのボディバッグから取り出されたのは、小さな包み。私の手のひらに収まる。このタイミングでラッピングされたものってことは誕生日プレゼント? でも、それなら私が渡した時にナツも出しそうなものだけど……。

 首を傾げた私に、ナツは決まり悪そうに口を開く。


「1日早いけど、誕生日プレゼント。その、おめでとう」


「……ありがとう」


 お礼は言えたものの、何故このタイミングなのか、疑問が顔に出ていたみたいだ。


「本当は綿実にプレゼントもらった時に渡そうかと思ったけど、その、色々心の準備が必要だったんだよ」


 やや早口に言われた言葉に、深く聞かない方がいいのかな、と判断する。それより何より私の手のひらにあるナツからのプレゼント。


「そうなんだ。開けてもいい?」


「今? 時間あるならいいけど」


 照れ臭いのか、ナツはそっぽを向く。そんな態度を取るナツが何だか懐かしくなる。私はお土産の紙袋を腕にかけて封を丁寧にはがしていく。


「鞄の前に渡せば良かったな」


 そんな後悔が滲むような囁きを耳が捉える。ポシェットとボストンバッグを肩にかけ、紙袋2つを持って開封している姿は、なかなかに重装備に見えるかもしれない。客観的に見て、必死すぎるだろうか? ちょっと笑みがこぼれてしまう。


「大丈夫だよ、これくらい」


 そうして手のひらに現れたのはバレッタだった。蝶々結びを象ったべっ甲柄のデザインで、可愛さと落ち着きがある。手荷物が多くて、今すぐ付けられないのが残念に思えるくらいに、一瞬で気に入った。


「うれしい。大事にするね」


「おう」


 頷くナツの顔も満更ではなさそうで、柔らかな気持ちが伝わってくる。

 ふと駅構内の時計を見ると、そろそろ電車が来る時間だった。


「じゃあ、そろそろ行くね」


「うん。また帰って来いよ」


 帰って来る。その言葉は、私の居場所を示してくれたようで、だけど、これからも本当に隣にいても良いのか判断がつかなくて。私の反応は遅れた。


「綿実?」


「ううん、また休みの時には帰るね」


 その頃には気持ちの整理もできているかな。見つめたナツの瞳にはわずかに困惑が浮かんでいた。なんと問えば良いのか考えて、でも適切な言葉なんて分からなかった。だから、せめて私の方は大丈夫なのだ、と笑顔を強める。


「じゃあね」


「……おう、またな」


 もう1度別れの言葉を紡いで歩きだす。

 最後にナツの笑顔を見たかったな。なんて考えて、すぐに打ち消す。これが最後な訳じゃないから。


 ホームに降りるとすぐに電車が来た。

 京都の桜はそろそろ見頃を迎えるから人も多いかな、と思ったけど、お昼過ぎという時間帯もあってか問題なく席に座ることが出来た。ボストンバッグを網棚に載せ、紙袋を膝上に抱える。改めて考えると、2泊3日の帰省にしては随分な荷物の量だ。本当ならボストンバッグほどの荷物はいらなかった。でも1年ぶりにナツに会えるのだと意識したら、一緒に出掛けるかもしれないと考えたら、あっという間に荷物は膨れ上がってしまっていたのだ。

 結局。私、浮かれていたんだ。

 1年前にナツに投げつけた言葉を頭の端に放り出して。また幼馴染みの距離から始められるって、どこかで楽観視していた。

 だけど、1年。2人の間には確かに1年の時間が流れていた。

 ちゃんと考えて、自分の未来を選び取ったナツは、大人びた表情を見せるようになっていた。私の知らない瞳を見せる。伸びたのは背丈だけじゃない。

 私は彼の、鴨井夏衣の隣に立つことを、1年前に放棄してしまったのだろう。

 今更に実感してしまう。

 それでも幼馴染みなら隣にいても許されるかな、なんて甘い考えを捨てられない。


 ふと視線が手元の包みに落ちる。誕生日プレゼントのバレッタ。小学生の頃のように文房具じゃない。アクセサリーだ。ナツの中で私はちゃんと女性になれているのかな。それは幼馴染みの枠からはみ出ることなのか、判別はつけられなかった。

 落としてしまわないように包みに戻してポシェットにしまおうとして、爪に引っかかるものがあった。

 取り出してみると桜貝だった。

 海での頬を染めたナツの顔がよぎる。優しい顔だった。そこに愛情を見出そうとするのは、私のエゴかな。

 笑みを落として、バレッタと桜貝をポシェットにしまう。それでもまぶたを閉じれば、この2泊3日の記憶があふれ出てくる。ナツの言葉、一挙手一投足が思い出される。忘れることなんて一生無理なんだ。


 窓の外に目をやれば、どんどん景色が流れ過ぎていく。

 不意に焦燥感が心臓を締め上げるような気がした。戻りたい、でも動けない。これが私の選んだ結果なのだから。

 だけど、でも、もし一言、気持ちを伝えていたら変わったのかしら。

 自嘲をまとった溜め息がこぼれ落ちる。

 結局、私には勇気が足りないのだ。ずっと前から知っていたことだ。ただ目を逸らしていただけで。ナツはずっと隣にいてくれたのに……。


 やがて景色の流れが停まった。代わりに周りのざわめきが鮮明になる。辺りを見回すと早々に荷物をまとめて降りていく人たち。どうやら今停車した駅で新快速に乗り換えとなるようだ。

 私も乗り換えようとして、やめた。

 そんなに急いで離れていきたくはなかった。

 車内は一気にがらんとしていた。思えば最初から座席に座れたのも、新快速待ちをしていた人の方が多かったからかもしれない。

 電車は新快速を見送ってから、ゆっくりと動き出した。それからいくつかの駅で停まり、でも立ち止まることなく景色を変えていく。もうナツとの思い出がない場所ばかりだ。


 そうして京都の街並みが見えてきた所で、ポシェットが震えた。携帯電話がメッセージを受信したらしい。明日から新入生歓迎関連のことが始まるし、優子から連絡かな。そんな軽い気持ちでホーム画面に表示された文字を見て、固まった。

 ナツからLINEのメッセージが届いている。


『今、どこにいる?』


 急いでアプリを開くと、そんな謎の文字列。

 どこも何も電車の中だ。それは見送ったナツが1番よく知っているはずだ。ナツじゃなかった? とメッセージ主を見直すも、やっぱりナツだ。もしかして新手の悪戯かアカウントが乗っ取られでもしたのか。

 悩みつつも素直に答えることにした。


『電車の中だよ』


 すぐに既読のアイコンがついた。


『分かった』


 しかし返ってきた言葉は端的でありながら、まったく要領を得なかった。一体何が分かったというのだろう。また素直に聞き返しても真っ当な答えが返ってくる気がしない。どう返信したものか考えあぐねている内に、間もなく降車駅を知らせるアナウンスが流れてきた。私は慌ててボストンバッグを下ろして降りる準備をする。荷物が多いと、こういう時大変だ。


 急ぎながら、でも頭の中はナツのメッセージで埋まっていく。今、どこにいる? 電車の中だよ。分かった。どう返そう? 今、どこにいる? もう電車を降りた所だよ。分かった。どう返そう? どう返そう?


 京都駅の中央口まで来たところで私の足は止まる。ここから右方向に進めば地下鉄への入り口がある。最寄り駅までのいつもの道のり。だのに未だ考えのまとまらない私の頭は、まっすぐに中央口改札を抜けることを選んでいた。

 まるで何かに惹かれるように、それは当然のことのように感じられた。ざわめく人波が割れて、行き先を示されているように思えた。

 改札の向こうは西日を受ける京都タワーが見えた。ノスタルジックな景色に誘われるまま歩み出そうとした時。


――綿実。


 耳に馴染んだ柔らかい声。だけど、ここで聞くはずのない声。

 半信半疑で声がした方を向く。そこには数時間前に別れたはずのナツが、確かにいた。気恥ずかしそうにしながら、でも柔らかな笑みを浮かべて。


「どうして?」


 思わず言葉がこぼれ落ちていた。


「会いたかったから」


「さっきまで会っていたのに?」


「うん。伝えたいことがあったから」


 てらいのないストレートな言葉は、気持ちを素直にしてくれる。

 どう返そう? ううん、もうとっくの昔に決まっていた言葉だ。今、目の前にナツがいてくれるのだから。迷いも戸惑いも要らないのだ。


「うん。私も伝えたい」


 柔らかな風が吹き抜けて、私達は1歩踏み出した。


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