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四月のすき間  作者: くさき いつき
第2章 四月一日の寂寥

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27

 帰省3日目の朝は気持ちの良い青空だった。

 お母さんは今日も当然のように仕事だ。ゴールデンウィークかお盆には帰省するのかと確認し、多分としか返せなければ、また電話するのよ、と促して出掛けて行った。その颯爽とした背中は娘との変わらぬ関係を示すものであり、これからも母親なのだと実感させられた。曇りなど、一点もなかった。

 さて、今日の夕方にはもう京都に戻っているのだ。2泊3日はあっという間だ。帰る前にお土産を買っておきたいし、最終日は慌ただしくなりそうだ。

 荷物をまとめてお昼を簡単に済ました所で、インターホンの鳴る音がした。ナツだ。昨日の帰りに、見送りをしてくれると話していたから。


「よっ!」


 玄関のドアを開けると、気軽な挨拶をされた。


「わざわざありがとう」


 見送りの礼を述べると、気にしていないように軽く笑みを見せた。それは高校生の頃には記憶のない表情だった。やっぱり、少しずつ大人へと向かっていくのだろう。私達の間にも容赦なく。

 それが寂しいというのは、わがままかな……。

 私もぐっと笑みをつくる。強張っていないといい。


「ねぇ、帰る前にお土産買っていい?」


「そういや、昨日買わなかったもんな」


「うん。駅構内とかでもお土産ってあるよね?」


「あるだろうけど……あんま種類はないんじゃないか」


 確かに、そんなに大きな駅じゃないし、限られた物しかなかった気がする。高校生の頃は、通り過ぎてしまう場所だったのであまり記憶にない。


「うーん、でも、こういうのは贈りたい気持ちが大事だから」


「それもそっか」


 頷いたナツを見て、今渡そうと決めた。


「ねぇ、まだ時間あるからちょっと上がっていかない?」


 ナツは少し首を傾げたけど、すぐに頷いていた。


「じゃあ、荷物取ってくるからリビングで待ってて」


「分かった」


 勝手知ったる他人の家とでも言うべきか、ナツは案内する必要もなくリビングへと歩いていく。まぁ、同じ団地だからというのもあるんだろうけど。私は私でお茶の用意より先に荷物を取りに行くのだから、随分勝手だ。この気安さは幼馴染みだから、なのかな。

 自室にはボストンバックとポシェット、そして紙袋が1つある。荷物を持つ手に少し力がこもる。

 リビングに向かうと、何だか落ち着かない様子に見えるナツがソファに座っていた。そんなに待たせてはいないはずだけど……。


「どうかした?」


「いや、1年ぶりだな、って思ったら何となく変な感じがして」


「変な感じ……」


 ナツがリビングにいる姿。それは幼い頃から当たり前に見てきた光景だったはずだ。中学生の姿に小学生の姿が重なり、更に幼稚園児のつぶらな瞳を想起し、高校生の不貞腐れたような照れた横顔を思い出す。だのにこの1年をすっ飛ばして、大学生を間近に控えた今のナツがいる違和感。

 1年というのは短いようで長かったのだ、と実感してしまう。だけど、その気持ちを補う言葉を持ち合わせてはいなくて、私は荷物を置きながら別のことを尋ねていた。


「飲み物、紅茶とコーヒー、どっちがいい?」


「あ、じゃあ、コーヒーで」


「了解」


 インスタントの割に深みがあって美味しいコーヒー。そこに砂糖を1つとミルクを少し足す。

 それを一口飲むと、ナツは満足そうな瞳をし、落ち着きを見せる。コーヒーの味の好みは変わっていないようで安心する。私も向かいのソファに座ってコーヒーを飲む。喉が潤うと、でも私は緊張感を覚える。

 視線を足元の荷物に投げかける。それからもう一口コーヒーを飲んで、そっと息を吐く。


「綿実?」


 私の態度を不審に思ったのか、ナツが首を傾げている。

 紙袋の中には2つのプレゼント。1つは去年の、もう1つは今年の誕生日を祝うもの。これを渡したら1年前からやり直せる、とは思わない。ナツはちゃんと自分で未来をもう選んでいる。

 その隣に私が並ぶ資格があるのかは、正直分からない。曲りなりにでも断った過去がある以上、幼馴染みからは飛び出せないのかもしれない。

 それでも、これは1つのけじめだから。

 私の、長い、長い気持ちに対しての。


「ナツ」


「なんだ?」


 私はナツの瞳をまっすぐに見つめる。不安そうな顔をする自分が映っていて、少し苦笑する。それを微笑みに変えて、紙袋からプレゼントを取り出す。


「2日早いけど、誕生日おめでとう」


 言葉は意外とするりと飛び出した。対してナツは、瞳を見開いている。そらさずに、じっと見つめていると戸惑ったように眉が下がる。


「2つも?」


「あ、うん、1つは去年渡せなかったものなんだけど……」


 リストバンドを包むラッピング袋は、1年経って少しくたびれているかもしれない。大学に行ってもバスケをするかは分からないし、やっぱり今更で、自己満足に過ぎなかったかもしれない。後悔の波が押し寄せてきた所で、ナツがそのラッピング袋を手に取る。


「開けていい?」


「……うん」


 包装を開いたナツの顔がほころぶ。


「お、リストバンドじゃん!」


「今更すぎるかもだけど」


「いや、嬉しいよ」


 その言葉に、表情に嘘は感じられない。


「去年もらえてたら最後の大会ももっと良い成績残せたかもな」


 そんな軽口を叩くから、私の頬も緩む。


「大学でも機会があったら使ってみて」


「おう、サンキュ」


 笑顔を見せてもう1つの包みの方も手に取る。長方形の箱が包まれていて、目を瞬かせる。中身の想像がつかずに思案しているのだろうか。


「良かったら、そっちも開けてみて」


「おう」


 頷いて、丁寧な手つきで包装を開けていく。現れたのはペンが入っているケース。


「万年筆?」


「ううん。ボールペンだよ」


 今年の誕生日プレゼントを考えた時、大学に入学するナツの姿が思い浮かんだ。だから入学祝いも兼ねられるようなものの方が、気軽に受け取りやすいかもしれないと思えた。結果、高級筆記の中でも手頃な価格で日常的にも使いやすそうなパーカーのボールペンを選んでいた。

 大学生活の傍らにあると嬉しい、と思ったのは少し重いかな……。


「めっちゃ書きやすい! ありがとう」


 早速ボディバッグからメモ帳を出して、試し書きをする姿は純粋に喜んでいて安心する。


「うん」


 1度頷いて、コーヒーで再度喉を潤す。

 誕生日プレゼントを渡して、それから……。1年前のやり直しになるとは思わない。思わないけど、今からでも手を取れるのだろうか。


「それで、あの、ナツ」


「うん?」


 ナツの顔には何の気負いもない。これから私が言おうとしている言葉なんて、全く想像していないみたいだ。まるで1年前のことなんて、もうなかったことになっているかのように。

 そう思ったら言葉が喉に張り付いたように出なくなった。


 蒸し返すようなことをして、どうなるの?

 また1年間、ナツと会話も連絡もない時間を過ごすことになるの?


 1年前の拒絶が特大のブーメランとなって、私の胸を突き刺す。一瞬、心臓の動きが止まったかのように感じた。

 この2泊3日、以前のように話せていた。

 だけど、もう私達の道は1年前に違えてしまっていたのかもしれない。

 途端に自分が恥知らずみたいに思えて、ナツをまっすぐに見られずに俯く。


「綿実?」


 心配そうな声が頭上に響く。その声音に、また勘違いをしそうになる。

 私は精一杯の笑顔を浮かべて、全然関係ないことを口にする。


「ナツ、LINEしてる?」


「え、一応しているけど……」


 ナツもこの1年の間に始めていたらしい。電話番号での追加はオフにしていたから、お互い知らないままだったのだろう。


「じゃあ、ID交換しない?」


「……おう」


 最初に送り合ったメッセージは「よろしく」の一言で、面と向かって話すより距離を感じた。これが今の私達なのだろう。

 ほろ苦い思いをコーヒーで飲み下した。

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