25
海岸を2人並んで歩くと、砂浜に2人分の足跡が残った。他には誰もいない。それでも風や波にさらわれて、やがて足跡は消えてしまうのかもしれない。一緒に砂浜を歩いた思い出だけは、きっと、ずっと残っていくのかな。
やがて視線の先に四阿が見えてきた。脇にある立て看板によると、夏場なら、申請するとバーベキューもできるらしい。今はコンクリートの床に、整えられた丸太の柱が立つただの休憩所だ。バーベキュー炉は使用できないように蓋がしてあり、大きめのテーブルになっている。
「ここでお昼にする?」
「そうだな」
砂浜にビニールシートを敷くことも想定していたけど、ちゃんと座れる場所があるなら、利用しない手はない。
早速ランチボックスを取り出して広げていったのだけど、木製のベンチに座った位置がおかしい。隣? 隣なの? 向かいにもベンチはあるよ? いや、この距離感が普通だったのかな。どうだったかな。
ナツに視線を投げかけるけど、特に気にした様子はない。
「お、唐揚げ美味そう!」
無邪気に喜んでいる……。そうだね、幼馴染みだし、こんなもんだよね。
「味はあんまり期待しないでね」
とりあえずハードルは下げておく。私の女子力とやらがそんなに高くないことは自覚している。
「いただきます!」
私の言葉に一応頷いたものの、嬉しそうに一口目を頬張る。思わず咀嚼する口元を凝視してしまう。ごくりと飲み込む喉の動きが、何だか艶めかしかった。
「うん、美味しい」
するりとこぼれ落ちた言葉は、あったかな気持ちにさせる。
「良かった」
「作ってくれてありがとう」
そんな風に感謝されちゃうと、次はもっと凝ったものを、なんて考えてしまう。でも、次の機会なんてあるのかな……。
疑問は卵焼きと一緒に飲み込んだ。甘いはずなのに、なんだかしょっぱい気がした。すぐ隣の体温は温かなのに。
一口、二口、食事が進むと、会話もぽろりぽろりとこぼれていく。
「大学はどうだ?」
「どうって、突然だね」
「うーん、やっぱ気になるから」
「そうね、高校とはやっぱり違うけど、色んな人がいるし楽しいかな」
ナツからは離れちゃったけどね……。
「そっか。楽しいならいいんだ」
呟く声が、なんだか遠く聞こえる。
「ナツは、どうだった? この1年」
箸が、口に届く直前で止まった。一瞬、遠くを見るように視線が海の方へ投げかけられた気がした。
「長かったけど、今思うと短かったかも」
「終わってみると、ってこと?」
瞳には寄せては返す波が映っている。海を眺めていると、時間の感覚が曖昧になる。
「どうかな。うん、でもやっぱり長かった」
歯切れが悪い。だのに、万感の思いがこもっているようで、離れ離れで過ごした1年の距離を感じてしまった。
「ナツは、その……」
何と続ければ良いのか、少し迷う。1年はやっぱり長い。そして色々と決めるには、きっと十分に時間があった。
「大学はどうするの?」
3月の終わりに地元で会える。会っている。答えはきっと知っていた。聞くのを躊躇っていたのは、私に身勝手な気持ちがあったから。でも最初に突き放したのは私の方だから。ちゃんと聞いてもおきたい。
「大学は……地元。京都じゃない」
ナツも私の聞きたいことを理解していたみたいだ。ダメ押しのように付け足された言葉が、ちくりと胸を刺す。
「そっか。受かったんだね、おめでとう」
言葉が空々しくなっていないだろうか。ちゃんとお祝いできているかな。いまいち自信を持てない。
ナツは箸を置くと、体を私の方に向ける。少し傾ければ、その胸に飛び込めるくらいに近い。だけど、きっと、その距離じゃない。ナツの瞳は真面目だ。
「おれさ、考え直した方がいいって言われてさ、今までずっと綿実中心だったんだな、って思ったんだ」
「うん」
「分かっていたはずなんだけど、ちゃんと自覚できていなかった」
「そう、だね」
頷きながらも、あの時の私の言葉は正しかったのか、確信は持てないままだ。
「文系、理系のクラスも当たり前に文系選んでいたけど、おれ、どっちかっていうと理数系の科目の方が得意なんだよな」
「理科の実験とか好きだったね」
ふと思い浮かぶ小学生の頃の笑顔は、とてもまぶしい。
「うん、でさ、実際どういう進路に行きたいんだろう、って今更ながらに考えたわけ」
苦笑を浮かべるけど、自嘲めいた雰囲気ではない。どこかさっぱりとしていて、吹っ切れた印象がある。
「で、理数系の中でも物理が特に好きなんだなー、って気付いたら、もっと勉強したくなって進路もそっちになっちゃったんだよな」
軽い調子で言っているけど、かなり大変だったと思う。文系と理系の選択は2年生の時に行われる。3年進学時に希望すれば変更もできるけど、試験を受けなくちゃいけない。それでも合格すれば理系クラスに行ける。だけど、ナツの場合は3年になってから進路を変更したことになる。
「文系クラスで、その進路は大変だったんじゃない?」
「夏休みは毎日補講になったし、2学期の放課後も部活引退したら大体補講になった。塾もあったし」
思った以上に勉強漬けの1年になってしまったみたいだ。
「でも、嫌じゃなかったんだよな。勉強するのが楽しいってあるんだな」
ナツは学びたいことを選ぶことができたのだ。それは私の言葉が間違っていなかったと肯定してくれるようで安心して、でも少し寂しさも過る。
「良かった」
だけど、安堵した言葉は本音だ。
「うん、親も色々と支えてくれたしね。塾だって本当は負担だったろうなぁ」
「負担かもしれないけど、嬉しくもあったんじゃないかな」
「まぁね。前にごめんって言ったら、必要経費だって笑ってた」
そんな軽口が返ってくるなら、きっと大丈夫なのだろう。
「色々と話せるようになったんだね」
思わずこぼれた言葉は、羨望だったのか。
ナツは右手をそっと伸ばすと、私の頭を撫でていた。突然のことに、言葉さえ出ずに、ナツの顔をじっと見つめてしまう。とても穏やかで優しい表情で、ますます言葉が分からなくなる。
「綿実も大丈夫だよ」
脈絡のない言葉。だけど、それは確かに欲していた言葉だった。私の顔は、涙をこらえていたかもしれない。




