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四月のすき間  作者: くさき いつき
第2章 四月一日の寂寥

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24

 電車に揺られること30分ちょっと、同じ県内ではあるけど、地元という感覚は薄れる距離。その微妙な距離もあってか案外訪れた記憶は少ない。うちの家族が元々アウトドア派ではないせいもあるかもしれない。家族との海での思い出は随分と幼いものだった。そして当然のように、ナツとその家族も一緒に訪れていた。

 あの時の幼かった少年は、いつの間にやら大人になる1歩手前まで成長していた。向かい合わせになった席に座っているナツは、電車の窓の外に視線をやった。


「お、見ろよ。海が見えてきたぞ」


 横顔を支える首には喉仏がはっきりと見えて、今更に思い出よりも声が低くなっていることを実感して、妙な気恥ずかしさを覚えてしまった。反応が遅れてしまう。


「ん? 綿実、どうかしたか?」


「ううん、何でもない」


 慌てて首を横に振って、不自然にならないように視線を外して窓の外を見る。木々や建物の隙間から見える海は、まだ遠い。それでも海面が日に照らされてキラキラと輝いていることが分かった。


「春なのに夏っぽい」


「おれが?」


「あ、季節の夏の方よ、サマー」


 ナツの名前を呼んだわけじゃない。発音が変だったかな。


「夏ねぇ」


 訝しげにするナツの瞳には、あくまでも春の海として映っているのかもしれない。実際に海岸に人がいる様子はなく、夏のような賑わいは見受けられなかった。

 そして、それは駅に降り立った時により実感することになった。


「さむっ!」


 海から吹いてくる風は、まだ冬に近かった。思わずロングカーディガンの前を合わせる。


「おれら以外、誰も降りなかったな」


 ナツの黒髪も潮風でなびいている。


「うん、この寒さじゃ仕方ない」


 完全に海のシーズンではないのだろう。お陰で外でも気兼ねなく話すことはできそうだ。


「とりあえず海の方に行ってみよう」


「そうだな」


 歩き始めたナツの手には当然のように私のトートバッグがある。


「荷物、ありがとう」


「いいよ。にしても海に入る訳でもないのに大荷物だよな」


 ナツは不思議そうにトートバッグと、私の肩にかかっているポシェットに目をやる。ナツは小さめのボディバッグ1つだけだ。


「そっちの鞄にはお弁当が入ってるよ」


「マジか」


 喜色満面という言葉がぴったりすぎる笑顔を向けられて、あまりの眩さにちょっとたじろぐ。


「そんな大層なものじゃないよ? 簡単なものしかないし」


「それでも嬉しい」


 ナツの感情がストレートに伝わってくる。1年前は少しぶっきらぼうな所があったけど、今はとても素直な印象だ。この1年で、確実に成長することがあったのだろう。その過程を間近で見ることができなかったことに、少し寂しさを覚えてしまう。

 駅から徒歩10分ほどで、海には着いた。電車の窓から見えた通り、海岸には誰もいなかった。当然のように海の家も閉まっている。なんとも殺風景だ。

 それでも歩いている内に体は、気温に慣れてしまった。


「ねぇ、海、どれくらい冷たいかな?」


 言いながら砂浜に下りていく。さらりとした、けれど適度な固さが足の裏に伝わってくる。


「あんまり近づくと濡れるぞ」


「大丈夫だよ」


 波は全然高くない。寄せては返すさざ波が、砂浜を濡らしている。


「やっぱり冷たいかな」


 濡れないように気をつけながら屈んで、指先に触れる。


「あれ、思ったよりも平気かも?」


「無理してね?」


「してないよ!」


 半信半疑な様子だけど、ナツも波際に寄ってくる。トートバッグを濡らさないようにしながら、私の隣に屈むと、同じように波に触れていた。


「あ、本当だ。意外と冷たくない」


「風はまだちょっと寒いけどね」


 日差しがあるからかもしれない。もちろん水着で入れるような温度ではないけど、真冬のようなことはない。

 波に手をさらしていると、視界の端に貝殻が見えた。


「あ、貝殻って今の季節でもあるんだね」


「そりゃ、あるだろ」


 なんとなく夏の風物詩のように思ってしまっていたのだ。

 手に取った貝殻は、白と茶色が混ざったような色合いだ。さほど大きいものでもない。


「あれ、こっちにもある」


 拾った貝殻をしげしげと見ていると、ナツも貝殻を見つけたみたいだ。ピンク色がかった可愛らしいものだ。


「意外とあるね」


「まぁ、秋から春にかけては人もあんまり来なかっただろうしな」


「言われてみると確かに」


 返事をしながらも他に貝殻が落ちてないか探してしまう。

 それからしばらく2人で貝殻探しをしていると、ふと記憶の片隅をくすぐられるような気がした。


「昔、ナツと海に来た時も貝殻拾いってしたっけ?」


 首を傾げると、ナツは考え込むように拾った貝殻を見つめた。


「そう言われてみれば、そんなこともあったな。どっちが多く見つけるか競っていたな」


「あ、そう、それ!」


 でも、どっちが多く拾えたのかは思い出せないし、家に大量に貝殻が置いてあった記憶もない。


「確か途中で帰る時間になって、拾った貝殻も海に戻したんだよな」


 言われてみれば確かにそうだ。貝殻を持って帰ると駄々をこねた気もする……。幼稚園児の頃のことだからね! 忘れよう。


「で、綿実は貝殻持って帰るって暴れたんだよな」


「暴れてはいない!」


 ひとい言われようだ。せっかく記憶の海に沈めようとしたのに。いや、暴れてはいないけどね、うん。

 でも滅多に訪れたことがないと思っていた海でも、ナツとの思い出は当たり前にあるんだな……。幼馴染みだから当然、なのかな。だけど、これから大人になって離れ離れの時間が増えていけば、知らないことが増えていく。

 たった1年離れただけなのに、ナツは私の知らない姿を見せる。

 そんなの仕方のないことだ、と開き直れたら良かったのにな。


「綿実」


 思わず溜め息をこぼしそうになった所で、名前を呼ばれた。ぐっと私の足が踏みとどまる。


「何?」


「これ、あげる」


 ナツの手のひらには最初に拾ったピンク色の貝殻、桜貝があった。ただし2枚ある。


「1枚だけな。ちょっとしたお揃いになるだろ?」


 手のひらにある2枚の貝殻は少し違うものの、大きさも色合いもよく似ていた。そして手のひらからナツの顔に視線を動かすと、赤い頬が見えた。瞳はとても優しい。

 何て言うのかな。これが愛おしさって言うのかもしれない。


「今日は思い出、持って帰れるね」


 1枚、桜貝を受け取るとナツの気持ちが伝染したような気がした。

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