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四月のすき間  作者: くさき いつき
第2章 四月一日の寂寥

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 電車から見える景色が、少しずつ懐かしいものへと変わっていく。体が強張っていくような、それでいて安堵するような不思議な気分になる。

 座席に背を預け、軽く目を閉じて、深呼吸を1度する。


 大丈夫。ただ帰省しているだけだ。何も心配することなんてない。


 目を開けると、窓の外はもう地元だった。都会というにはほど遠く、かと言って田舎と言い切れるほど田園風景も続かない。住み慣れた街の景色は、緊張感の方を勝らせた。もう一度大きく息を吸って吐いた。


 もっと頻繁に帰っていたら違ったのかな……。


 今更考えても仕方ないと思いなおし、ぐっとお腹に力を入れる。

 電車の動きがゆっくりになって駅のホームが見えてくる。私はボストンバックを網棚から下ろして肩にかけると、紙袋を二つ手に持った。

 時刻はお昼を回る少し前。朝のラッシュのようなことはないけど、ホームに人はそこそこにいる。人にボストンバックをぶつけないように気を付けながら降りる。電車の扉付近から離れると、人はほとんどいなかった。乗る人に比べて、降りる人は少なかったらしい。

 かつて何度も利用したことのある駅は、迷うことも戸惑うこともない。するりと改札を抜けて、辺りを見回す。

 ナツが迎えに来てくれるという話だったけど……。どの辺りにいるのだろうか? 人もまばらだし、すぐに見つかるはずなんだけどな。


「綿実」


 不意に声を掛けられる。

 その声は、ふんわりと懐かしい。ここ最近、何度も電話越しに聞いた声。だけど、空気を伝って直接聞こえてくる声は、ずっと重量があるみたいだった。

 胸が高鳴る。それをおくびにも出さないよう、ゆっくりと振り返った。


「ナツ?」


 思わず疑問符がついてしまった。私の記憶にあるナツより、頭1つ分くらい視線が高い。その分、体格もがっしりとしている気がする。長袖に半袖を組み合わせたシャツに、くるぶしの見える黒のアンクレットパンツを着たナツは、学生っぽさの中に、わずかに大人っぽさを混ぜたような、不思議な感覚があった。


「おかえり」


 聞こえた言葉を咀嚼するように、2度、まばたきをした。


「た、ただいま」


 少し声が震えてしまった。でも、ナツは気にしていないようで、笑顔を浮かべる。


「荷物、持つよ」


「……ありがとう」


 当然のように言われる気遣いに、ほんの少し戸惑う。でも嬉しく思っている自分もいる。

 見た目はこの1年で随分と変わったけど、中身はきっとそんなに変わっていないのだ。

 ボストンバックを渡す時に少し触れた指は私より大きくて、知っていたはずなのに、やっぱり少し戸惑ってしまったのだけど。


「じゃあ、行こうか」


「うん」


 紙袋を2つ揺らしながら、ナツの隣を歩く。1年前ならごく当たり前のことだったのに、何だか新鮮に感じてしまった。


「電車で疲れた?」


「え? そんなことないけど」


「そう? なら良いけど、なんだか静かだからさ」


 1年前のことなのに、隣のナツを見ると、どんな風に会話をしていたのかよく分からなくなる。汗で少し湿る手の平にぎゅっと力を入れる。戸惑っているくらいなら、こっちから攻めていった方が、きっと良い。


「背、ずいぶん伸びたんじゃない?」


「うーん、確かに。まだ成長期なんかな。もう成長痛は特にないんだけど」


「だから、ちょっとびっくりしちゃった」


「見惚れた?」


 ……なんだ、その返しは。

 思わず言葉に詰まってしまった。ナツの顔に照れなどはなく、からりとした笑みが見える。どうやら冗談らしい。私は脳内で咳払いを1つする。


「うん、ちょっと見惚れたかな」


「そ、そっか」


 ナツの耳が少し赤くなった。

 あれ? 笑い飛ばして次の話題に移る流れになるはずだったんだけど。あれ?

 いや、1年ぶりに見るナツに少し見惚れたのは事実だから嘘は言っていないんだし、別に大丈夫だよね。ん? そういう話じゃない?

 なんだか混乱してきた。私の頬も赤くなっているような気がする。

 隣に視線を向けるのが急に気恥ずかしくなって、前を向くと、もう駅の出口だった。外に出ると青空が見える。春の風をまとった空気は肌に優しい。

 少し落ち着いて、改めて隣を見る。ナツの瞳とぶつかった。まだ赤みを残す顔は、確かにナツの顔だった。

 唐突に、あぁ、帰ってきたんだ、と実感が湧いた。手に持った紙袋が、かさりと揺れた。

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