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四月のすき間  作者: くさき いつき
第2章 四月一日の寂寥

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20

 1年経っても、お母さんは変わりない様子だった。

 明後日に帰省する。そのタイミングで連絡するのは、家族でもなければ迷惑と思われる部類だと思う。いや、家族でも迷惑かもしれない。

 ナツも、まだ言っていなかったのか、と驚いていた。ナツが私の母と話してみたら会話が噛み合わなかったらしい。それで帰省する時間の確認ついでに、連絡しろ、とせっつかれたのだった。

 いや、私だって、本当はもう少し早く連絡するつもりでいた。

 でも、お父さんと一緒に帰る報告の方がいいんじゃないかと考えたりもしたのだ。それもお父さんに帰省の意志が全くない上に、お母さんも気にする素振りがなかったことで、空回りしていただけだと悟ってしまった。


――あら、帰省するのね。いつ頃?


 あっけらかんと言われた。まるで意外だと言外に示されたかのようだった。

 誰が、お母さんが心配しているって言った? ナツだ。ナツが言ったんだった。私を帰省させるための方便じゃないよね……。


「何考えこんでるの?」


 不意に声をかけられる。隣を見ると、優子に覗き込まれていた。昨日のことで考え込みすぎていたようだ。


「いや、何というか、ままならない気持ち?」


「何で疑問形なの」


「うーん、言語化できない」


 家族は大切だ。でも、お父さんは勿論、お母さんの気持ちだって分からない。結局、何も大切にできていない気がしきてしまう。それを淋しいと感じる一方で、どうしたいのか分からないのだ。

 また3人で暮らしたいのだろうか。

 だけど、きっとお父さんもお母さんも望んでいない。そんな状態で暮らせたとしても、虚しくなるだけだ。大切になんてできない。


「言葉にできないなら、他のこと考えてみたら?」


 優子は少し考えた後で、提案してくる。


「他のこと?」


「そう、例えばいつまで経っても始まらない会議とか?」


 言われて辺りを見回してみる。サークル棟にある部室。気づけば入学式まで1週間を切っていて、勧誘の準備も大詰めということでほぼ全ての部員が揃っている。


「会議って……うーん、でも今更話すことも特にない気もするけど」


 あとはサークルの評論集というか、おすすめの本をまとめた冊子を作るくらい。それも今輪転機で印刷していたりするのだけど、大人数が必要な作業じゃない。結局、手持無沙汰の人で6畳の部屋は溢れてしまっている。とはいえ、春休みも終盤になって、することもなくなって集まっている感じの方が強い。


「まぁ、そうなんだけどね」


 結局、会話は広がることもなく萎んでしまった。

 すると、タイミングを合わせたように突然勢いよくドアが開いた。


「ちょっと製本手伝てつどうて~」


 軽い調子で言う吉川くんの両手には紙の束が積まれている。続いて入ってきた部長や副部長の手にも同じような量がある。無作為に配ることになるビラに比べれば数は少ないんだろうけど、最終的に冊子になるのだからページ数はある。

 だらけていた雰囲気から一転、みんな一斉に動き出した。テーブルの上のものを片付けて、ページ順に並べていく。そして順々に手に取っていき、製本用ホッチキスで止めて、最後に製本テープで補強すれば完成だ。

 紙を取ってまとめて、紙を取ってまとめて、ぐるぐるとテーブルの周りを回っていると、だんだんと作業に集中していく自分を感じる。それはみんなも同じだったのか、人は多いのに異様に静かだった。テーブルの上の紙の束がどんどん減っていき、代わりに冊子が積み上がっていく。その様は、妙に達成感があった。


「単純作業していると、意外とストレス発散になるわ」


 優子がぽつりと言葉をこぼす。


「なんや、ストレスなんかあったんか?」


 吉川くん……。私だけでなく、全員の視線を受けた吉川くんは少したじろいだ。


「と、まぁ、こんなデリカシーのない先輩もいるのでストレスもある訳ですよ」


「ごめん」


 うなだれる吉川くんは叱られた犬みたいだ。なんだか和んでしまって、そこかしこで笑みが落ちている。誰も怒ってはいないのだ。


「冊子が積み上がっていくのを見ると、仕事してる! って感じはあるよね」


 達成感を覚えていたことを言葉にすると、優子が大きく頷くのが見えた。


「そう、それ。きちんと仕上げられるってことは自己肯定感に繋がっていくのね、きっと」


「自己肯定感?」


 私だけでなく吉川くんや他の人も首を傾げている。


「自分はちゃんとできているんだ! って認められると自信に繋がってポジティブになれるのよ。だからストレスも軽減されるのかな?」


「そういうもの?」


 優子は心理学の講義か何かを取っていたのだろうか。


「分かんないけど、多分ね!」


 最後は何だか投げやりな感じだった。だけど、何となく分かる気がした。いつまでも答えが出ない問題は、心をすり減らしてしまうから。考えに詰まってしまうのなら、一先ず1歩踏み出してみるのも有りなのかな。1歩でも見えるものが変われば、案外簡単に答えも出るのかもしれない。

 しばらくして、冊子が一通り仕上がった。新入生に配るビラも隣に積み上がっているので、いつもの部室より圧迫感がある。でも、このビラをすべて配り終えることができたら、また達成感を得られるだろうか。

 1つ1つは小さなことでも、前に進んでいける。

 ……心の距離も同じなのかな。

 不意に耳に音楽が聞こえてきた。それはこの春休みの間に、すっかり耳に馴染んだメロディ。だけど、ギターもドラムもベースも自己主張をしながらも調和して、ボーカルを引き立てている。騒音じゃない。音楽になっていた。

 何だか温かな気持ちになった。私は明日からの帰省に想いを馳せた。


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