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四月のすき間  作者: くさき いつき
第2章 四月一日の寂寥

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17

 瑠美ちゃんと会う約束をした日は、あいにくの曇り空だった。ここの所、良い天気が続いていて、すっかり春になったと思っていたのだけど、一気に気温が下がって冬に逆戻りしたみたいだ。

 とはいえ厚手のコートは3月も下旬に差し掛かった季節には、何だか不似合いな気もしてしまう。歩いている内に少しはあったまるだろうか。

 クローゼットの前で悩む私の手は、ふと一着のスプリングコートに手が伸びる。去年、ナツと水族館に行った時にも着ていた。


 もう1年になるのね……。


 あの頃は、ナツと離れ離れになる実感があるようでなかった。物理的な距離ができるのだから、当然今までのようにはいかないとは理解していたつもりだった。でも、まさか1年もの間、会えないどころか連絡すら取らないことになるとは思っていなかった。


 1年の隔たりを埋める日には、これがいいのかもしれない。


 そう思った私はもう迷うことはなかった。

 準備を終えた私は、念のために折り畳み傘を鞄の中に忍ばせて、待ち合わせの駅前へと向かった。

 外の空気はやっぱり冷たい。少し湿気が多いようにも感じる。案外、天気はすぐに崩れてしまうのかもしれない。歩くスピードを上げると、スプリングコートの裾が、ひらりひらりと揺れる。何故だか叱咤されているような気がした。

 背筋がぴんと伸びた。

 駅前は微妙な天気でもそれなりに人がいる。瑠美ちゃんはもう来ているだろうか。待ち合わせの10時には、まだ10分ほど時間がある。


「綿実先輩!」


 視線をさまよわせた所で、明るい声が聞こえた。右を向いた先に、券売機のそばに立つ瑠美ちゃんがいた。


「おはよう、早いね!」


「おはようございますー。いえいえ、今来た所ですよ」


 何だか少女漫画みたいなやり取りしているな? と思ったら、ちょっと笑みがこぼれてしまった。


「どうかしました?」


「ううん、今のやり取りがちょっとね」


「ああ、確かに定番過ぎましたね!」


 瑠美ちゃんもくすくすと微笑む。今来たのは本当ですよ、と言いながら。

 私たちは挨拶もそこそこに改札を通り抜ける。今日は電車に乗って市内へと向かう。近場で話しても良かったのだけど、今日はショッピングも堪能することになっているのだ。何でも瑠美ちゃんは気になる店がたくさんあるらしい。


「そういえば、どの辺りに行くかは決めているの?」


 行きたい所でいいよ、と丸投げ状態だったことも思い出した。


「ええ、もちろん!」


 元気よく頷く瑠美ちゃんは楽しそうだ。

 ちょうど来た電車に揺られ、たどり着いた先でも、その元気さは発揮された。店から店へと次々にはしごしていくことになったから。とはいえ散財するわけでもない。

 かわいい~、の連呼だ。イヤリングを見て、シュシュを見て、ボールペンを見て、つぶれた顔の猫のぬいぐるみを見て。

 うん、これは女子高生のノリだ。間違いない。私も高校生の頃に身に覚えがありすぎる。今となっては何がかわいかったのかよく分からないものも多かったけど、かわいいは全てに通じる言葉だった。語彙力が足りないんじゃない。かわいいが完全に表現してしまうのだ。

 かわいいの不思議。かわいいは正義。

 商品を嬉しそうに手に取る瑠美ちゃんもかわいい。もし高校生の時にももっと交流していたら、どんな関係になっていたんだろう。ふと、そんなことを考えてしまう。

 しばらくして小腹が空いてきた所で、お昼を取ることになった。美味しいものを食べたいと誘った時に返ってきていたけど、瑠美ちゃんはお店もいくつかピックアップしてくれていた。

 私、何も考えていなさすぎだったのでは? と少し反省した。

 どれにしようか悩んだ結果、私たちは普段行くことのないエスニック料理のお店に決めていた。

 お店はお昼時ということもあって、それなりに混んでいた。テーブルはバンブー素材らしく、独特の温かみがある。壁にはイカットと思われる布で装飾されていて、全体にアジアンテイストのある店内だ。ライトも落ち着いた暖色で、雰囲気を出している。


「何だか落ち着きますね」


 瑠美ちゃんは気に入ったようで、向かいの席で楽しそうに笑みを浮かべる。私も笑みを返す。

 やがて注文したものがテーブルに並べられる。大きな目玉焼きが目につくガパオライスと生春巻き。瑠美ちゃんは麺料理のフォー・ガーも注文している。


「美味しそうですね!」


「そうだね」


 料理がおいしくて、つい食べることに集中してしまう。赤パプリカの食感がなんだか癖になりそうだ。


「ところで綿実先輩、今日はどうして誘ってくれたんですか?」


 食事がある程度落ち着いた所で、瑠美ちゃんが真面目な瞳で尋ねてくる。単純に会いたくて誘ったわけではないと察してくれているらしい。とはいえ、改めて直球で聞かれると、少し口ごもってしまう。利用しているだけみたいで、決まりが悪い。でも、せっかく瑠美ちゃんから切り出してくれたのだ。私は居住まいを正す。


「実は瑠美ちゃんに聞きたいことがあったの」


「聞きたいことですか?」


 不思議そうに首を傾げる。私は1度頷く。



「うん、そのナツ……鴨井くんのことなんだけど」


「言い直さなくても大丈夫ですよ」


 瑠美ちゃんは小さく笑いをこぼす。ふふふ、と空気を震わす。


「1年くらい前でしたっけ? 道端で綿実先輩に会った時、夏衣くんのことを鴨井くんって呼んでて、他人行儀だなー、と思ったことがあるんですよね」


「そうなの?」


「ええ、でも、まぁ話を聞いてると幼馴染みって強いなって」


「強い……?」


「うーん、私が立ち入る隙はないんだなぁと実感させられるというか」


 これは、ひどい人選だったのではないだろうか。この1年のナツを知っている存在。それは間違いないんだけど、瑠美ちゃんの気持ちを見ていなかった。手の平に力が入るのを感じる。


「あ、でも誤解しないでくださいね?」


 まっすぐに見つめたまま、あっけらかんとした声を投げかけてくる。


「別にもう好きとかじゃないんですよ」


 もう、という言葉が軽い口調を重くする。だけど、瑠美ちゃんはさらりと言葉を続けていく。


「はっきり言うと、好きだなー、って思うこともあったんですけど、夏衣くんの恋愛対象にまるでなっていませんでしたからね。こりゃないわ、って冷めちゃってますから」


「……そうなの」


「あれくらい一途に思われてみたいですよねぇ」


「え?」


 ナツが一途に思う相手……それは今でも私なんだろうか。考え直した方がいい、と告げた私の言葉は、ナツを変えたのだろうか。


「まぁ、えーと、それで夏衣くんの何を聞きたいんです? たぶん、綿実先輩の方がよく知っていると思うんですけど……」


 瑠美ちゃんは歯切れ悪く言葉を足す。私はそっと息を整える。気持ちを隠すことなく話してくれた瑠美ちゃんに、誠実でありたいと思う。


「実はこの1年は連絡とっていなかったのよ」


「え、帰省していないだけじゃなかったんですか?」


「ううん、こないだまで連絡は一切してなかったの」


 目を少し見開いて、それから納得したような顔になる。


「なるほど、それで……」


 でも瑠美ちゃんの言葉は続かなかった。小さく咳払いをした。


「綿実先輩、連絡取っていなかった間のことは、本人から聞いた方がいいですよ」


 にこやかに、どこかからかうような笑みをのぞかせる。私は首を傾げるしかない。どう伝えたらいいんだろう。ためらいながらも口を開く。


「うん、その、誕生日プレゼントを決めかねているのだけど……この1年のことを知らないから」


 しどろもどろになってしまった。瑠美ちゃんは軽快な笑い声をあげた。


「そんなの気にしなくて大丈夫ですよ!」


「え、でも……」


「綿実先輩が選んだものなら大丈夫です!」


 それは、まるでナツの気持ちを透かしたような言葉で、私の頬が熱を持つのが分かる。瑠美ちゃんはからかうでもなく、でも生温かい瞳をしている。

 もっと自惚れてもいいのかしら。

 そんなことを思ってしまい、ますます顔が熱くなる。冷ますようにお茶を一口飲む。アジアンテイストのお店のお茶は甘い味がして、あまり熱は冷ましてくれなかった。

 瑠美ちゃんは楽しそうな顔のまま何も言ってくれない。やっぱり人選を間違ったのかもしれない。


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