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四月のすき間  作者: くさき いつき
第2章 四月一日の寂寥

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 朝夕の寒暖差が日に日に大きくなっている気がする。それでも天気が崩れることなく晴れの日が続いているのだから、概ね過ごしやすい。桜も近いうちにほころび出すのではないか、と思ったけど、駅から続く道沿いにある桜の木の蕾はまだまだ堅そうだった。

 曲がり角まで来た所で立ち止まって携帯電話を取り出す。先日、お父さんに聞いた生八つ橋を売っているお店は、一応京都市内にある。しかし、大通りにあるわけでもない。碁盤の目状に並ぶ京都の道は整然としているものの、慣れていないとどの通りだったか、よく分からなくなってしまう。

 そうしていくつかの角を曲がると、石畳の道に木造の民家が並ぶ通りに出た。出格子で囲われ、2階建てなのにやや低く感じる街並みは古式ゆかしい雰囲気がある。人通りはまばらだけど、寂しい感じはしない。どちらかというと落ち着いた気持ちになる。


 とはいえ目的の店はこの通りにあるのだろうか?


 商売をしているように見えないのだ。日常生活の匂いで溢れている。

 首を傾げながらも、手元の携帯電話のマップが差し示す場所を目指して歩く。あと100メートルほどで到着するはずだ。

 通りの雰囲気のせいか、足並みはゆっくりになった。遠くに鳥のさえずりが聞こえ、すれ違う人の声さえ心地よく感じる。

 私は今京都に住んでいるのだと実感した。思えば京都で暮らし始めて1年になるのに、あまり出掛けることもしてこなかった。随分と勿体ないことをしていたように思う。これからはもっと外に出ても良いのかもしれない。観光名所でも良いし、こんな風な街並みを歩くだけでも良い。

 なんだか随分と外向的な気分になっている。


 1週間前だったら、こんな風には感じられなかったはずなのに……。


 我ながら現金な性格に苦笑した所で、目的の店の看板が見えた。入り口にひっそりと立っている看板は、うっかりすると見落としそうだ。両隣は、お店という様子でもないので、ただの民家として通り過ぎてしまうかもしれない。でも、えんじ色の暖簾が確かに商店であることを主張してくれている。

 普段買い物しいている所とはだいぶ雰囲気が異なる。一見さんお断りじゃないよね……と一抹の不安を覚えながら、暖簾をくぐった。


「いらっしゃいませ」


 私の緊張をよそに朗らかな女性の声が出迎えてくれる。木目が目に優しい店内は、さほど広いわけじゃない。女性のいるカウンターの前面は木製の棚になっており、商品が並んでいる。生八つ橋の入り個数や色の組み合わせで、意外と種類が多い。焼き八つ橋も扱っているみたいだ。


「あら」


 商品の種類に目移りしていると、カウンターの女性から訝し気な声が漏れた。不思議に思って視線を合わせると、確かに私を見ている。白髪の混じる髪を1つに束ね、白い割烹着に深い緑の着物を着た女性は、少し目を見開いた後に柔和な笑みを見せる。


「不躾にごめんなさいね。とても懐かしく感じたものだから」


「いえ……懐かしく、ですか?」


 戸惑いながらも尋ねていた。女性はさらに笑みを深くする。恰好のせいなのか、優しげな雰囲気のせいなのか、初めて会うのにおばあちゃんのような親しみを感じる。


「ええ、もう20年くらい前かしら。その頃の常連さんにとても良く似ていらしたから。つい知り合いに会った気分になってしまったの。ごめんなさいね」


 20年前の私に似た常連。もしかしなくてもお母さんのことなんだろうか。お母さんが京都に住んでいたという話は聞いたことないけど……。


「そうなんですね」


 確認してみたい気もしたけど、曖昧に頷くことしかできなかった。


「不快にさせてしまったかしら」


「いえ、そんなことはありません」


 慌てて首を振る。でも、女性はにっこりと笑って言った。


「お詫びにサービスさせて頂くわ」


「そんな、気にしていませんので」


 女性の優しげな雰囲気が崩れることはない。だけど、何だか申し訳ない気持ちになる。手早く商品を選んで退散した方が良いのかもしれない。私はお父さんから聞いていたものを選ぶ。ニッキと抹茶に加えて桜がセットになったものだ。春先になると、よく買っていたそうだ。


「あの、こちらでお願いします」


「はい、かしこまりました」


 女性は一瞬で商売人の顔になったかと思ったら、すぐに驚きを微かに滲ませた。


「どうかされましたか?」


 思わず尋ねると、女性は少し戸惑ったように答えてくれた。


「いえね、また不快にさせたらごめんなさいね。あなたに似た女性もね、こちらをよくお買い上げ頂いていたものだから」


 生八つ橋はお土産として有名なものだ。それ故に普段から買うものというイメージはあまりない。だから、そういった店で常連と呼ばれた女性はそう多くないと思う。その女性が私と似ていて、お気に入りのセットも同じだと言う。

 これは十中八九、私の母親なんじゃないかな……。何だか脱力した気分になり、私の口は少し軽くなっていた。


「ここは母のお気に入りの店だったそうなので、もしかしたら母なのかもしれません」


「あら、そうなのね」


 嬉しそうな顔をされると、不思議と私の気持ちも温かになる。


「確証はありませんが、おそらく」


「なんだか嬉しいわね。引っ越しをされてからはお会いしていなかったから」


 どうやらお母さんは、過去に京都に住んでいた可能性がありそうだ。そして引っ越しを告げる程度には、このお店と懇意にしていたようだ。


「お母様はお元気かしら」


 少し言い淀んでしまった。この1年、きちんと話せていない。帰省するというのに、お母さんにだけは何も言えてないくらいだ。

 ……もしかしたらお父さんから話しているかもしれないけど。


「ええ、そうですね」


 曖昧に頷くしかなかった。便りがないのは元気な証拠と言うし、大丈夫だと思いたい。


「今回の分も母へのお土産なんです」


「まぁ、それは嬉しいわ。お母様によろしくお伝えくださいね」


 これでお母さんが常連さんじゃなかったら申し訳ない……。ほぼほぼお母さんで間違いないと思うけど。


「あ、そうそう。お父様もお元気かしら」


 不意に足された言葉に、私は二の句が継げなかった。


「そのよくしていただいた女性の方ね、婚約されていた男性の方ともいらして下さったことがあるのよ。最後にお会いした時は、その方と結婚されたと話されていたの」


「……ええ、元気にしていますよ」


 今は京都にいるのだとは、何となく言えなかった。離婚しているだなんて、言えない。せめて女性の記憶の中では、おしどり夫婦でいて欲しいなんて願ってしまう。

 女性の目に、私は幸せな娘に映っているのだろうか。

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