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また連絡する。
と言われたものの、ナツからの連絡はない。まだ3日しか経ってないけどね。この1年近く連絡を取っていなかったことを思えば、ささやかなものだ。頭では理解しているけど、ナツの声を再び聞いた後では、かつて毎日のように言葉を交わしていた日常に焦がれる自分がいるのも確かなのだ。
それなら、さっさと自分から連絡すれば良いとも思うのだけど……。
なんだろうな、変な意地を張っているのかな。
連絡を取らなかったくせに手のひらを反すような気がして、ためらいを覚えてしまうのか。
……小さい! 小さすぎる!
叱咤するかのように、私は両頬を張った。パン! と良い音がした。力加減を間違えたのか、手のひらと頬がジンとした。おかげで目が覚めた。
よし、やっぱり自分から連絡しよう。
そうだ、帰省の日程だってまだ伝えてないんだから、良いタイミングだ。
1人、大きく頷いた所で、周囲を見回す。一連の行動を思い返すと、なかなかに奇怪な行動だった気がする……。
幸い、父の姿はない。
私は冷蔵庫から麦茶を取り出し、バイトで疲れた体を潤す。気分もすっきりとしたように思う。
そうして自室に入ると、私は早速携帯電話とにらめっこする。画面をタップする指が少し震えた。
コール音が耳に響く。鼓動が早鐘を打つ。深呼吸を1つする。3コール流れた所で、音が外に繋がった。
「もしもし?」
耳が熱くなった。
「ナツ?」
「うん、てかナツって呼ぶなって」
いつものやり取りに笑みがこぼれる。緊張も少し落ち着いた気がする。
「別にいいじゃない。誰も聞いていないよ」
「そりゃそうだけど」
「ねぇ、私、帰省することにしたよ」
勢いのままに告げると、少し間が空いた。でも、すぐに柔らかい声が聞こえた。
「そっか。いつ頃?」
「バイトがあるから、再来週に2泊3日」
本当に3月の終わりだ。今更だけど、その頃ってナツはまだ地元にいるんだろうか。
「バイト?」
私の疑問とは別の所にナツは引っかかったみたいだ。
「うん、バイト」
「バイトしてるのか? どんな所?」
私が働いているのが意外なんだろうか。というか瑠美ちゃんから聞いたりしていないんだろうか。
「喫茶店だよ。家族経営の、割とのんびりした所かな」
「……じゃあ大丈夫か」
思わずといった感じでこぼれ落ちた言葉に、私はむっとなる。
「私だって働くくらいできるよ?」
「いや、そういうことじゃなくて……家族と綿実だけなのか?」
「従業員? 主婦のお姉さんと同じ大学の男の子もいるよ」
間が出来た。何だろう? 首を傾げるも、電話越しじゃ見えないので、返答を促すことにはならない。ただ間が出来ている。
立ったままでは落ち着かなくて、私はクッションに座り込んでいた。程よく沈み込む。
「それって……どんな奴?」
今度は私が間を作る番だった。
奴? 主婦の方を奴呼ばわりするのは違和感ある。もしかして斎藤くんのことを気にしているのだろうか? それって……いや、勘違いだったら恥ずかしいだけだ。私は努めて落ち着いた声を作る。
「主婦のお姉さんは、ほわほわしてる感じかな。真面目だけど、ちょっと天然な所があるのよ」
「大学の男の方は?」
「斎藤くんは、身長が高いね。あと淡々としているかな、クール系?」
「そうなんだ」
気のない返事をされる。聞いてきたのはナツの方なのに。
あ、そうだ、斎藤くんと言えば、ナツにも伝えておきたいことがあった。
「瑠美ちゃんと会ってすぐに仲良くなっていたみたいだよ」
「え?」
戸惑った声が響く。私も言った後で、仲良くと言うにはまだ早い気もした。でも入学前の大学のサークル棟まで来るくらいだから、親しくはなっているはず。
「瑠美って瑠美?」
「うん、バスケ部のマネージャーしていた瑠美ちゃん」
「会ってんの?」
「うん、ばったり本屋さんで会って、バイト先で会って、大学でも会ったね」
改めて口にしてみると、結構な頻度で会っている。高校生の頃はほぼ会っていないと言ってもいいくらいだったのに、不思議な感じだ。
「……なんだそれ」
ナツは脱力したような声を出す。
「どうかした?」
「いや、瑠美が綿実と同じ大学行くのは知っていたけど、まさか入学前に会っているとは思わず」
その後も何か言っていたけど、声が遠くなったみたいで上手く聞き取れない。クッソーって言ってる? 何?
「ごめん、よく聞き取れない」
「いや、何でもない」
「そう?」
何でもない雰囲気ではなかったのだけど……。結局、釈然としない内に、じゃあまた、と言われて通話が終わってしまった。
またっていつだろう。
てか帰省した時にナツがいるのか聞いていないし、進路も聞けていない!
でも、今すぐに掛けなおす気力は出てこなかった。いつか分からないけど、きっと、またがある。その時の楽しみにすればいい。
気付くと喉が渇いていた。もう1度麦茶を飲もうと部屋を出た所で、お父さんと出くわした。
「おかえり」
「ただいま」
朗らかな声だ。帰省することを伝えた時と変わらない。今、一体何を思っているのだろう。
「ねぇ、お父さん」
「うん?」
靴を脱いだお父さんが頷きながら、近くまで歩いてくる。私は小さく息を整えてから口を開いた。
「帰省する時のお母さんへのお土産は何がいい?」
片眉が上がる。でも、そこに不機嫌な雰囲気はない。柔らかで、穏やかな表情はいつもと変わらない。
「そうだなぁ。生八つ橋が好きだったなぁ」
京都のお土産としては無難な所かもしれない。と思っていたら、どこそこのお店の支店の味がお気に入りだったと続いて、割とこだわりがあった。
そして思い出を語るその目は、一層優しかった。
どうして、という言葉を飲み込んで、私はそのお店の詳しい場所を携帯電話に登録した。その住所は、私に全く縁のない場所だった。きっと、私の知らない2人の思い出はたくさんある。それは離れても変わらずに幸せにしてくれるものなのか、私には分からなかった。




