表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四月のすき間  作者: くさき いつき
第1章 四月二日の黄昏
4/75

4

 夕暮れの薫り。後ろを振り向くと、体育館のギャラリーに面した窓はすっかり朱色に染まっていた。その内、藍色に染め変えられ、自分自身の存在など簡単に飲み込まれそうだ。


「なーに、黄昏てんだ?」


 不意に声がして、前に向き直ると、俊雄がいた。高校1年の頃から同じバスケ部としての付き合いはあるが、いまいち読み切れない部分がある奴だ。能天気そうな顔でバスケットボールを頭の上にのせている。


「別に黄昏てねぇよ」


「そっかぁ?」


 にやりとした瞳が疎ましい気配を感じさせる。


「何だよ? 何か含みあんな」


 俊雄の頭から転げ落ちたバスケットボールを右手で受け取る。そのまま人差し指の上でくるくると回転させてみる。意外とよく回る、と思っていたら、飛び込んできた言葉にぐらついた。


「いや、俺はまた佐野先輩のことでも考えてんのかと思ってよ」


 バスケットボールはコロコロと体育館の床を転げだす。ゴールのあてもないまま。


「あ、図星?」


「んな訳ないだろ。ようやく部活が終わったなぁ、って思っていただけだよ」


「本当かねぇ」


 疑わしい目を向ける俊雄を無視するように歩き出す。コートの端で先生が、早く後片付けしろ、と叫んでいる。言われるまでもなく、土曜日にいつまでも学校にいたいとも思わない。


「あーあ、佐野先輩、今頃何しているのかなぁ」


 一体、何を気にしてんだ。と内心呆れながらも、さっさと片付けようぜ、と声をかける。

 佐野、先輩、か。

 その言葉の響きはねっとりと重い。1度指に絡まると、なかなか綺麗に取れない。爪の間に付着したままになっていて、ふと物を掴もうとした時に気付いて、焦る。だから聞きたくない。

 だのに、俊雄はことあるごとに連呼する。何かのネタになっていると思っているのか。おれの心がからかいやすいくらいに明け透けなのか。

 佐野先輩、佐野センパイ、佐野せんぱい。

 隣で片付けをしながら、まだぶつくさ言っている俊雄に、うるせぇ、と言ってヘッドロックをかます。すぐに俊雄は情けない声を出した。


「鴨井、樋口、何やってんだ! さっさと片付けろ!」


 先生のでかい声が飛んできた。おれと俊雄は慌てて他のメンバーに混じって後片付けを再開した。

 だけど、綿実は本当に今頃何しているんだろう。きっと引っ越しのために部屋の整理をしているに違いない。そう思う一方で、想像する綿実は後ろ姿ばかりが鮮明で、顔の表情は上手く思い描けなかった。手を伸ばしても届きそうで届かない。

 その距離が歯がゆい。


「鴨井、ぼーっとしている暇があったら動け!」


 再び先生に怒鳴られて我に返る。いつの間にか立ち止まっていたようだ。感傷に浸るような趣味はないはずなんだけどな……。

 にやつく俊雄の顔を視界の端に捉えて、思わず舌打ちをする。

 夕暮れの気配はどんどん濃くなる。いっそ全てが夜の色に染まれば、何も見えなくなって楽なのかもしれない。

 そんな馬鹿げた考えに苦笑しながら、転がるバスケットボールを1つ手に取った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ