表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四月のすき間  作者: くさき いつき
第2章 四月一日の寂寥

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/75

9

 窓の外からは暖かな日差しが差し込んでいる。お昼を過ぎて、穏やかさを取り戻した店内を柔らかな雰囲気にしてくれている。先ほどまではお客さんが多かったこともあって、思わず一息つく。バイト中でなければ、春の空気にまどろんでいたかもしれない。

 まぶたに力を入れて開き、仕事に集中しようと試みる。店内にいるお客さんは2組4人。それぞれ歓談しつつ食事を楽しんでいるようだ。うん、今することはなさそうだ。

 でも、ぼーっと立っているだけでは、眠気に誘われてしまう。視線をさまよわせて仕事を探していると、隣から訝しげに問う目を投げかけられた。


「……何しているんだ?」


 頭上から響く低めの声は、ずっしりと脳に響く。何故だか背筋が伸びる思いがした。


「いや、手が空いたから何かすることないかな、と思って」


 そっと目を細める斎藤くん。だけど怒ってはいないらしい。


「真面目だな」


「うーん。手持無沙汰だと眠くなりそうで」


 正直に答えると、苦笑された。でも、表情は割と穏やかで、春の日差しに似ている気がした。そんな雰囲気に流されるように、私は続けて口を開いていた。


「斎藤くんは眠くならない? この時間帯に入るの珍しい気もするけど」


 先日は急遽のヘルプで同じ時間帯に入ってくれていたけど、普段は私と同じく夕方以降がメインだ。私は、今は春休みだから入る時間帯は固定されていない。


「別に普段夜更かししているわけじゃないから」


「そう?」


「うん、それに先月実家帰っていたから、今月は多めに入らないと」


 斎藤くんも同じ大学生なのだから、当然入る時間帯は自由にできるわけだ。当たり前のことを聞いていたな、とちょっと自分に笑う。

 そんな私を見て首を傾げる斎藤くん。

 斎藤くんのことを笑ったと思われてる? 誤解は早めに解かないと、と思ったタイミングで入り口のドアベルが響く。


「いらっしゃいませ」


 反射的に出た声は2人揃っていた。店内の雰囲気を壊さない程度のボリュームで。

 だけど、お客さんの顔を見た瞬間、私の動きは止まった。


「綿実先輩、こんにちは!」


「瑠美ちゃん?」


「バイト先が見てみたくて来ちゃいました」


 朗らかに言う。だけど、先日会った時に、バイト先の話などしていただろうか? 腑に落ちない顔になっていたのか、瑠美ちゃんは慌てて言葉を足す。


「あ、ストーカーじゃないですよ? 昨日優子先輩に会った時に、そんな話になったんですよ」


 どうやら優子と瑠美ちゃんは気が合うらしく、会っていたようだ。私は誘われてないぞ、と思ったことは気づかないふりする。


「そうなんだ。びっくりした」


「サプライズっぽくなっちゃいました?」


「うん」


 頷く傍らで、隣の視線が気になる。もう首を傾げる様子もなく、斎藤くんは空気に徹しようとしてくれているみたいだけど、目はきちんと私たちを見ているのだ。


「高校の後輩の坂口瑠美ちゃん」


「どうも。佐野さんと同じ大学に通う斎藤晃だ」


 とりあえず紹介してみたものの、どうも言葉が固い気もする。


「そうなんですね、綿実先輩の彼氏ですか?」


 さらりと言葉の爆弾をぶん投げられた。


「違います!」


「違う」


 私と斎藤くんの声はシンクロしていた。お互い、今までそんな話したことないし。というか、まともに話せるようになったのもつい最近だ。


「そうなんですか? 窓の外から見えた時は良い雰囲気だったので、つい」


 良い雰囲気? 私たちは顔を見合わせて、互いに首を傾げた。よく分からなかった。でも、いつまでも立ち話をしているわけにもいかない。


「とりあえず席に案内するね。今日は優子と待ち合わせ?」


「いいえ、1人です」


「じゃあ、カウンター席の方がいいかな?」


「はい、大丈夫です」


 元気に頷くと、瑠美ちゃんは案内されるまでもなく、私たちが立っている場所からすぐ近くの席に座っていた。そしてメニュー表にざっと視線を巡らす。


「紅茶を……アールグレイでお願いします」


「かしこまりました」


 私が頷くと同時に、奥にいた店長がさっさと準備に入っている。相変わらずオーダーの意味をなさない店内の広さではある。それでも一応店長にアールグレイを1つ、伝えた。


「綿実先輩って、ほぼ毎日バイトしてるんですか?」


 瑠美ちゃんの声は潜めていても、よく通る。奥の席に座るお客さんに気を配りつつ、私は頷く。


「春休みの間は大体入っているかな」


 まるで暇人です、と宣言しているみたいで、ちょっと哀しい。けれど事実なのだから仕方ない。


「優子先輩の言っていた通りなんですね。帰省はしなかったんですね」


「うん、そうだね」


 これまた事実なので、特に考えることもなく頷いたのだけど、瑠美ちゃんの瞳が一瞬思案げに揺れた気がした。何か変だった?


「どうぞ」


 確認してみようと思った所で、斎藤くんがアールグレイを瑠美ちゃんの前に置いていた。ふわりと柑橘系の匂いが漂う。


「ありがとうございます」


「ごゆっくり」


 満面の笑顔の瑠美ちゃんに対して、斎藤くんは控えめな笑みを返す。落ち着いた雰囲気があって、ベースを弾いている時とは異なる柔らかい雰囲気だ。背が高いこともあって威圧感を覚えることも多かったけど、こうして見ると喫茶店にも馴染んでいる。一緒の時間帯に入るからこそ気付けたことだ。


「……美味しい」


 アールグレイを一口飲んだ瑠美ちゃんが、そっと息をつく。穏やかな表情で、もう思案するような様子もない。気のせいだったのかもしれない。

 それから紅茶の味が良かったからなのか、追加でパンケーキも注文してくれて、気付けば1時間近く経っていた。その間、お客さんの出入りは勿論あったけれど、特段忙しくなることもなかった。おかげで仕事の合間に瑠美ちゃんと話す余裕もあった。大学の講義やサークルの様子など、取り留めない話だ。斎藤くんとも何度か話しているみたいだったし、退屈する様子もなく過ごしてくれたようだ。


「今日は突然来たのにありがとうございました」


 お会計の時も、朗らかな様子だった。


「ううん、常連さんになってくれたら嬉しいからまた来てね」


 セールストークというだけでなく、本心で言っていた。不意に驚かされることも多いけど、不快感を覚えることはなく、人懐っこさを感じる。瑠美ちゃんの人柄が大きいのだろう。

 だけど、ドキリとした。


「先輩、たまには帰省してあげてくださいね」


 店を出る直前に言われた言葉に。

 ぽかんとして何も返せなかった。颯爽と歩きだす背中は、春先の荒い風にかき消されるようにして、見えなくなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ