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ベーグルは確かに美味しい。一緒に注文したコーヒーも香りが匂い立ち、口当たりも優しい。優子の見つけたベーカリーは、カフェのみでも充分に満足できるお店だった。
だけど、今の状況はよく分からない。
私の右隣の席には優子、向かいの席には坂口さんが座っている。ガラス窓にうっすらと映り込む私達の姿は、先輩後輩? 友達同士? 女子会でもしているように見えるのかな。
「でも、こんな所で佐野先輩に会うとは思いませんでした」
アールグレイの入ったカップを両手で包みこむように持ちながら、坂口さんは言葉を落とす。
「私もびっくりしたよ」
うん、本当に。そんな私の心情に同意するかのように坂口さんは大きく頷く。
「大学構内なら会うかな? って思ったりもしましたけどね?」
「坂口さんは、市内から大学に通うの?」
電車の交通の便はそんなに悪くないから、市内から通う人も一定数いる。この辺はやっぱり地元と違う。京都も都会なのだと感じる。
「いえいえ。今日はたまたまたですよ。引っ越し作業も一段落ついたから、ちょっとブラつこうかなって」
散歩にふらりと出掛けるような気軽さで電車に乗ったらしい。
「もう引っ越し作業終わったの?」
「はい、卒業式終わったら、わりとすぐこっちに来たんですよね」
「去年みたいに旅行に行ったりはしなかったの?」
ふと思い出したので聞いてみただけだった。友達と旅行と聞いただけで、誰と一緒だったかまでは聞いてなかったかもしれない、と思い至ったのは言い終えてからだ。でも、杞憂だったみたいだ。
「ああ、卒業旅行しましたよ。今年はバスケ部以外の友達も誘ったから、結構大所帯になっちゃいました」
朗らかに笑みを浮かべる姿は、旅行が楽しかったことを感じさせる。
「へぇ、じゃあ坂口さん……瑠美ちゃんでいい?」
「ええ、優子先輩」
ショートボブの髪を揺らしながら頷く姿は、愛嬌がある。優子も笑顔で頷いている。坂口さんと優子の距離が一気に縮まった気がする。
「瑠美ちゃんは旅行から帰ってきてすぐ引っ越した感じなんだ?」
「そうですねぇ。早く新天地に行きたくて!」
「アクティブだねぇ」
割とギリギリまで引っ越し準備をしていた自分からすると、見習うべきかもしれない。
「卒業旅行はどこに行ったの?」
「北海道ですよ」
さっきからこっちから質問しすぎかな、とちょっと気になったけど、坂口さんは笑顔のままだ。だからか、とても話しやすいと感じる。
「北海道行ったの? 私の地元だよ」
優子ともすっかり打ち解けていて、旧知の仲みたいだ。会話自体は初対面の内容だけど。北海道という共通の話題を見つけて2人は盛り上がり、ますます親しげだ。私自身は北海道に行ったことがないので、聞いて初めて知る内容が多い。
……そうか。地元を離れて1年。その間に、きっと私の知らない色んなことを経験したんだろうな、ナツは。
淋しい、と感じてしまうのは自分勝手かな。
思わず溜め息をこぼしそうになった所で、ぐっとこらえる。今の楽しい雰囲気に水を差すようなことはしたくない。気分を落ち着かせるようにコーヒーに口をつけると、苦みが増したような気がした。
「あ、そうだ、お土産の白い恋人、まだあるんですけど先輩方もどうですか?」
どうやら自分用に買った分がまだあるらしい。つい先日、優子からもらったお土産も白い恋人だった。やっぱり北海道のお土産としてメジャーなのだろう。
ナツも買ったのだろうか、食べたのだろうか。
白い恋人を食べるナツを想像したら、何だか楽しい気分になった。離れてはしまったけど、きっと共有できることもあるのだ。
優子も坂口さんも話し上手な上に聞き上手で、気付けば随分とベーカリーに長居してしまった。店を出る頃には夕闇が滲み始めていた。
「佐野先輩も、綿実先輩って呼んでいいですか?」
最寄駅に着いた別れ際、そんなふうに尋ねられ、私は頷いていた。
「うん、よろしくね、瑠美ちゃん」
明るい笑顔で手を振る姿に、春は出会いの季節なのだ、と感じさせられた。そして、別れの季節でもある。
ナツが最後に見せた哀しみに彩られた瞳が過る。
あれからもうすぐ1年。ナツも朗らかに笑ってくれていたらいい、と願いながら家路へと歩き出した




