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新入生を勧誘するためのビラ。デザインは、イラストレーターを使えるという吉川くんがしてくれた。試しに1枚プリントアウトされたものが、ホワイトボードに貼られている。明るく愛嬌のある先輩だけど、出来あがってきたものは硬派というかスタイリッシュ? モノトーンで幾何学模様を散りばめつつも、サークルの内容が簡潔にまとめられている。とりあえず宗教サークルと勘違いされることはないだろう。
ただ、「考える紙の会」の名前から文学評論サークルへと上手く繋がるのだろうか? 紙そのものが好きな集団と思われそうな気もしないではない。いや、内容にも目を通してもらえたら大丈夫だと思うけどね?
一抹の不安はあるけど、私にデザインセンスや文章センスはないので、提案できることもない。
「綿実? どうかしたの?」
ビラのデザインに気を取られていたら優子に声をかけられた。
「いや、吉川くんにこんな才能があるとは思わず」
「あー、それね。びっくりだよねぇ」
どうやら優子も意外だったらしい。
「お、なんや、何がびっくりなんや?」
すると部長と何枚刷るか相談していたはずの吉川くんが反応した。6畳程度の狭い部室で声を落とさず話していれば聞こえるよね。
「吉川くんって、よくデザインしたりするんですか?」
「うーん。まぁ、ちょくちょくな」
珍しく歯切れが悪い。頬もちょっと赤い。
「あれ? 照れてる?」
優子がすかさず突っ込む。
「照れてへんわ!」
「本当ですかぁ? いやぁ、吉川くんにこんな才能があったなんてびっくりですわぁ」
「そら、どうも!」
2人のやり取りは、気心の知れた近さを感じた。話の途中だったであろう部長さんも、微笑ましいものを眺めるように見守っている。
私は改めてビラのデザインに視線を向ける。多くの人が手に取りやすく、内容も分かりやすいと思う。
「このビラで、たくさん新入部員が入りそうですね」
素直な感想を言うと、吉川くんはやっぱり照れているみたいだった。普段はいじられキャラのきらいがあるからだろうか。褒められ慣れていないのかもしれない。本人は不本意かもしれないけど、感情を隠さず見せることができるのは、吉川くんの良さの1つだと思う。だからこそ、いじられてしまうのかもしれないけど……。今も褒めているというかいじっている流れになってきた気もしないではない。
最終的にビラを刷る枚数は、とりあえず1000枚ってなったんだけど大丈夫かな? 印刷自体はサークル棟に共用で置かれている輪転機で行うので、そこまで手間ではない。
ただ、1000枚。1000枚、かぁ……。果たして配りきることができるのだろうか。大学全体の学生数が5000人だか6000人らしいので、めちゃくちゃ多いっていう訳でもないんだけど。やっぱり途方もない数字に思えてしまう。
思わず溜め息がこぼれそうになった所で、激しい音が耳に響いた。突然の音にびっくりしたけど、それはメロディを奏でていた。
あぁ、どっかのバンドが練習しているのか、と思い至ったのは、ボーカルの声が聞こえてきた時だった。普段は音漏れ防止のために練習棟を使うのだけど、部屋数に限りはあるので、予約が取れなかった場合は部室で練習してしまうバンドもいる。よくあることなので、講義の時間でもなければ、わざわざクレームがいくこともないらしいと聞いたことがある。
そのいまいち噛み合っていない音は、打ち合わせが終わった後も続いていた。音楽系サークルなら、新入生歓迎会で披露することになるだろうしね。熱が入っているのかもしれない。
そういえば、バンドといえば……。
ふと思い立って部室から出て、音の出所を探ってみる。扉の外で喋っている人もいるけど、他の部室は比較的静かなこともあって、すぐに分かった。その部室は扉も窓も開け放たれていて、防音の意識は欠片も感じられなかった。まぁ、さして広くもない部室でバンドの練習なんてしたら暑苦しそうだもんな、と実感の伴わない理解は示した。
「……あ、本当にいた」
私のつぶやきは、かき鳴らされたギターの音に呑みこまれてしまった。心臓に直接響くようなドラムの音はひたすら強く、負けじと張り上げるボーカルは叫びのようだった。そんな激しく自己主張する音を繋ぎとめるように、重く低く響いてくる音。それがベースだった。斎藤くんがいた。
今の今まで構内で会うことはないと思っていたバイトの同期が、まさか本当にこんなに近くにいたとは。普段、どんだけ認識していなかったんだろう。
この分だと、斎藤くんには何度も目撃されていたのかもしれない。何だか気恥ずかしい気がした。
気付くと、随分と長い間、眺めてしまっていたらしい。いつの間にか演奏は終わり、辺りは静かになっていた。
そして、斎藤くんの視線が私を捉えていた。このまま立ち去る訳にもいかず、曖昧に会釈していた。斎藤くんも会釈した……というか首を傾げた?
バンドメンバーに一言二言告げてから、斎藤くんは部室から出てきていた。
「何か用?」
簡潔な言葉。しかし、答えを用意していない。用事はなかったから。どう答えたものか、と思っていたら、
「カノジョー?」
と、からかうような声が部室から聞こえてきた。
「違う」
メンバーに対しても斉藤くんの対応は簡潔だった。とはいえ、ここに居ても変な噂のネタにしかならないと判断して、どちらからともなくサークル棟の共用スペースまで移動していた。共用スペースの奥の部屋には、これからお世話になるであろう輪転機等の機械があるのだけど、そこまでは行かずに部屋の前に何故かあるベンチに腰掛けた。
「なんか、ごめんね?」
開口一番、私は謝っていた。
「何が?」
「からかわれちゃったみたいだから」
「気にしてないから大丈夫」
斎藤くんの顔には嫌悪や困惑は浮かんでいなかった。本当に気にしていないらしい。メンバーはいつもあんな感じのノリなのかもしれない。
「それで、何か用事あった? バイトのこと?」
改めて聞かれて、私はまだ質問に答えていないことに気付いた。
「うーん、特に用事はなかったんだけど、そう言えば軽音って言っていたなぁ、と思って」
「ああ、もしかしてうるさかった?」
イエスかノーで答えるならイエスだ。でも、サークル棟の日常風景でもあるからなぁ。
「うるさいっていうか、びっくりしたかな。打ち合わせしていた時だったから」
「そっか、ごめん」
「ううん、新歓も近いんだし仕方ないよ」
「打ち合わせってことは、そっちも新歓の準備?」
「まぁね、うちはパフォーマンスするようなことはないから、練習する必要ないけどね」
不意に斎藤くんと視線が交わる。隣に座る斎藤くんとの距離は意外と近い。ゆっくりとまばたきする瞳のまつ毛が長いな、と思う。
「そういえば佐野さんは何のサークル入っているんだっけ?」
「考える紙の会だよ」
「カンガエルカミノカイ」
「宗教サークルじゃないよ?」
思わず訂正していた。聞かれた訳でもないのに。
「知ってる。文学のこと話しているサークルだろ」
「知ってるんだ!」
ざっくりとした解説ではあるけど、何だか安心した。でも、やっぱり新入生に対しては誤解を生みそうなサークル名だよね。当日までに何か対策を練った方がいいんじゃないだろうか。ビラを渡す前に逃げられそう。
「たまに真面目な顔で小説のこととか話しているのを見かけるから」
「自分の目で見るのって大事だよね。私も今日初めて演奏している所を見て、ベースってこれのことかぁ、って納得したもん」
それから、やっぱり今までも目撃されていたんだね、と脳内で付け足した。私、どれだけ周り見てないんだ……。
「まぁ、演奏の出来は酷かったけどな」
そこはノーコメントだ。私は笑って誤魔化した。それでも伝わったらしい。斎藤くんは苦笑する。
「新歓までにはちゃんとした演奏にするから、時間があれば見に来てよ」
「私、新入生じゃないよ?」
「部員数が増えるなら構わない」
そういうものか。確かにいつサークルに入るかは自由だもんね。
「じゃあ、時間が合えば見に行くよ」
斎藤くんは満足そうに頷いていた。バイトでは見ることのない顔だ。バンドが本当に好きなんだろうと感じる。1年経って、ようやく面と向かって話せるようになっているのかもしれない。どの時間帯に、どのステージに出るのか確認すると、斎藤くんは少し驚いたような顔もしていた。
その後、部室に戻ると、どこに行っていたのかと優子に聞かれた。私はまたもや答えを用意していなかった。思いつきで行動するのは、ほどほどにしようと反省する。
しばらくすると、またちぐはぐな演奏が聞こえてきた。なんとなく、重く低く響く音を探したけど、私の耳はまだ上手く聞き分けられないようだった。




