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四月のすき間  作者: くさき いつき
第2章 四月一日の寂寥

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4

 気づけば梅の花が見ごろになっていた。

 部屋の窓から見える道路沿いに植えられた木が梅だと分かったのは、最近だ。花が咲かなきゃ、今でも何の木か知らないままだったと思う。梅の花が散り始める頃には白木蓮の花が咲いて、そして桜の季節がやってくるのだ。時の速さに足を踏み外しそうになる。

 私は1つ伸びをして、ベッドから起き上がった。

 部屋を出た途端に味噌汁の匂いがした。きゅっとお腹を刺激する。私は息を整えてからダイニングに顔を出した。


「おはよう」


 笑顔をのせて口にした言葉は空気を震わす。


「おはよう、今日は早いな」


 食卓の準備をするお父さんも笑顔を見せた。テーブルには味噌汁以外にもほうれん草のおひたしと出汁巻き卵、ほかほかの白米が並んでいて、絵に描いたような日本の朝食だった。3人で暮らしていた時は知らなかったことだけど、お父さんは家事全般が得意だった。コンビニ弁当ばっかり食べてるのかと思ったら、全然そんなことなかった。お母さんも知らなかったのかな。もし知っていたら別れることはなかったんじゃないか。ちらりと掠めるけど、でもきっとそういう単純な問題じゃなかったんだとも思う。


「お父さんこそ、今日はゆっくりめだね」


「ああ、調べ物も一段落したからね。まぁ、明日からはまたバタバタするかもだけど」


 同じ大学生だというのに、この学業の充実度の違いは何だろう。


「まぁ、あんまり無理しないでね」


「綿実もバイトはほどほどにな。働き詰めだと体壊すぞ」


「そんな言うほどバイトばっかりしてないから大丈夫だよ」


 ほとんどすれ違う共同生活のはずなのに、何だかんだと見てくれているのは、やっぱり父親だ。


「お父さんこそ大丈夫なの?」


 これだけ勉強熱心なのに、加えて派遣社員で単発の仕事もしているらしい。らしい、というのは何も話してくれないからだ。前職の貯金だけでやり繰りできるはずもないから仕方ないことではあるけど……。


「ああ、綿実が心配するようなことは何もないぞ」


 笑顔。だけど、距離がある。父と娘、家族のはずなのに。


「ご飯の用意もできたから顔洗ってきなさい」


「うん、そうだね」


 ため息はぐっとこらえる。でも洗面台の鏡には冴えない女の顔が映っている。

 私は何をしているんだろう?

 お父さんは1人で現状を乗り切っていける力のある人だった。それは何も悪いことじゃない。むしろ喜ばしいことなんじゃないかな。頭では良かったと思いながらも、どこかすっきりとしない。胸の奥につっかえた物を感じる。

 冷たい水で勢いよく顔を洗った。


 テーブルにはあたたかな純和風の朝食があって、窓からは春の陽気。目の前に座る人は穏やかな笑みを見せる。

 まるで何1つ瑕疵などないかのような風景。

 だからこそ、息が詰まってしまうのかもしれない。自分で選んだことのはずなのに。

 でも、私も笑顔を見せる。この風景を壊してしまわないように。何も問題がない笑顔を見せる。

 今日もバイトがある。新歓の準備も何かあるかもしれない。

 私は忙しいのだ。


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