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四月のすき間  作者: くさき いつき
第2章 四月一日の寂寥

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2

 春眠暁を覚えず、ではないけれど、バイトのない日は遅くに起きても怒られないよね。なんて思って2度寝をむさぼろうとしたら、妙に明るい電子音で妨げられてしまった。ベッドサイドに置いておいた携帯電話を手に取ると、伊藤優子の名前があった。


「もしもし?」


「あ、綿実? 今どこ?」


「ベッドだよ」


 何か約束あったっけ? 眠いなりに頭をフル回転してみるけど、思い当たるものがない。優子からということは、たぶんサークル関連かな、とは思うけど……。


「もう、早く起きて! 仕度して!」


「今日は何もなかったと思うけど……」


「LINE、見てないの? って既読になってなかったから連絡してるんだけどさ」


 首を傾げながらも確認する。どうやら臨時のサークルの集まりがあるらしい。来月の新入生歓迎のコンパの準備についての打ち合わせのようだ。集合時刻は朝の10時。その時間まで後5分もない。


「ごめん、今から起きるから遅れる」


「分かった。部長にはそう伝えとくよ。早めに来てね」


「うん、ごめん」


 もう1度謝った所で、通話は終了した。やがて画面も暗くなった頃に溜め息が落ちた。

 大学生になって、周りに流されるようにLINEのアプリを携帯電話に入れてはみたけど、便利だと思う反面、どうしても慣れることができない。確認する習慣がつかない。高校生の頃までは、話したいと思う人とは、すぐに面と向かってやり取りができる距離にいたせいなのかな。

 溜め息を再びこぼしてから、急いで出掛ける準備を始めた。


 こういう時、お父さんの住む部屋が大学から徒歩圏内なのは助かると思う。多少寝坊したって、講義に遅れたことはない。でも、近くだって分かっているから、優子も遅刻確定と思いつつ連絡をくれたのかな、って考えると少し複雑な気分だ。

 やっぱり2度寝したかった。お布団の中でぬくぬくしたかった。そんなことを思ってしまう程度には、外は寒かった。果たしてこんな日にわざわざ大学に行く人なんているのかな。何かのどっきりとかじゃないよね。

 ついネガティブに考え始めてしまったけど、すぐに杞憂と分かった。サークル棟の辺りは、今が春休みとは思えないくらいに人がいた。講義室のある棟が静かな分、その熱気は際立つ。軽音のいまいち噛み合わない音や、どこかで発声練習する声が響いていて、普段とさして変わりがない。

 それは私が所属する文学評論サークル「考える紙の会」も同じだった。

 2階建てのサークル棟の片隅にある部室は6畳程度で、お世辞にも広いとは言えない。16人の部員が全員集まれば、なかなかの圧迫感だ。とはいえサークルの規模としては小さい方だ。だからこそ新入生の勧誘に積極的になるのかもしれない。

 遅刻したことをさして咎められることもなく、優子の隣に座った私は、白熱する議論をぼんやりと眺めていた。いかにして部員を増やすべきか、と話しているみたいだけど、多分1番有効なのはサークル名を変えることだろう。


――カンガエルカミノカイに入りませんか?


 と聞いて「考える紙の会」と正確に変換できる新入生は少ないだろう。十中八九、「考える神の会」と思われてしまう。途端に胡散臭い宗教サークルの出来上がりだ。あるいは「考える髪の会」か。10代で頭髪について憂いている人は少ないと思う。

 1年前、私も宗教の人たち? と思って勧誘から逃げだした記憶がある。後でサークル紹介の冊子を見たら文学評論サークルとあって、ふと興味惹かれて部室に行ってみたのだ。やっぱり宗教サークルかもと半信半疑で。

 たぶん、みんなサークル名を変えるのが1番って分かっている。だけど、考える葦を文字って1人1人の評価を集めればやがて名作となりうるだろう、という創設者による壮大なようでやっぱり胡散臭い由来を思って、自重している。

 結局、今年も例年通りビラ配り、中央ステージでの部長の演説、花見と言う名の新入生歓迎コンパの3点セットでまとまりそうだ。そもそも文学を評論しているだけのサークルに派手なパフォーマンスなんて無理だ。


「ビラ配りってどんなふうにするんだろうね」


 例年通りと言っても、勧誘する側になるのは今回が初めてだ。ちょっと緊張する。


「どんなってビラを配るだけでしょ」


 優子はこともなげに言う。


「新入生と在学生の見分けってつく?」


「そんなの簡単よ。新入生の目はキラキラしているもの。2回生以上は上がるごとに死んだ魚の目になっていくのよ」


「え、そうなの?」


 私も死んだ魚の目になっているのかな……。思わず自分の目を指差してしまう。


「綿実はまだ大丈夫よ」


「そう……」


 まだ、なんだ。安心していいのか、どうか良く分からない。


「お前ら、相変わらずアホなこと言うてるなぁ」


 どこか呆れたような、それでいて明るい声がした方を向くと、吉川くんがいた。一応、1つ上の先輩なんだけど、軽い調子のせいか、愛嬌のある関西弁のせいなのか、みんなくん付けで呼んでいる。下の名前が裕輔なので先輩からは裕ちゃんなんて呼ばれたりもしている。


「でも、結構重要じゃないですか? 間違って先輩に渡したら怒られそうだし」


「若く間違えられるんやから喜ぶやろ」


「そうですかねぇ」


「そらそうやろ。20歳越えた途端、おっさんみたいになる奴もおるからな」


 吉川くんの視線の先には部長の姿があった。確かに40過ぎで役職に就いているような貫禄がある。髪型のせいなのか、濃い青髭のあとのせいなのか。


「お前ら、聞こえてるぞ」


 不意に部長の視線が、予算の相談をしていた副部長から外れて、こちらを向く。怒っているというより呆れているような声音だ。


「嫌やなー。別に部長のことやなんて言うてませんよ?」


「目は口ほどに物を言うという言葉を知っているか」


「勿論ですよ!」


 吉川くんは笑顔で真面目な声を出す。そのまま副部長を交えて言葉の応酬を始めてしまった。


「ま、こんなノリのサークルだし、あんまり肩肘張る必要ないんじゃない?」


 優子は騒ぐ男子たちを尻目にしれっと言っている。新入生が入るに越したことはないけど、今のメンバーだけの雰囲気も好きだと思う。無理をせずに、静かにいられる。1度文学作品を間にはさめば真面目な顔になるけど、普段はどこか間が抜けていて気安い。


「そういえば全員揃うなんて珍しいね」


 ぐるりと部室を改めて見渡してみる。普段の部会だって、講義が押したの何だので全員揃うことは珍しかったりする。春休みの今の時期なら尚のこと難しいと思う。


「実家も1ヶ月いれば飽きるってことよ。高校の友達とも毎日会うって訳にもいかないし」


「ふぅん、そんなもんなんだね」


「そうよ。あ、お土産持ってきたらから食べて、食べて」


 言いながら優子がテーブルの上からお菓子を手に取った。


「ありがとう」


 白い恋人だった。


「優子……雪かきに飽きて帰ってきたとか……?」


「聞くな」


「うん、分かった」


 北国には北国なりの苦労があるのだろう。地元も京都も言うほど雪が降らないので、なかなか理解してあげることは難しいけれども。


「綿実は実家に帰らなかったんだっけ?」


「うん、バイトを頑張ろうかなと思って」


 不意の問いに、私は急いで笑顔をつくった。そのお陰か優子は特に気に止めることもなく、自分の分の白い恋人を手に取っている。


「夏休みもそんなこと言ってなかったっけ。何か欲しいものでもあるの?」


「うーん、特にそういう訳じゃないけど」


「ん? あれか! バイト先にいい男がいるとか?」


 思わず苦笑してしまう。全然そんなんじゃない。私はこの1年、1度も帰省していない。


「え、佐野さん、好きな人おるん?」


 中途半端に聞こえた情報で突っ込んでくるのはやめてください、吉川くん。


「いませんよ」


「本当かなー。怪しい。怪しいで!」


「ですよねぇ。おら、白状しろ!」


 優子まで、ぐいぐいと肩を押して加勢してくる。昨日のマスターといい、やっぱり1回生で帰省しないのはおかしいのかな。


「本当にいませんよ、バイト先は家族経営の喫茶店だし」


 マスターと奥さん、パートの主婦さんが1人。あと一応、もう1人、同い年の男の子のバイトもいるけど、ほとんど時間が合わないので話す機会がそもそもない。基本、3人で回している喫茶店なのだ。


「そうか? それならええけど」


「なんで吉川くんの許可がいるんですか」


「なんとなくや!」


 明るく笑う吉川くんは、やっぱり愛嬌があって年上ということを一瞬忘れさせる。安心感、安堵感とは微妙に違う気もするけど、まったりできる気はする。

 それからも他愛ない話をしている内にお昼の時間になってしまった。春休みでも営業している大学内のカフェテリアに移動することになった。部室の外は肌寒かったけど、日差しは柔らかかった。

 たしかに春の足音が聞こえてきていた。


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