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四月のすき間  作者: くさき いつき
第1章 四月二日の黄昏
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 きぬかけの路を通って、仁和寺から龍安寺、金閣寺と世界遺産を見て回っても心は晴れなかった。教科書で見慣れた金ぴかの建物を見ても、教科書以上の感動は出てこなかった。周りのはしゃぐ声が遠かった。おれ自身もこの旅行をもっと楽しむつもりでいたのに。

 今はただ綿実の声を聞きたいと思ってしまう。

 それから道を引き返すように移動して、東映太秦映画村に来ていた。遊べるような場所にも行きたいという意見を汲んで組まれた場所だったけど、そんなノリについていくのは難しそうだった。トリックアートの館に行くというみんなに、ちょっと疲れたから休むと断ってから離れた。瑠美は何か言いたそうな顔をしていた気がするけど……。

 人波をよけて歩いていくのは、意外と難しい。観光名所なだけあって人は多いし、江戸時代のような風景に思わず目を止めてしまうせいだ。

 まさしくタイムスリップだな。俊雄が仁和寺で言っていたことと同じことを思って、苦笑する。

 日本橋の方へ行くと、少し人の数が減った。それでも通行の邪魔にならないよう端に寄る。携帯電話をポケットから取り出すと、特に新しい着信はない。

 さて、どうしたものか。

 考えてみたら、綿実が京都に引っ越してから電話もメールもしていない。お互いに。

 今までは会いたいと思えばすぐに会える距離にいたから、あまり気にしたことはなかったけど……。2人とも携帯電話を活用するタイプじゃなかった。それは物理的な距離ができても変わらなかったようで……。


 久しぶり?

 元気か?


 なんて聞くほど離れていた訳でもない。でも確かにもう数日言葉を交わしていない。文章の切り出しに戸惑ってしまう。

 携帯電話から顔をあげて目に映る景色は、古い街並み。京都だ。

 そうだな。そのままのことを書けばいいだろう。今までと変わらないのだから。


『今京都に来てる。渡したいものがあるから、明日会えないか?』


 おれ自身、明日会える時間を作れるかは分からないけど、綿実の返答を聞いてから考えても問題はないはずだ。気楽にいこう。

 うむ、と自己肯定した所で、バシッと背中に強い衝撃が走った。


「ぐふぇっ」


 変な声も出た。


「な、何すんだ! 俊雄!」


 咳き込みながらも振り返ると、やはり俊雄がいた。


「悪い悪い、痛かったか?」


 まるで悪びれない態度に気が削がれる。こいつには学習能力がないんだろうか。何となく怒る気力も失せてしまう。


「いてぇよ。いい加減やめろよな」


 抗議はするがな。でも、俊雄はへらへらと笑って誠意の欠片もない謝罪を言うだけなので、正直意味はないと思う。背後には気をつけることにしよう。忍者に人の気配の読み方を習う体験講座とかないだろうか。


「トリックアートはもう終わったのか?」


 気を取り直して聞いてみる。てか、おれが日本橋の方にいるってよく分かったな。


「いや、ちょっと抜けてきたんだよ」


「なんで? 俊雄も疲れたのか?」


 俊雄はさっきまでの軽い調子とは打って変わって、真面目な顔になって少し言いにくそうにする。おれが首をかしげたのと、俊雄が口を開いたのはほぼ同時だった。


「明日、どうするんだ?」


 見透かしたようなタイミングに、言葉に詰まる。友達と来ている旅行で、綿実のことを優先するのはやっぱり心苦しいものがある。


「それは……まだ分からない」


 綿実の返答次第ではあるから、嘘は言っていない。それでも気まずい。だけど、俊雄は表情を和らげる。


「ま、俺はいいんだけどよ。やきもきする奴もいるかもな」


「ん?」


 一体、誰のことを言っているんだ? 困惑しているおれに答える様子はなく、俊雄は全く別のことを口にした。


「で、プレゼントは用意したのか?」


「プレゼントって?」


 俊雄は一体何を言っているんだろう。考えていることがまるで読めない。ますます困惑を深めるおれに、俊雄も困ったような笑みを浮かべた。


「明日、佐野先輩に会うかもしれないんだろう?」


「うん、予定が合えば」


「明日、佐野先輩って誕生日なんじゃねぇの?」


 言われて数秒後、あー、とおれは情けない声を出していた。そうだ。明日は4月1日。綿実の誕生日だ。忘れていた訳じゃない。

 だけど、言い訳を許してもらえるなら、おれ達はここ数年プレゼントのやり取りをしていない。小学生の頃なんか、お互いの小遣いをやりくりして文房具や何かを贈り合ったりはしていた。でも中学生になって綿実の両親が離婚して母さんの目が鋭くなってからは、何となく暗黙の了解で渡さなくなっていた。母さんとのわだかまりは先日解消したと思う、けど。おれ自身、気分は抜けてなかったようだ。全く失念していた。

 追い打ちをかけるようにしてメールの着信音が鳴り響く。俊雄に断ってから確認すると、送信主は綿実だった。


『明日は午前中に入学式があるから、午後からなら大丈夫だよ。それにしてもナツがプレゼント用意してるなんて久しぶりだね。細かいことは明日入学式が終わったら連絡するね』


 うん、そうだな。誕生日に渡したいものがあると言われて、よもや自分の忘れ物の文庫本だとは思うまい。

 どうしたものか……。この日本橋から少し歩いた所に土産屋はあるが……。


「なぁ、女子大生に忍者グッズを誕生日プレゼントに渡したらどうなると思う?」


「……男としては評価されないだろうな。幼馴染みとしては分からんが」


 俊雄が珍しく真っ当な意見をくれる。うん、分かっていた。やっぱダメだよな。


「まぁ、まだ時間あるし京都市内で何か見繕えば大丈夫なんじゃね?」


 俊雄は綿実と会うこと自体を咎めるつもりはないらしい。元々この旅行の発案者は俊雄なんだよな。申し訳ない気持ちになった。出来る限り友達同士の旅行に水を差さずに済む方法を考えたいが、すぐに思いつきそうにもなかった。

 プレゼントもな……。小学生と大学生では渡すものも当然変わるだろう。おれには十分な知識がなかった。

 綿実が今何を欲しいのか、分からなかった。

 でも、明日、綿実に会えるのだ。その約束だけで胸が高鳴る。

 見上げた空は嫌味なくらいに爽快な青空だ。大丈夫、ポジティブに行こう。おれは根拠もなく思った。


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