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四月のすき間  作者: くさき いつき
第1章 四月二日の黄昏

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 母さんはやはり頑なだった。

 京都旅行は部活のバスケ仲間と行くもので、綿実は関係ない。そのことを何度説明しても、納得することはできないらしい。一体何がそんなに気に食わないのか、解せない。綿実の母親のことで思うことがあったとしても、それを綿実にも当てはめるのは、八つ当たり以外の何物でもないだろう。

 そのことは母さんだって理解している……と思いたい。単純に振り上げた拳を下ろすきっかけを見失ってしまっているだけなんだと。

 とはいえ骨が折れる。溜め息がこぼれおちた。


「疲れた?」


 綿実の気遣わしげな声が響く。廊下を挟んだ向かいの部屋から、ひょっこり顔を出す。おれは今週の日曜も書斎の整理を手伝わされている。


「いや、そんなことはない」


「そう? 休憩したくなったら言ってね」


 言いながら、自身の作業を再開している。どの私物を持っていくか吟味するのに、意外と時間がかかるらしい。書斎の整理も思ったよりも大変だ。部屋の片隅に段ボール箱がいくつも積まれているが、未だに終わる気配はない。書斎1つ分の本の量は存外多い。どの本もいまいち興味はそそがれないが。

 肩も凝るってもんだ。ぐっと背伸びをすると、疲れが少し霧散する気がした。


「やっぱり少し休む?」


 綿実は目ざといな。大丈夫、と言おうとしたが、昼過ぎに来てもう2時間以上作業をしている。一息入れた方が良いのかもしれない。


「うーん、そうだな。少し休もうかな」


「じゃあ、飲み物取ってくるよ」


 軽やかな足取りでダイニングの方へ行く。作業の邪魔にならないようにと1つにまとめられた髪の毛の束が、尻尾のようにゆらゆらと揺れていた。ポニーテールをしている綿実なんて、久しぶりに見たかもしれない。

 しばらくすると、2人の声が漏れ聞こえてきた。


「夏衣くん、麦茶がいいかしら? オレンジジュース?」


「麦茶でいいんじゃない」


 相変わらずの嬉々としたおばさんの声と、素っ気なくも明るい綿実の声。こないだ話に聞いたようないざこざは感じさせない。いつも通りの2人だった。ちょっとほっとした。母さんもこれくらい柔軟だったら良いんだけどな……。

 仕方のないことだと理解したつもりだったのに。自嘲めいた笑みを落としてしまう。


「はい、麦茶」


 気付けば綿実が戻ってきていた。盆には麦茶以外にもクッキーも載っていた。おれは有り難く頂くことにした。


「サンキュ」


「いえいえ」


 おどけた調子で答えると、綿実も傍に座った。盆は床に直置きされたが、お互い特に気にすることはなかった。片付けの途中でごちゃごちゃしてるしな。


「ナツ、何か悩みごと?」


「悩みって?」


 てか、またナツって呼んでいるし。綿実は少し首を傾げた後に答える。


「いつもよりちょっと疲れているかなって、気がしたの」


「そうかな」


「まぁ、何でもないなら良いんだけどね」


 おばさんにも聞こえるかもしれない距離で母さんのことを話すのは気が引けた。綿実も良い気分にはならないだろうし……。

 そういえば京都に旅行することは綿実にも話していなかった。そのことだけでも話しておいた方が良いかな。別に本当に京都で会えるかもなんて思っている訳じゃないけど。じっと綿実を見ると、目を逸らされることもなく、ただ1度瞬きをした。


「大したことじゃないけど、春休みに友達と京都に行くことになった」


「へぇ、いつ?」


「3月の31日から2泊3日」


 少しだけ綿実の目が見開かれた気がした。でもすぐに笑顔にかき消されていた。


「じゃあ今年も誕生日に会えるかもね」


 邪気の無い声は見透かされたようで、心臓に悪い。まるで期待しているみたいじゃないか。これじゃあ母さんのことを何も言えない。


「なんてね。友達との旅行中に無理だよね」


 朗らかに言う綿実の顔は、本当に些細なことと思っているようで、つらかった。ついいじけたような口ぶりになった。


「そもそも行けるかまだ分からないしな。母さん、反対しているから」


「そうなの? まぁ旅行費用って馬鹿にならないしねぇ」


 麦茶を1口飲む綿実の首筋が艶めかしかった。視線を逸らして、おれも麦茶を飲む。ひんやりとしていて熱を冷ましてくれる。


「まぁ、なんとか説得しようとは思うけどさ」


「おばさん、1度決めたらなかなか折れそうにないよね」


「まぁな。正直、面倒だとは思っている」


 素直な愚痴は綿実に笑みをもたらした。お互いの家族のダメな所もさらりと言い合える。そんな人間関係は案外貴重なのかもしれない。見栄や下心なしに話せるのは、身内に近い存在だからなのだろうか。

 家族のようで家族ではない存在。

 生まれてからずっと続く幼馴染みの壁は、思った以上に高い。決して悪い関係ではないし、今のままでもいいんじゃないかとさえ思う。綿実はそう望んでいる感じもする。

 麦茶で濡れた唇を見つめてしまう自分が相手ではいけない気もするが。


「どうかした?」


「いや、何でもない」


 結局踏み出せないのだから、同じなのかもしれない。


「まぁ、今年の誕生日も会えるかもしれないって期待しておくよ」


 そんな綿実の言葉を聞くだけで、じんわりとくる。どうやって母さんを説得しようか、前向きな気持ちが芽生えてしまう。

 その後の整理は順調で、書斎の片付けにも粗方目処がついた。少しすっきりとした気分になる。窓から差し込む夕日が優しかった。


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