ビーフジャーキー嫌いじゃないよ。
「 ……犬人間か。」
世の中には色んなものが存在するものだ、としみじみと九頭 静は内心小さな感動を味わっていた。今現在の時間は夕方。授業が終わり、あとは学校から家に帰るだけという頃合である。
空は赤く燃え、少し目に痛い色だとぼんやり静は思う。あぁ、そういえばツナ缶が切れたらしいから買って帰ったほうがいいだろうかとも思い出す。
「ちっがう! 狼だもんっ 犬じゃないもん」
なにやら先ほどの自分の独り言に対する否定が目の前の小さな物体から発せられる。ふむ、もこもこだ。……いい。
「いや、どうみてもこれは」
もこもこの、まあるくまとまった尻尾。うん、とても愛らしい。
ぴんと張った三角の小さい耳。ふにふにしたい。
そしてほっこりとした気分にさせる丸いぽっちりした眉。
茶色と白の柔らかい色合い。
黒の円らな瞳。
これはまさしく……っ
「柴犬」
「オオカミっ」
なぜそこにこだわる。素晴らしいじゃないか、もこもこの柴犬。
そしてどうやってその喉で人間の言葉を発声できるのだ。
「じゃあ、あれか。早く人間になりたーいってやつだな」
とあの有名なテーマソングを歌う。意外と癖になる。
「それは妖怪人間だ。 私はそんなに怖くないぃぃ」
泣きが入ってしまった。そしてそうじゃないのは見てわかる。しかし目の前で人が犬に変わった事実は変わらないのである。妖怪といっても過言でもないんじゃないだろうか?
「……さわってもいいだろうか」
「……むー、オオカミだからね」
「うむ、了解した」
さわさわとそうっと手を頭に載せ、なでる。それはもう、可愛かった。目を細めてぐりぐりと自分の手に頭を押し付けてくるしぐさなど本当に!
可愛い……。
まんざらでもない様子に少し調子に乗ってみる。
「お手」
たすん。
小さな手が俺の手に落とされる。初めてだ。こんな風に言ってすぐ乗せてくれるお利口さんは。
「お座り」
しゅたん。
ほんとにこの子は人間の思考力は残っていないのだろうか。少しは抵抗とかないのだろうか。そして、俺はよく出来たとわしゃわしゃと今度は少し雑にそいつの頭をなでる。
「……まんま犬じゃないか」
とポツリと漏れた本音に、今までご機嫌に揺れていた尻尾が萎んでだらりとしたに垂れる。
「犬じゃないのーう」
とバタバタと脚で地団駄を踏む。だからなぜオオカミに拘るのだ。
***
「そういや、お前そんなに簡単に変身していてよく学校通えるな」
まさかの同じ学校だった。しかも同じ学年らしい。現在は人の姿だ。ポニーテイルにまとめた髪がゆらゆら揺れて、スカートをはいているからだろうか、歩幅は小さくそのせいで余計にちまちま動いて見える。
「う、そんなには変身してないし。大丈夫だよ」
今、現在俺にバレているお前が何を言う。
「そして、変身時になくなる服はどこにいくんだ。どこに仕舞われているんだ」
「知らないよぉ……」
「お前、自分の体質把握しないで、よく生きられるな」
「それは、他に助けてくれる人もいるし。京子ちゃんとか」
誰だ。京子ちゃん。
「しかしどうせ並んで歩くんなら、犬にならないか。新しいリードを買ったんだ」
「私を何だと思っているのかなぁっ!? そしてピンク。可愛いねっ」
突っ込む所が間違っている。そしてそれはお年頃の女の子ならば拒否すべきところである。お互いにお互いがボケると場がしまらないな、とも誰か突っ込むべきだろう。
「そうだろう」
と静は満足げ。
「違う! 何かが激しく違うよぉぉぉ……!!」
少女の反射的に沸いた当たり前の心の声が空に響き渡った。
***
「ねー、先生。最近ポチにお世話係が出来たんだよ。私の仕事減っちゃった」
いつものように理科準備室のソファに腰をおろしてショートヘアの女子がくすっと微笑した。
「……京子。友だちを犬扱いするのはやめておけ。あ、ココアいるか?」
「いります。あ、先生の分マシュマロ乗せる?」
「乗せる」
先生もこういう変なことには慣れてしまったようでスルースキルが上がっている。もう驚かないようである。マシュマロがココアの熱で柔らかい白い膜を作りながら溶けていく。
「美味いなー」
「美味しいね」
柴犬少女の元お世話係は自分の時間を満喫していた。友情より愛というのはこの少女のスタンスらしい。どうやら少女の救援信号は拾ってもらえないようである。
***
「ワフッ」
「そういえば、案外犬の時は口数が少ないな」
静はピンクのリードを丁寧に付けながら疑問を口にする。この少女はよく話す、動く。目まぐるしいヤツである。だからこそ不思議に思った。
「……しんどい」
その一言で意味を汲み取るスキルを身につけた静は
「なるほど、犬の声帯で話すのは意外と負担なのか」
コクリと我が意を得たりと首を縦にポチは振った。
「まぁ、いいや。散歩いこう」
「ワンっ」
年頃の少年少女の間にあるのは甘酸っぱい恋模様ではなく、単なる飼い主とペットの間にある絆のようである。