お役所の一日
「白場 優生に今日の分の仕事を回したよ。」
白場に今回の仕事を渡し終えた彼は情報省の事務室へ入った。どこか秘密組織じみた薄暗い所で作業をしているわけでもなくそこら辺の会社や市役所同様の光景が広がっていた。
「了解、軍と警察から報告が上がってきたよ。」
そういって彼のタブレットに情報を送る。そこには軍と警察から上がった転移者の出現地と特徴を述べた物だ。今までと比べイレギュラーに近く尚且つ量とそして物が違う。今回は人間が転移したのだ。もしかして百年周期で人間を含めた転移現象が起きているのか、それとも不規則でそもそも規則性がない物なのかと考えているとその報告書の中に気になる報告があった。
「お~白場の所にも出現したんだ。」
そこに書かれていた内容は以下の通りになる。
出現場所 工場 工場名「白場工場」
年齢 15~20歳
年齢 女性
職業 学生
転移者名 有坂 尊
転移物 部屋 箪笥 液晶テレビ LED電球(以下データを参照)
発見者 白場 優生
通報者 白場 優生
収容先 第三地区収容所
「落ち着いたら電話でもしてみるか。」
「あと・・・情報庁からの報告も。」
「情報庁?違う管轄じゃないのか?」
「正直人手が足りないとかで警察の方から要請を出したってさ。五十六どう思う?」
眼鏡を拭き五十六は緑茶を飲み頭をかく。
「あいつらそのうち俺らの”樹”にまで足を踏み込みそうで怖いな。」
すると茶菓子をぽいっと口に含んで彼の同僚はそれを否定する。
「今に始まったことじゃないでしょ、神妖域の太政大臣に目をつけられているし今更じゃないか。」
「まだあの人ら・・・人じゃないけど人域を統治している訳だからある程度度の過ぎたことはしないだろ・・・自分としてはそれをやってほしいけどな。やったら情報庁を吹き飛ばしてくれるだろうし。」
「物騒なことをいうな。」
するとコンコンとノックする音が軽くなる、だがその音はドアからではなく窓からなっていた。
「やっほ~仕事サボらないでいる?」
窓をがらりと開けて入ってきたものは背中に鷹の翼を生やした女性がにょきっと入ってきた。
「ベランダから入ってくださいといつも言っているじゃないですか。」
五十六は印鑑を持ち出し彼女が出した小包みを受け取る。
すると彼女はベランダからだとこの部屋まで遠回りするから面倒くさいと返事をした。
「郵便屋さんは今日も絶好調ですね。」
「おうよっ!車や機関車が出ても速達を出すときには私たちが一番さ!」
「ハハ、でも今日はちょっとした事件が起きてヘリコプターが引切り無しに飛び回っています。最悪飛行禁止令が発令されるかもしれないので急いで帰った方が良いと思います。」
「ゲッ!それは嫌だな。分かった今度暇なときに電話する。」
彼女はそういって窓から飛び降り翼を広げ空へ消えて行った。
彼女の去った後には数本の羽が宙を舞いそのうちの一本が五十六の湯飲みに入った。
彼はふうとため息を吐きそれを除けゴミ箱へ捨てついでとばかりにお茶を流し台に流す。
「五十六、首相官邸から現在判明している情報を途中でも良いから全閲可形式で回せと言っているぞ。」
「一応正確な情報ではないと付け加えておくように。向こうも途中でいいと言っているぐらいだが何かあった時の保険だ。」
演算機の前に座り作業に移ると彼は小さな声で、もう声でやりとりする暇もなくなるなと呟いた。
皇都の都市部から1000km程離れた場所、元世界ならば日本から東南アジアもしくは中国の内陸部に相応する距離になる。
その遠方離れた土地で巨大で神々しい木造施設が建てられていた。その施設は中国の紫禁城に匹敵する大きさだが中国と違い茶色や銀黒の瓦といった原色を使わない色合いを使用している。
その多数ある施設の中で神または妖怪がぞろぞろ集まっており不思議な雰囲気があった。ある者は牛車を引きある者は馬に引かせる者、それらを必要とせず自らの足で運ぶ者そして公用車で来る者。
その公用車につけられた旗は日の丸に三つ巴が太陽の上に並べられていた。
車内の主、総理大臣は背広ではなく平安時代の文官束帯と呼ばれる正装を身に着けていた。恐らく元世界の人間がその姿を見ると「画像も貼らずにスレたてとな?」というセリフが思いつき、一人称の言葉である麻呂を人名と捉えて「リアル麻呂がいるぞwww」とスレを立てかねない恰好であった。
背広でない理由は西洋の服でありまた転移時期が幕末であったからこと、転移時まだ日本は背広になれておらずどちらかと言えばまだ公職では着物が一般的であった。そんな状況下で転移した為洋服はお洒落の時に着る着物であると注意を受けた経歴がある。
加えて転移側もその意見に同調する者が圧倒的に多く神妖域に赴く際は文官束帯となった。また江戸時代の正装や裃といった類も何かと問題があってはならないとのことでそれに落ち着いた。
「太政大臣はあの鸞か、あの人は許してくれるだろぬらりひょんからはお叱りがありそうだが。」
「でもあの人(?)は的を射てますからね、反論はできません。またこの転移事態も異例ですがこの一件だけ違います。こちらをご覧ください。」
それはプリントされた報告書に付箋がついておりそれを覗くと気になることが書かれていた。
「・・・この青年は何故収容所に?」
「わざわざ人域まで送られてきました。」
「そうか。」
総理はそれだけ言うと別の書類に目を通す。
施設内は神々しくかつ素朴な雰囲気が織り込められ格式の高さが伺える。そしてある部屋の一室は大奥を連想させるような縦長の部屋に各大名が並んでおり、威圧感だけ高く感じた。両側にいる者は人型の姿をしたものから獣またそのどちらでもない者、まさにお化け屋敷とはこのことだろう。
総理大臣はそんな中堂々とした顔で資料を配布した。
「今回は畏れ多くも太政大臣自らが御足労を・・・」
「前置きは良い、そなたも苦労があったろう。説明から入っても構わん。」
「承知いたしました。皆様が御周知の通り転移は不規則ながらも物体を中心に出現することがございました。小さなものは確認されているだけで螺子から建造物まで主に日本国内の物ですが時々他国からの物体が転移することがありました。しかし今回は召喚された物体が生命体だったことです。」
「規模も大きそうだな。」
蜷局をまいた龍が器用に資料を読みながら今回のイレギュラーさに興を示した。
「はい、規模はまだ把握しておらず情報省によれば確認されているだけで三千人以上です。また武装している者もおり武装解除した後に現在大本営に任せています。」
「この亜米利加軍とは何だ?」
天狗が分からない単語を見つけ出し質問する。すると三席離れた天狐は少し笑いうそうになるが声に出さず耐えている姿が見える。一時期アメリカ人は日本人より鼻が高いこともあり天狗が来たぞと表現されていたこともあって天狐の笑いを誘った。
加えて奇妙なことに彼の名前も天狐であるその為笑っている天狐に対しては空狐と呼んでいる。ただ本当の代表者は九尾であり本来ならばここに座っていないはず。大方狐の性格からして急な要請には出席できないと言い訳をして、今ここにいる天狐を生贄に出席させたのであろう。
「アメリカとは通称米国、アメリカ合衆国またはアメリカ連邦国と呼ばれる元世界の連邦国家です。この国は合理的な考えを得意としまた強大な軍と強力な武器を保有しています。」
「しかし何故実弾を持っておる?君らの世界では紛争はあれど国同士による大規模な戦争はないと聞いたが。」
天狗が確信をついたような質問に対して総理大臣はいと即答した。
「はい、演習を行う前だったようです。武装はそこに書いてある通りです。」
アメリカ陸軍及び海兵隊の武装に関して
M-16小銃 五十丁
ハンヴィー軽装甲車※ 二十台
ストライカー装輪装甲車 七両
M-1戦車 一両
AH-1 コブラ戦闘ヘリ 一機
※種類別としては高機動多用途装輪車両(軽装甲車として使用)
弾薬は自衛隊と混同されており不明。
「人間の武器は全く分からん。」
「鉄でできた牛車が合計で二十八両空飛ぶカラクリのトンボが一匹、そして文字から読み取れると思いますが鉄砲が五十丁です。」
「では、自衛隊の装備は?」
「それが、集計が出来ていないと。」
「何故だ、儂の部下からの報告だと亜米利加軍と自衛隊は同じ場所で発見されたと聞いたぞ。」
ぬらりひょんがギロリと総理大臣に目を向ける。
「それに関してなんですが自衛隊はまたその場所以外にも転移しました、そのせいで情報省で情報の共有が出来ずに・・・」
「何故に?」
全ての説明が終わる前にぬらりひょんが質問を繰り出す、するとそれを予期していたのかすぐに返答を繰り出した。
「それは、警察と軍の報告が入り乱れている故に情報に多少の語弊があり集計に時間が掛かります。」
「分かった、確か情報省には”樹”の者がおったはずだ。一週間以内に纏まった報告を提出してほしい。」
珍しく納得したぬらりひょんは納得の文に念を混ぜ込め釘を刺した。
「はい。」
それらのやり取りを行った後総理は公用車に乗り帰路へ着く。その公用車と馬車と牛車はそれぞれ大きさに合った鏡に向かって走るとそれに吸い込まれ消えていった、そして公用車もそれに吸い込まれ情景が変わっていく。すると夕方だった外は夜に様変わりする。
「この転移事件に情報省は”超転移”《ちょうてんい》と名付けたそうです。」
すると総理はフッと苦笑いをする。もう少し捻りがあって良いはずなのに。
「公僕の自分が言うのもおかしいが役所は変な所で仕事が早いな。」
「ええ、しかし早い仕事ことにこしたことはありません。」
首相官邸の敷地内につくとそこには完全武装の軍と装甲車や戦車また脱出用の汎用ヘリが目に入った。
『厄災来るわけがないと思うなかれ、思ったら元世界の阪神と東日本の二の舞い・・・とはいえ予算を軍部は食い潰している。今回の超転移のおかげで余計に予算減は難しくなったな。』
自身を守る兵に対して首相が思った感想は、意外にも元世界の日本のような物に近かった。