解析
「うあああああっ!!」
腹を押さえ、苦しそうに一番手の男の人がもがいている。彼が指定した向きは表、それに対して出たのは裏。要するにハズレだ。そんな彼に、非情な罰ゲームが下ったのだ。身体の中の骨をランダムで一つ粉砕するという、極めて残酷な・・・
「ちょ・・・あの人大丈夫なの?」
横にいる二十代ぐらいの女の人が心配そうにそう口にする。どうやらここにも、まともな人間はいるようだ。嘲るようなものでも、演技でもなく素で全くの他人を心配している。筋の通っている楠城といい、先輩といい、たまに空回りするが、それでも正義感が強い氷室がいているように、人情味溢れる人間が多く参加しているようだ。この箱の中にいる自分を含めた三人は、表に出す出さないは置いておいて一番手の黒人の彼のことを心配していた。
「・・・まだ、次がある」
動揺を隠し、平静を装いながら秀也はそう呟いた。下で転がる人に話しかけたのでも、周囲の三人に訊いてみたのでもない。鬼ごっこといい、残酷なげえむに追われて、身体の芯から冷めていくような感覚を落ちつけるために、自分のためにそう口にしたのだ。自分には見ていることしかできない。
「もう一度・・・表だ」
もうそろそろ落ち着いた声で下に立つ彼はそう答えた。また、頭上からコインが落ちてくる。回転しながら落ちるその硬貨の動きが、スローモーションのように見える。ここで直感した、これはまた外れると。きっとこれも頭を使わないと解けないであろう『げえむ』、何かしらの規則性を見つけないとダメだろう。だったら・・・
「ビビってる暇は無い・・・」
もう一度、深く考えてみる。おそらく、これは普通にしていたら絶対にクリアできない『みにげえむ』だ。落ちる目は何かの決まりに沿って決められていて、そのルールを暴くことが必要なのだろう。自分の、下の彼の、先輩達の身を守るためにはここで自分が解析するしかない。徐々に、落ち着きを取り戻してきた秀也は脳をフル稼働させる。だが、今出ているサンプルはたった二つ。一つは一回目、もう一つは今この瞬間地面に反発したあの硬貨だ。そこで、よくよくコインを観察する。色が、明らかに変わってしまっている。さっきは金貨と呼ぶにふさわしかったのに、今のは赤黒く、血塗れたようなコインだ。さきほどと、どこがどう違うかは全く見当がつかない。しかし、唯一付いていた見当である、外れということは的中した。
「紅い・・・コイン?」
それに気付いたもう一人の人が反応する。その人の発言に合わせて反応したかのように皆の視線が下に注目する。
「本当だ・・・さっきと違う」
その瞬間、一番手の彼の足もとに孔が開いた。何が起きたのか判断する前に、そのまま真っ直ぐ落ちていく。紅いコインとは一体・・・
「紅いコインは強制終了の印だよ。あれでミスったら即げえむおーばー、場外退場で確実に首の骨が粉砕!えぐい映像は見せない主義だから目にしないから安心して」
あの声が説明としてそう告げる。要するに、あれはルールが理解できていなかったら即死を呼び込む死神と言う訳だ。
「じゃ、二人目だよ」
最初に紅いコインに気付いた人が下りる。その人に至っては散々なものだった。外れの連続なのに何度も何度も挑戦し、遂には身動きが取れなくなったところで場外に退場になった。ここで楓の脳裏に焼き上がってきたのは怒りでも、悔しさでも、悲しさでもなく恐怖だった。未だにルールが把握できていない。このままでは・・・
「怖い・・・」
ふと、隣にいる女性が泣きだした。声にならない嗚咽を漏らしてすすりま気をしている。涙を流すことすら忘れるぐらい、秀也は畏怖に陥っていた。そんな中で、また降り立った三人目の挑戦者が、げえむを始めた。しきりに頭を抱えて何かを考えている。
「表にするべきか、裏をかいて裏にするべきか。いや、裏の裏をかいて表に・・・」
何言ってんだあの人?考える内容が表が出るか裏が出るかの法則性なら分かる。だが、何も分かっていない状況で直感で答えるのに裏をかくも何もないだろう。
「よし決めた、裏の裏をかいて表だ!」
高らかにそう叫んだはいいが、裏の裏をかくって要するに表に返っただけじゃないのか?恐怖を一時捨て、と言うよりも恐怖を上回るほど彼が心配になってきた。他の人みたいにスパッと決めろよ。分からないならさあ。上空から、コインが落ちてくる。もう今の段階で彼が叫び声を上げるのが予測できる。冷や汗が額に浮かぶ。だが・・・
「当ったり~」
上空から、おどけた声であいつが声を出す。いや、それよりも内容だ。当たりって・・・
「表が・・・出てる」
横にいる女の人がポツリと呟く。そのコインを秀也も観察する。それは確かに表を向いていた。そう、初めて当たりが出たのだ。数え切れぬほど外れの連なる中初めて当たりが姿を現した。ここぞとばかりにサンプルを手に入れた楓は考察、解析を開始する。彼と他の人との一番の違いは、考えた時間だ。すっきり一発で他の人が決めたのに対し、あの男性はグジグジグジグジと無駄に時間をかけてぶつぶつと裏をかく裏をかくと無駄に連呼して考えていた。長く深く考えた方がいいというのか?
「じゃあ今度は、裏の裏の裏の裏の・・・・をかいて、裏だ!」
また、味を示したのか裏をかくという言葉を繰り返す。さっき当たったなら今度もきっと当たるはず・・・そう思っていたのも外れていた。表が今度は出たのだ。つまりは外れ。骨が一つ粉砕される。下の人が小さいうめき声を上げてその場に崩れ落ちた。
「今のは肋骨だから他の人たちと比べたらマシだよ~」
それでも骨が砕けてるじゃないか、そう反論したくなる。そうして、楓はようやく気付いた。たった一回だけ成功した謎を。
「おい、天の声」
「何だい?楓君」
「今から、順番を変えてそこに俺を行かせろ」
続きます