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第78話 電話

(しかし、元々神凪翔の俺に対して、『失敗しないように』ってどういうことだよ)

 長々と会話を行いながらの登校だったためか。予鈴と同時に教室へと滑り込むこととなった翔は、ふてくされ気味にぼやいた。

 教員に優の欠席とその理由を説明するために、職員室へと向かった汐と衣緒と別れて今は一人。机に突っ伏して感慨に耽っている。

 自分が神凪翔として周りから接されることに戸惑いがあるのは事実だが、実生活に支障をきたすほどのものではないはずだ。優として過ごしていたときも、可能な限り自分を取り繕ったりはしなかったのだから。

(だからかな? 元に戻ってもあんまり変わった感じがしないのは)

 立て続けに起こる懸案事項の数々に、耐性がついたのかも知れない。

 尤も、翔の場合、ただ単に深く考えることを放棄しただけという可能性も捨てきれないものではあるのだが。

「なんだなんだ、机に顔を押し付けて?」

 机に突っ伏していた翔の頭上から、声がかかる。

 面倒くさそうに顔を上げると、そこには悪友の顔が間近に迫っていた。

「吉良、顔が近い」

「いや、なんかいい匂いでもするのかと思って……」

 吉良の発言に、翔は思わず凍りつく。

(男に顔を近づけて、その匂いを嗅ごうとしていたのか? こいつは)

「…………」

「あれ? なんで俺ってば、可哀想な人を見るような目で見られてるの?」

「悪いな。偏見はないつもりだが、俺はお前と今後付き合っていく自信がない」

「意味が分からないまま絶縁状叩きつけられてる!?」

 これ以上は相手する余裕はないと言わんばかりに、再び机に突っ伏す翔の姿に、吉良はその場で苦悩している。

「全員席につけー」

 そうしている内に、少し遅れてきた担任の萩原庄司が教壇に立って生徒達に着席を促す。

 その後ろからやってきた汐と衣緒も足早に席へと向かうが、視線の脇に映った翔の姿に一瞬顔を顰めた。

「ん? そこに眠りこけているのは神凪か」

 翔の体がピクリと反応する。

 だが、それだけだ。どうやら起き上がる気はないらしい。

「七瀬の事情は聞いているが、離れるといっても一週間ぐらいなんだろう? 初日から寂しくて不貞腐れていたら身が持たないぞ」

 やれやれといった様子で、肩をすくめる。

 事情というのは、一週間ほど仕事で学校を休むという嘘の向上のことだろう。

 だが、それとは別に、なぜそこに色恋沙汰が加味されているのかが、翔にしてみれば不思議でならなかった。

「そんなんじゃないですよ」

 それは翔にしてみれば、おおよそ聞き流せるものではない。面倒くさそうに顔を上げながらも、しっかりと否定の言葉を口にした。

 優であったときにも、まるでそうあるように催促されているような冷かしは嫌っていたし、ましてや、現在進行形で突然の口付けという色恋沙汰の類で頭を悩まされている最中なので面白くない。

「アイツがいようがいまいが、俺には関係ありません」

 若干、怒気も含んでの抗議。

 しかし、そんな翔に対して、萩原は更に呆れたような表情を浮かべて、言った。

「その割には、七瀬の席で顔を埋めていたのはどうしてだ? 残り香でも探していたのか?」

 その言葉に、翔は目を見開いた。

 自分が腰を下ろしている席を確認。

 そして、周りの視線に気づき。

 汐に呆れ果てたような表情で、こちらを見て溜め息をつくところを目撃して。

 そこでやっと、先程の吉良と萩原の発言の意図に気づいて眩暈がした。普段通り、優の席に腰を下ろしてしまっているではないか。

 汐の注意を適当に聞き流しておきながら、その数十分後にあらぬ誤解を深めるような行動を起こしてしまった自分を恥じた。

「……寝ぼけていたようです」

「いや、まあいいけどな」

 憂鬱そうに席を移る翔の微妙な言い訳に、萩原は苦笑いで応える。

 翔自身、相手の勘違いを払拭するにしても、もっとマシな言い訳があるだろうと思えるほどの言い訳だ。これでは、余計に勘違いされても仕方がないように思える。

 案の定、憶測が飛び交いざわつき始めた教室だったが、それを止めたのは綾奈だった。

「萩原先生。事情、というのは何でしょうか」

 普段ののほほんとした雰囲気とは、また違った雰囲気を纏った綾奈が問う。

「ん? ああ。いわゆる、家庭の事情ってやつだな」

 あの七瀬家の長女としての仕事、ということを配慮してくれたのか。萩原は、言葉を濁して答えた。

「体験学習の一環として来ていた神凪の妹も無事帰っていったばかりで、今度は七瀬が短期間とはいえ休学。意気消沈したくなる気持ちも分からんでもないが、これから何かと行事が多くなってくる季節だ。気合入れていけよ」

 生徒達のあからさまに落ち込んだ様子に、萩原は苦笑いを浮かべながら朝のホームルームの終わりを告げる。

 そして教室を後にしようと扉に手をかけてから、翔を一瞥してついてくるように促す。

(優絡みの話か)

 教室では会話し辛いことがあっての呼び出しだろうと判断した翔は、黙って教室を出て萩原の後についていく。

 その途中。

 一限目の生物の教員とすれ違い様に、『神凪は事情があって欠席します』と伝える萩原に、翔は言い知れぬ不安を抱いた。

 そして、昇降口まで歩いて周りに誰もいないことを確認してから萩原が口を開く。

「神凪、大丈夫か?」

「は?」

 妙に心配げな問いかけに、翔は小首を傾げる。

「いや。なにか無理をしている感じがしたから聞いてみただけだ」

 席を間違えて座っていたことを疑問に思われたのだろうか。

 それとは別に、冷静を装っているという点では萩原の疑惑は的を得ているのだが、その理由については語るわけにはいかない。

「……大丈夫です」

「そうか」

 追求することもなく、萩原は頷いた。

 そして、いよいよ翔を呼び出した用件を口にする。

「神凪、お前は今回のことについて七瀬本人から何か説明を受けたのか?」

「優から、ですか?」

 その態度を見て、説明を受けていないと判断したのか。萩原は困ったように眉を寄せた。

「休学理由に関しては、汐や衣緒が説明したと思いますけど」

 何か不審な点でもあったのだろうか。

 翔の訝しげな視線に、萩原が慌てて笑顔を取り繕う。

「あ、いや。説明は受けたんだが……なんというか。電話があって、だな」

「電話? 誰からですか?」

 言葉を濁す萩原に、翔はますます怪訝そうな視線を向ける。

 事実確認であれば、説明にきた汐や衣緒に問えばいいだろうに、二人を気づかれることを避けるような萩原の行動に、翔は疑問を抱いた。

 だが、次の瞬間。

 これは七瀬達には内密に、と前置いて告げられた電話の主の正体に、それらは氷解することとなる。

「ああ。七瀬の親父さんから」

 予想外の人物に、翔は目を剥いた。

 それと同時に、先程感じた嫌な予感は正しかったことを知る。

「どうやら、七瀬達は自分達の独断で転校やお前の妹の体験学習を行ったらしくてな」

 事実関係の確認をするための電話があったと、半ば呆れた様子の萩原。

 ただでさえ、様々な問題に頭を悩ませているというのに、更にここにきて新たな問題を突きつけられるとは思いもしなかった翔は、その場で卒倒したくなった。

「そうなると、だ。今回の七瀬の『仕事で一週間休学』も嘘ってことになるだろう。なんせ、一緒にいるはずの父親から確認の電話があったんだからな」

 電話があったのは、今朝早く。

 担任である萩原にしてみれば、登校してきた七瀬達を呼び出して説明を求めようとしていたのだが、何も知らない汐と衣緒が更なる嘘の報告に来た。

 その場で問いただすことも出来たのだろうが、いくら権力という力があったとしても、それだけのことを親に内緒で行っているのだ。なんらかの理由があると推測した、萩原の推測に間違いはないだろう。

「だから、俺だけをこんなところに呼び出したってわけですか」

「さすがに、七瀬達がいる教室でするわけにはいかんし、職員室でするとそれはそれで色々と問題がありそうだからな」

 萩原が快活に笑う。

「で? どうなんだ」

 笑顔を崩すことがないまま、萩原が問う。

「理由は俺にも……。ただ、状況はあまりよくないかも知れません」

 何を指しての状況なのかは言わず、翔は自分の客観的観測を述べる。

 神凪翔として在ったはずの人物の失踪。

 七瀬の父親のこと。

 それに、仲の良い三人を心配させてしまっているという事実。

 それらのすべてが、自分ではどうしようもない問題ばかりの気がして、翔は深い溜め息を吐いた。

「それは、俺が相談に乗れば解決できる問題か?」

 真摯な眼差しで問いかける萩原に、翔は一瞬返答に窮してしまう。

 だが、すべてを打ち明けたところで信じてもらえないだろうし、何より、どのように説明すればいいのか分からない。

 ならば答えは否だろう。

「無理だと思います」

「そうか……」

 翔の返答に、萩原はしばらくの間黙考した後、厳かに呟いて頷く。

「わかった。とりあえず、七瀬の件は保留にしておくとしよう」

「え? いいんですか?」

 あっさりと追求を止める萩原に、翔は目を丸くする。

「理由が話せない内容なら、俺にはどうしようもないだろう? それに、七瀬達が自分勝手な我侭で周りに迷惑をかけるとは思えんしな」

 お前もそう思うだろうと言わんばかりの視線に、その言葉に。汐と衣緒、そして優としての自分への信頼が見え隠れして、翔は照れ笑いを浮かべて返事を誤魔化した。

「実際、七瀬の親父さんからは事実関係の確認の電話があっただけで、それらに対する対応を求める抗議の電話ではなかったから問題ないだろう」

「……遠回しな、無言の抗議って可能性は?」

「俺にそんな難しい抗議は通じんよ。ストレートな抗議じゃなければ、応じる必要もないしな」

 まるで悪びれた様子もなく言い放つ萩原に、翔は苦笑する。

「優は先生に信頼されているんですね」

 そんな翔の言葉に、今度は萩原が眉を八の字にして答えた。

「信頼はしているが、ある一点において信用はしていないぞ」

「……そうなんですか?」

 信用していないという発言に、翔は内心ショックを受けつつも、冷静を装う。

 萩原も、まさか目の前にいる神凪翔が、昨日まで七瀬優として登校していた人物だとは分かるはずもなく、翔の疑問に答えた。

「周りに気を遣うばかりで、自分の弱い部分を見せたがらない奴の『大丈夫』って言葉は、面倒を見る立場にある俺にとっては信用ならん」

 先程の翔の発言の裏に隠された心理を汲み取ったかのような言葉に、翔は眉を寄せる。翔として、それから優としても説教を受けている気分になり、妙に落ち着かない。

 そんな居心地の悪さを、翔が感じているのを察したのか。

 萩原は咳払いをして、話題を変える。

「今日のお前を含めて様子が変な生徒が多く、教室の空気がお通夜みたいに重苦しい。七瀬がいれば、そんな空気にはならんのだろうが……」

 翔以外に様子が変な生徒というのは、薫達のことだろう。特に綾奈は、普段では考えられないような態度だった。

「七瀬の休みは、お前が抱え込んでいる心配事のひとつでもあるんだろう?」

「それは、まあ確かにそうですが」

 翔は否定せず、ただ頷いてみせた。

 担任である萩原曰く、優はクラスのムードメーカーのようなものだと言う。

 まさか優としての自分が、担任からそんな風に見られていたとは思いもしなかった翔は、戸惑いながらもどこかで嬉しくもあった。

「菜乃達も心配している。早く帰ってきてくるといいな」

 それは、優がいなくなって落ち込んでいる翔への萩原なりの慰めのつもりなのだろう。

 実際は、萩原が考えているような理由で悩んでいたわけではないが、なぜか翔はその言葉を否定する気にはなれなかった。

 ならば、返事はきまっている。

「そうですね」

 萩原の言葉に、翔は力強く頷くのだった。


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