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第77話 戸惑いの日常

「つまり貴方は私達の知るところの七瀬優であって、朝、気がついたら神凪翔に戻っていたということですか?」

「そういうことになるな」

 目覚めてからの出来事を説明しても、疑いの眼差しを向ける汐に翔は憮然と答えた。

「……どうしてそんな事態に。確かに、二人とも様子は変でしたが」

「知るか。そんなこと」

 寝起きの衝撃と混乱を引き継いだまま、慌しい朝食を終えて今は登校の道中。

 優失踪という大事件。帰ってきてから説明するとだけ述べて、家族の追求からなんとか逃げ出したものの、面倒な懸案事項が増えてしまった。

 考えなければいけない問題が多過ぎて不機嫌そうな翔に、汐が驚いたように目を瞬かせる。

「理由は分からない、と?」

「知っていたら、朝からあんな騒ぎになるわけないだろ」

 口に出したことで思い出してしまったのか。再び仏頂面になる翔に、汐は困ったように笑うと、口をつむんで視線を落とす。

(神凪翔は完全にSウィルスから解放された?いや、でも仮にそうなら元凶となった無幻学園でも変化が見られるはず……)

 ある程度、関係しているかもしれないプレイヤーには、二十四時間体制で監視させてもいる。勿論、それは神凪翔も含まれている。

 汐は携帯電話の着信履歴を見る。だが、昨日の夕方から今朝にかけての着信は見られない。 つまりは、ゲームではまったく変化が見られない証拠だ。

(ゲーム自体が変化に関係していない?けど、それなら私達の変化の説明がつかない。ならどうして?)

 推測でしかない出来事に更なる憶測を被せるなど、悪戯に真実を捻じ曲げる結果になることは理解しているつもりだ。

 だが、考えずにはいられない。情報不足は否めない。しかし、衣食住を共にして目に見える変化はこれが始めてなのだ。これを足がかりに出来なければ、進展など望めない。

「それで、どうするおつもりですか」

 その問いかけが意味するものは、実は翔が今一番悩んでいるところだったりする。

「正直、あなたでない神凪翔しか知らない私からすれば、今の神凪翔には違和感があります」

「たぶん、顔見知り全員から同じ台詞を言われるんだろうな……」

 汐の意見に、翔はげんなりとした表情で答える。

 そんなことは目に見えている。

 なぜなら、自分が神凪翔であることに違和感を抱かずにはいられないのだから。

「優として長く居すぎたかも。正直、今度は女から男に変わった気分だったりする」

 常に事なかれ主義だったつもりだったが、どうやら今回ばかりは堪えているらしい。素直に今の心情を語る。

「探す気はなさそうだね」

 衣緒が溜め息をつく。

「どこにいて、どこの誰だか分からないのに?」

 衣緒の呆れたような声に、心がざわついた翔が若干怒気を含んだ声色で問う。

 そんな翔の態度が衣緒の気に障ったらしく、衣緒が目を細める。

 瞬時に張り詰める空気。

 しかし、そんな険悪になる雰囲気を制するように汐が翔に再び問いかけた。

「それで、どうするおつもりですか?」

「……完全に戻ったかどうかは分からないし、アイツの真似をして振舞えば混乱もないんだろうけど」

 途端に、『自信が無いな』と困ったように翔は眉を下げる。

「そこはなんとかフォローしましょう」

 その物言いに、今の翔に彼を探すことを考えれるほど余裕がないと判断した汐は、ただ翔の言葉に頷いた。

「協力に感謝」

 押し黙るように考え込む汐につられるように、翔も話題が思いつかず口を閉ざす。

「そういえば、藍璃の件では苦労かけたよな。わるい」

 しかし、その雰囲気に根気負けしたかのように話題を振ったのは翔だった。

「……こちらの都合で振り回してしまっただけです。貴方には怒る道理はあっても、謝る道理はないでしょう」

 翔の胸中を察したのか。汐は少し戸惑ったような表情を浮かべつつも応える。

「それに、藍璃さんは元の中学校へ再び転校してもらっただけですから。それほど手間はかかりません」

「そっか」

「一時とは言え、無茶な行動で迷惑をかけていたことは謝罪します」

 ごめんなさい、と素直に謝罪を口にする汐の態度は、以前に比べると幾分か固さが抜けてきている気がする。

『何も知らない身内を監視として置ける立場に私はいる。つまりは、あなたは情報を隠匿出来る立場にはいないのだという牽制のつもりでした』

 遊園地の帰宅後。汐が謝罪と共に教えてくれた、藍璃を翔達の傍におかせた理由。

 牽制と言えばまだ聞こえはいいが、これではただの脅しだ。

 しかし、そう言われたところで驚天動地するわけもなく、ただただ優は頷くだけだった。その態度に、説明していた汐が何度も諦めにも似たような表情で深々と溜息をついていたが、そもそも牽制もなにも、されている本人がそのことに気づいていなかったのだからどうしようもない。

「いや、前回同様、藍璃の件に関しては気にしないでくれ。藍璃も喜んでいたし」

 実は、体験学習の一環としての編入という名目だったらしく、元々それほど無茶をしたわけではなかったらしい。

 とはいえ、体験入学する人物に藍璃に指定したり、編入を短期編入に書き換えて中学に戻す、といった最低限の無茶は行ったようだが。

「そうですね。お心遣いに感謝しつつも、気にしないことにします」

 適当な受け答えに、汐は一瞬呆れたような表情を浮かべたが、すぐに微笑んで頷いてくれた。

「汐が謝ることじゃないよ。やったのはボクだしね」

 そこへ、先程の険悪ムードからずっと後ろで唸っていた衣緒が、小走りでやってきて横に並ぶ。

「なんだ。今日は襲われなかったのか」

「え。あ、うん。猫丸のやつ、ボクに恐れをなして逃げたな……」

 何事もなかったかのような翔の態度に、衣緒は一瞬鳩が豆鉄砲くらったような表情をしたが、すぐに二人に歩幅を合わせながら、ふふん、と衣緒は誇らしげに胸を張った。

「猫丸って……。あの野良猫のことか?」

 ここ最近、やけに衣緒にちょっかい出してくる野良猫を思い浮かべる。

 野良猫とはいえ、食料には事欠かないのかやけに体格のいい。

「猫で太ってて丸いから猫丸。太いくせに素早いの」

 どうやら、翔の思い浮かべた猫で間違いないようだ。

 しかし……。

 本人の前で口にすることは出来ないが、衣緒は本当の意味でお子様だと思う。人見知りは激しいようだが、一度心を許した相手にはとことん甘い。その上、背が低いのもあるが、表情もコロコロ変わり、最悪、小学生にも間違えられそうな気がする。

「……それをそのまま口に出したら暴れると思いますよ」

「そうだな」

 衣緒への、珍獣を見るような視線から翔が考えていたことを察したのか。汐が小声で釘をさす。

「猫丸は、ボクが油断した瞬間を狡猾に狙って、背後から襲って食べ物を奪うんだよ。信じられない!」

 だが、一語一句に表情が忙しなく変化させる衣緒の姿は、やはりどう見ても子供そのものだ。

 そんな翔の無言の訴えに、さすがの汐も苦笑いでしか答えられないでいる。

「けど、まぁ今日は大丈夫みたいだし、さっさと食べちゃおう」

 そんな心中を察することも無く、衣緒は一区切り不満をぶちまけると、今度は大事そうに持っていた食べ物を取り出す。

 それは、翔の母親が衣緒だけに毎日手渡すおにぎりだ。

 翔からしてみれば、数分前に朝食を食べたばかりなのに、どこにそれほどの量を詰め込めるかいささか疑問ではある。だが、衣緒にとって、この時間は何よりも至福の時らしく、満面の笑みでおにぎりをほおばる衣緒はとても嬉しそうだ。

「おにぎりってそんなにいいもんか?」

 あまりの頬の緩みっぷりに、翔から疑問の声がでる。

裕福な家庭に育ったはずの衣緒が、何の変哲も無いおにぎりをまるで至高の一品であるかのように食べているのだ。その感覚がいまいち理解できない。

 だが、そんな翔の怪訝そうな表情を気にも留めず、衣緒は頷く。

「うん。手作りって感じがして、好き」

「……そうか」

「あげないよ?」

「別にいらん」

 そもそも、猫とも格闘するほど気に入っているものを取り上げる気にはなれない。仲良くなればなるほど、衣緒が本当に自分と同年代なのかと疑問に感じてしまう。

「あ、そうそう」

「ん?」

 衣緒が何かを思い出したのか、手に持っていたおにぎりを口に放り込むと、翔を見上げて告げた。

「昨日、翼達から謝罪の電話があったよ」

「…………」

 電話があったのか。

 思わず、翔の表情が強張る。

「やけに優のこと心配してたけど?昨日、あの三人が優に対して何かやらかしたの?」

 突然の話題の引き戻しと、それに対して確信をつく言葉に翔は眉を顰めた。

 事情を知っている上での意地悪か。それとも、ただ純粋な興味での質問か。

「……別に。あの三人が悪いわけじゃないし」

 答えに窮しながらも考えた結果、翔の口から出たのは誤魔化しだった。

「あの三人じゃないって言っちゃったら、消去法で考えたら神凪翔しかいないよ?」

「…………」

 墓穴を掘ったことに気づいて顔を逸らす翔に、衣緒は苦笑する。

「けど、それだとまた面倒なことになりそうだね」

 困ったように眉を顰める衣緒。

「困ったこと?」

 今現在でさえ十分困っているのだが、これ以上、何に困れと言うのだろうか?

 翔が首を捻る。

「だって昨日の翔が、あの三人に心配かけるようなことを優にした次の日に、優は行方不明で不登校だよ?」

 一瞬、衣緒の言葉の意味が理解できなかったのか。翔は更に首を捻ったが、すぐにことの重大さが理解できたらしく、その顔を赤から青へと変色させていった。

「家出か……」

「世間一般的にはそう思われるのが自然だろうね」

 自分が走り去った後、その場に残された翔と三人がどのような会話を行ったかは知らないし、あの時の翔の言動の意味も、今の自分では分からない。

 ただ、困惑していた自分と。

 それ以上の困惑と後悔の色に揺れていた瞳が、捉えていたことだけを思い出された。

「そして、その家出の原因を作った神凪翔が今はキミだってこと」

 それは。

 翔は言葉に詰まる。

 優であった昨日ですら、あの状況をどう説明したものかと苦悩していたのに、なんの説明も無いままその元凶である立場に立たされても……。

 このまま、学校へは行かず家に逃げ帰りたい気分になってしまう。

「ちなみに」

 そんな翔の考えを遮るように、衣緒が声を上げる。

「今ここでキミが逃げて、三人が家に押しかけでもされたら、優が行方不明だってことがバレちゃうよ」

 そうなると、更に面倒なことになる。

 責任を感じて電話をかけてくるぐらいだ。行方不明だと知れば、慌てて捜索に乗り出すだろう。

 その上で、日常生活内では必要がない情報さえ問い詰められる可能性も、ある。ある程度は口で誤魔化せても、大事になればそれに輪をかけたように問題が膨らむのは目に見えている。

「頑張れ。男の子」

 絶望に顔を歪める翔の背中を、衣緒がぽんぽんと叩く。

「とりあえず、欠席の理由だけならこっちで準備できるから、ね? 汐」

「え? あ、はい。そうですね」

 突然話を振られたので驚いたのだろう。汐が、目を丸くしながら頷いた。

「家の方々には後から説明するとして……。さしあたっては、一週間程度の欠席を目安にされてはどうでしょう?」

「可能か?」

「一応は。優さんは七瀬家の長女ですからね。お仕事で海外にでも行ってもらいましょう」

 素っ気無く汐が答える。

「ただ、七瀬家の長女という肩書きを使う以上は、優に戻った場合それらしくしてくれないと駄目だけどね」

 今まで、あんまり自覚してなかったでしょ、と凄む衣緒に、翔は気圧されながら曖昧な作り笑いを浮かべる。

 そういえば忘れていた。

 衣緒や汐の姉という立場にいるということは、優は大企業の社長の長女ということになるのか。

(よくよく考えたら、それってかなり無茶な話のような気がするぞ)

 一般家庭に養子として迎え入れるだけでも、戸籍等の問題もあって難しいはずなのに。それなのに、どのような手段を使ったかは知らないが一流企業の社長の長女。

 ありえない話だ。

 そう宣言されてはいたものの、特にこれといった問題が生じたことがなかったため、完全に失念していた。

 いや。失念していた、というよりは、深く考えることを放棄していたといった方が正しいだろう。これ以上、自分の身に降りかかる問題を増やしたくなかったのだから。

「元々、こういった問題が発生した時の対策のひとつですから」

 そのための肩書きなのだ。

 こんな時にこそ必要なものだろうと、汐は言う。

「でも、突然、あなたは社長令嬢ですって言われてもな……」

 実際に言われたのは約一ヶ月前。

 今更になって事の重大さに気づいて苦悩する翔に、汐は呆れたように溜息をつく。

「本当に今まで自覚してなかったんですね……」

「実感するような出来事もなかったから」

 翔は心底申し訳無さそうに眉を下げる。

 その言葉に汐は一瞬目を丸くしたが、すぐに視線を落とすとはき捨てるように呟いた。

「そういった問題は極力こちらで処理していますから」

「え?」

 高揚の無い言葉に、翔は眉を寄せる。

「それよりも。今は、久々の神凪翔としての生活で、失敗しないように心がけることが先決でしょう」

 だが、顔を上げた汐は、普段通りの笑顔を見せた。

 その笑顔に違和感を抱きつつも、翔は素直に頷くのだった。


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