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第76話 いつもとは違う朝

「……ん」

 神凪家の一室。『優さんの部屋』と書かれたプレートが掲げられた、客間だったはずの部屋。

 カーテンの隙間から漏れた朝の光と、覚醒していくほど耳障りになっていく目覚まし時計の音で、部屋の主が目を覚ます。

 まだ半開きの目蓋を叩き起こすかのように擦ると、普段見える部屋の天井の代わりに、パソコンが目の前にあることに気がついた。

「やば……。昨日あのまま寝ちゃったのか」

 ネットゲームで机に突っ伏して寝落ちるのは、随分と久しぶりだ。変な姿勢で寝ていたせいだろうか。妙に体がだるい。

 しかし部屋の主にしてみれば、この倦怠感は久々なものだ。ここ最近では、ネットゲームを寝落ちするまでプレイすることなどなかった。

 如何せん、悩み自体は解決したわけではないが、少なからず、多少の気晴らしにはなったのは事実だ。そう考えれば、こういうのも悪くはない。

「さって、それじゃ学校に行く準備をしないとな」

 そう言って、背筋を伸ばした時だった。

 妙にきつく感じていた締め付けが、ブチブチッという不穏な音と共に緩和されたのは。

「ん?」

 何かが床へ落ちたことに気づき、何事かと視線を落とそうとした瞬間。

「優さーん」

 床に落ちたものがボタンだと確認したのと同時に、神凪翔の妹である藍璃が部屋へと入ってきた。

「朝です、よ……?」

 入ってきた藍璃が、笑顔でドアノブに手をかけたまま静止する。しかし、若干笑顔が引き攣っているように見えるのは気のせいだろうか。

「へ、へ、へ…………」

「へ?ん〜……。へい!おはよう?」

 様子は変だが、とりあえず挨拶を交わそうとしているのだろうと解釈して、満面の笑顔で答える。

 そこで、彼は妙な変化に気がつく。

 どうして、少し大きめだったはずのパジャマが酷くきつく感じているのだろうか。

 背筋を伸ばしただけでボタンがはじけ飛ぶなんて、体のサイズが明らかに違っていることは明白だ。

(いやまて。そもそも、今の俺の声、妙に太くなかっただろうか)

 微妙に、かつてこれらに符合する出来事を知ってはいる。

 視線を再び下へ……いや、正確には自分の体へ移して、藍璃を凍てつかせた状況を把握したいが、その勇気がなかなかもてない。

 仮にそうだとすると、自分は今、とんでもない状況に身をおいているのではないだろうか。

(ってか、むしろ、どうかそれだけはないように)

 想像してみて、今の現状のシュールさを改めて実感して、心の中で十字をきる。

「……翔お兄ちゃん。何をしてるの?」

「よし、藍璃。まず落ち着いて話し合おう」

 だが、満面の笑みを浮かべる藍璃を見て、それは儚い夢であることを悟った、昨夜までは優であったはずの神凪翔は、素早く最悪な状況からの脱却を試みる。

 どうやら、恐れていた予想は的中していたようだ。

 つまりは、

「私は。どうして、お兄ちゃんが、優さんの部屋で、優さんのパジャマを着て、寝ていたのかって聞いてるの」

 こういうことである。

「いやー……」

 翔は乾いた笑いを浮かべながら、最悪な現状を打開する策を弄するべく、脳内会議を繰り広げていた。

「…………」

 考える翔。

「…………」

 返答を待つ藍璃。

 暫く沈黙の後、その結果。

「ゴメンナサイ」

 この状況を上手く切り抜ける方法が思い浮かばず、とりあえず謝罪を口にした。

「変態ーーー!!」

 謝罪の言葉をかき消すように、藍璃の叫びが響き渡る。

 その騒動を聞きつけたのだろう。複数の足音がこちらへと向かってくる。

「理不尽さを感じつつも、素直に謝ったのに、なんてことを!」

「こんな変態行為が謝って許されるぐらいなら、警察なんていらないわ!お母さん、お父さん。警察呼んで!警察はこんな人のために存在するの!」

「話せばわかるって!」

 朝から混迷を極める兄と妹。

「あ、もしもし。警察の方ですか?うちの愚息がついに犯罪を。ええ。急に真面目になったものですから、怪しいとは思っていたんですけど」

「おいこら、母親!なんだ、その言い草!」

 母の口から告げられる衝撃の告白。

「若さゆえの過ち……ってやつか」

「親父、なんで爽やかに親指立ててんだよ!?おかしいだろ!?」

「大人になったな」

「親父の考える大人と子供の境界線ってそんなもんなのかよ!?おかしいぞ、あんたの情操教育!」

 父からの教えに涙する息子。

「部屋にお兄ちゃんがいないと思えば、優さんの部屋で変質者の仲間入りしているなんて……。お兄ちゃんが悪い方に頭をぶつけた」

 よよよ、と大げさに床に崩れ落ちる藍璃。

「よかったな。そんな変質者の妹」

 このままでは埒が明かないので、いっそ清々しく開き直ってみる。

「……もう一度ぐらい頭ぶつけない?一〇tトラックあたりで」

「それは暗に死ねといっているのか?」

 一〇tトラックに頭をぶつけたら即死ものだ。

「ほらほら。制服に着替えて。女顔の可愛い男の子が女装するならいいけど、翔みたいな一般男子の女装姿なんて見苦しいだけなんだから」

 いつの間にか電話を終えた母親は、二階の部屋からわざわざ制服を取りに上がっていたらしく、さり気なく毒を吐きつつ、息子に学校の制服を手渡す。そして、無言で睨む翔におほほとわざとらしい笑いを浮かべながら、父親と共に居間へと歩いていった。

「まったく……。朝から無駄に慌しい家族だな」

 久しぶりに袖を通す男の制服に多少の違和感を覚えたが、翔は素早く着替える。

「お兄ちゃんが変態に戻っちゃったんだもん。仕方ないじゃん」

 翔の呟きにも、逐一ツッコミを入れるのは、やはり藍璃だ。

「兄の着替えに立ち会う変態妹には言われたくないな」

「か、勝手にいきなり脱ぎ出しといて、それを言う!?変態露出狂じゃないの!?」

 金切り声のように高音で叫びながら部屋を出ていく妹に、邪魔だと言わんばかりにぞんざいに手を振る。

「久しぶりのやり取りに、なんの疑問も持たないのか。ここの家族は」

 自分ではない翔相手ならば、こんなやり取りなど行われたりはしなかったはずだ。それを、もう一度頭をぶつけろ、という会話だけで終わらせるあたり、この家族の楽天的な性格が出ている。

(戻った……んだよな)

 ふと目に入った鏡に映るのは、神凪翔の姿。

 その姿が、自分だと認識できることに違和感を抱くのは、ここ最近の優としての生活が身についてしまっているからだろう。

(とりあえず、戻った以上は元通りだ。アイツと、汐や衣緒にも報告しておかないと)

 久しぶりの男の自分に浮き足だった気分を抑えつつ早速居間へと急ごうと、扉へと足を向けた時だった。

「神凪翔。少しいいですか」

「ん?」

 まるで、そんな気分を遮るかのように、まだ眠たそうな衣緒を引きずった汐が部屋の扉からひょっこり顔を出してきて、予想外の言葉を口にした。

「優はどこに行ったのですか?朝から姿が見えませんが」


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