第7話 初めましてと敵前逃亡から始まる学校生活?
さて話を戻そう。俺が自室に駆け上り、始めて自分の変化の謎に触れたあの時。
詳しい説明を受けた父が、残されて呆然としていた2人に事情を説明していた。
その内容を簡単に言うなら…。
『“優”という名前以外の全ての記憶を失って、さ迷い歩いていたところを偶然通りかかった翔が保護した』と、いうものだ。
そして現在の“優”という女性としての俺について。
新たに付け足された個人情報と、現在に至るまでの経緯を幾つかに分けて述べるとしよう。
“インターネットを通じて翔が知り合ったメール友達“という立場にある人物であるという事。
それが判明した理由として、以前メールのやり取りで聞いた身体的特徴があまりにも酷似していたため、まさかと思い声をかけたら本人だった…という、もっともらしい理由が付け足された。
そしてベッドで1人で寝ていた理由について。
記憶を失う前の知り合いに会えた事への安堵感からか、翔に抱きついて泣き崩れてしまった俺は、泣きつかれて眠ってしまった。
そこで部屋のベッドで寝かしつけたまでは良かったが、翔は同じ歳の少女と密室というのは耐え切れず、外に出ていた。
通常、そうなれば家族への連絡等の問題はあるが、そこは翔が上手く父を説得したらしい。
つまりはそうする事で、俺は再び神凪家の一員としてめでたく迎え入れられ、自室まで確保出来たという訳だ。
そして、まるで当初の予定通りと言わんばかりに事を進めた神凪翔は曰く、
『突然女の子になりましたじゃ色々と面倒でしょう?私はそのサポート役のようなものですよ』
と笑って答えた。
一番重要な謎は残ったが、当面の問題は解決したはずだ。
元の体に戻れる、戻れない、どちらにしろ今はこうして学校に来て日々を過ごすしかない。
過ごしかないはずなのだが―
思考を停止するかのように、目の前の扉が開きクラスメイトが教室へと足を踏み入れる。
その瞬間。
「おはよう」
2−4組の教室。
運良く片付け始めているクラス替えの張り紙を発見した俺は、いち早く教室へと辿り着き登校してくる新たな級友達へ努めて明るく声を掛けていた。
数名1年の時と同じ奴もいたが、それも極わずか。
そうなるとやはり最初の印象が肝心なので、出来るだけ爽やかな笑顔を心掛けているのだが、誰も返事を返さない。
それどころか先程から誰も近寄ろうともしない。
確認した席は確かに教室の最前列。しかも扉の一番手前。
つまり、教室に入って一番最初に目に留まる席。そこから扉が開くと同時に声をかけているのだ。勘違いだと思われる事は、可能性としてまずないはずだ。
ならばこれは一体どうしたことか。
まさかすでに俺はこのクラスで、孤立無援を余儀なくされているということだろうか。
そうなるとやはり原因は、俺の代わりに今まで登校していた現神凪翔に問題があるとしか思えない。
(あの野郎…やはり学校でも余計な事をしでかしてくれたんじゃ…)
そこまで考え至って。ふと、自分はとんでもない間違いを犯しているような気がした。
しかしその疑問が何なのかが明確に分からない。
答えを導き出せぬまま、うんうんと首を捻って悩んでいる時に―
「優?ここでいったい何をしてるんだ?」
外口調絶賛使用中の神凪翔が現れた。
瞬間、遠くから俺を見ていたクラスメイトがざわつく。
(これだけの大人数が周りに居るんだ。口調は女のように…)
そう自分に一度言い聞かせてから口を開く。
「何って…学校に来たに決まってるでしょ?翔こそ、日直だって言って先に行った割には、どこで…」
そこまで口に出してある事に気がついた俺は、顔が青ざめてゆくのと反比例するかの如く、先程の疑問が氷解してゆくのを感じた。
(俺は今、転校初日の神凪優であって、神凪翔じゃないんだっ…!)
そこで始めて客観的に状況を理解できた。
普段通りに、教室に足を踏み入れた神凪翔のクラスメイト。
しかし踏み入れたと同時に、満面の笑みで『おはよう』と声をかけてくる、見た事の無い金髪の女生徒。
いくら指定の制服を着ているとはいえ、昨日まで存在していなかった人物にいきなり挨拶されるなんて、どう考えても不自然かつ不気味である。
君子危うきに近寄らず。
確かに逆の立場で考えたら、俺でも数人で集まって『何者なんだ?』という討論を繰り広げるはずだ。
「…………あはははは」
教室に響き渡る、俺のかすれた笑い声。
「………」
「………」
ひとしきり笑い終えた後、重苦しい空気が教室の中を支配する。
こうなれば手段は一つ。そのタイミングを待ち侘びながらも、静かに呼吸を整える。
そして鳴り響く予鈴のチャイム。
「し、失礼しました〜〜〜!」
敵前逃亡あるのみ。
廊下へと逃げ出した時、なにやら背後から『翔っ!?どういう事だっ!?』と複数の男達の声と『誤解だー!?』と叫ぶ翔の声が聞こえたが、今の俺にはどうでもいい事だった…。
なんて時間に更新するんだ(挨拶)
はてさて。そろそろいい加減物語を先に進めろよと怒られそうですが如何お過ごしですか?あ、石を投げないで下さいっ!?
基本的に五話で一区切りのつもりで執筆しているのですが、今回の五話で『なぜ』『どうして』という物語の核にもなる説明不可欠な要素を出せればな、と思っております。
ただ、それを明かす事により、皆様の評価が確実に変わるでしょうから少し不安でもあったりします。
書き上げた時、皆様の期待を良い意味で裏切る作品で在る事を願って。
如月コウでした〜(ぺこ)