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第71話 疑惑+戸惑い

「どういう意味だ」

 あまりに二人が遅い事に痺れを切らせて、近寄ったそのとき。偶然聞こえてしまったその言葉は、少なからず優にとっては衝撃的だった。

 だが、そんな優の言葉に、汐は心底驚いた表情を見せる。その驚きの表情が、更に得体の知れない不安感を煽る結果となった。

「それって、どういう……」

「優さんのむやみやたらと人を疑わないところが美徳ですからね」

 どういう意味だと、優が口にしようとするよりも先に、翔が汐への嫌味半分な言葉を口にしていた。

 だが、その言葉は、今の優には辛い言葉で。

 無性に、腹が立った。

「……どういう意味だ」

 もう一度、確認するかのように呟く。

 その言葉に、どれほどの覚悟を要したのかを察したのか。

 目の前に立つ翔は、さっきまでの笑顔を崩し、真摯な眼差しで俺を捉える。

 そして―



 枕元で、聞き慣れた目覚まし時計が鳴っている。

「……ん」

 眠り眼のまま、包まった布団から手を伸ばし、目覚ましのアラームを切ると、再び睡魔が襲ってきた。

 優が男だった頃に比べると、小一時間ほど早い時刻だ。睡魔も襲ってくるはずである。

 だが、以前と同様の時間では、女性としての身支度に要する時間に違和感があるという翔達の指摘により、こうして早めに起きる羽目となったのだ。

 当初は、優も気にせず睡魔に身を委ねていたりしたのだが、七瀬家で住むことになった時は、そういう訳にはいかなくなった。

 なにせ、あの神凪藍璃が専属の使用人として、常に身の回りの世話をしようと目を光らせているのだ。優はボロを出さないためにも、可能な限り、女性の習慣とやらを自分で出来るようにならなければならなかった。

 結果、こうして鏡の前で座って、ブラッシングやら化粧水やらを、自然と行えるようになったのは、果たして喜ばしいことなのか。

 男として駄目な気がするのは、きっと気のせいではないだろう。

(嫌な夢見ちゃったな……)

 目の前にある鏡に映った、女としての自分を見ながら、優は深く溜め息をついた。

 

「あれから一週間経ったのか……」

 優は、そう言って見慣れた部屋を見渡す。そこは、七瀬家の不必要なほどに馬鹿でかい一室などではなく、神凪翔の部屋ではないものの、女に変化してから、ずっと優が過ごしていた神凪家の一室だった。

「優さん。朝ご飯準備出来てますよ」

「ん。ありがと」

 扉越しの藍璃の呼びかけに返事をして、リビングへと向かう。何もかも、ほぼ元通りだ。

 再び神凪家に戻ることが決まったのは、みんなで行った遊園地からの帰り道のこと。

 藍璃を家へと送り届けて、いざ七瀬家へと帰ろうとした時、衣緒と汐は、なぜかそのまま藍璃の後に続き、「ただいま」と平然な顔をして言い放ち、未だにこの家に居座っている。

「おはよう」

 優は挨拶を済ませると、いつの間にか自分の指定席になっている席へと腰を下ろす。

 その視線の先には、未だに違和感がある人物が二人ほど鎮座している。

「日本の朝は、やはり白いご飯にお味噌汁に限ります」

「家じゃ、こういう朝食が出ないからね」

 用意された食事を、我が物顔で食べている七瀬汐・衣緒の両名。この光景だけは、優は未だに慣れない。

 建前上は、優が父親の承諾を得て、神凪家への居候が認められたものの、監視役として妹の衣緒と、その付き人である汐も一緒に暮らすことになった、という流れらしい。

 どういう経緯でそういう流れになったのか。

 何も説明されていない優からしてみれば、今すぐテーブルをひっくり返して問いただしたい気分ではあるが、周りの人間がその状況を受け入れてしまっているのだ。今更、自分ひとりが騒いだところで、この家族からまともな返答を得られるとは到底思えない。

 悲しいかな。それだけは現状で、唯一優が確信をもてることなのだから、この状況を受け入れなければ、自分だけが無駄な疲労を溜め込むだけだということは十分理解できた。

「いやー。娘が増えたみたいで、お父さんは幸せだ」

「犯罪者にならない程度に、発言を謹んで下さいね?お父さん」

「わかってい……」

「発言を謹んで下さい」

「はい」

 それにしても、どんどん男性陣の肩身が狭くなっていっているような気がする。今でこそ、女性としてこの家に居候しているという形をとっているが、元はここの男性陣に位置する優としては、複雑な心境だ。

 元々、男女が2名ずつという環境だったが、優が居候する事で男女のバランスが傾き、汐、衣緒の参入で民主的に治外法権が出来上がってしまったという構図である。

「恐ろしい……」

 政界を思わせる民主主義を盾にした数の暴力に、優は戦慄を抱かずにはいられなかった。

 しかし、それにしても遊園地へ行ってから、様々なことが変わった気がする。

 こうして、汐と衣緒両名が神凪家に居候していることもそうだが、現状で一番気になる変化を上げるとすれば……。

「翔。そこの醤油を取って下さい」

「刺身醤油で宜しいでしょうか?」

「……貴方は豆腐を刺身醤油で食せと言うつもりですか」

 今まさに、目の前で繰り広げられた光景に他ならない。

「冗談はその笑顔だけにして欲しいものです。神凪翔」

「貴女もいつもながら笑顔での嫌味がお上手ですね。七瀬汐さん」

 神凪翔と七瀬汐の関係。

 いつもながらの笑顔だが、お互いの言葉の端々には、相手への嫌味が満載である。

 優が記憶している限りでは、二人の関係は少し前まではお世辞にも良好とは言えない状態のはずだった。

 尤も、この口論だけ見ていれば、仲良くなったというにはまだまだ難がありそうだが、そんな皮肉の言い合いも、この二人にしてみれば親愛の証であるということは、それなりに理解できる程度の付き合いはしてきたつもりだ。

 だからこそ、それまでの冷戦を思わせる二人の関係が、ここまでの改善を見せたことには、優にしてみれば正直驚き以外何者でもなかったりする。

『貴方の正体は、響夜ですか?』

 あの日。遊園地の帰り道で、汐が翔に問いかけた疑問。

 優は、そこで始めて自分が、翔という存在自体に疑問を抱くことすら忘れていたことに気がついた。

 同時に。いつの間にか一緒にいることが当たり前になっていた翔のことを、まったく知ろうとしていなかった自分自身を恥じ、憤りを感じた。

 そして、それを知った上で、何も話そうとしてくれなかった翔に対しても。

 それでも、優にしてみれば、これは自分自身の問題であって、二人のわだかまりが解消されて今に至っているのならば、深く追求するつもりもなければ、その必要性も感じられない。

 ただ、問題があるとすれば、ただ一つ。

「優様、衣緒様。今更急いでも遅刻は決定ですが、とりあえず学校には向かわないと駄目かと思われます」

 時計を指差し、汐は優雅に立ち上がると、素早く身支度を整える。

「は〜い」

 衣緒は、汐の言葉に二つ返事で答えると、素早く残りの食事を済ませて立ち上がる。

 急かされるように、優は壁にかけられた時計に視線を移す。遅刻が決定というほどの時刻ではないが、余裕はあまり残されていないようだ。

 だが、

「優さん」

 その呼びかけに、一瞬肩が震える。

「……私は、まだ余裕があるから」

 少しの空白の次に、自分の口から紡がれた言葉に、優自身も内心戸惑いながらも、冷静を装う。

「そう、ですか」

 そんな優の態度に、翔は呆れ果てたように溜め息をついて玄関へと向かう。どうやらこれ以上の説得は無意味だと察したのだろう。

「いいのですか?」

 汐が、優を指差して翔に問いかける。

「時間が必要でしょうから」

 寂しげに告げる翔に、汐は少し困惑した表情を浮かべる。

 汐にしてみれば、こういう状況を作り出してしまったことには、少なからず責任は感じているのだろう。

 それは優も同じで、どうしてこうも普段通り装えないか、自分自身ですら不思議でならなかった。

 翔が自分に対して秘密を隠し持っていたぐらいで、どうしてここまで気持ちがかき乱されるものなのか。人間である以上、人に言えない秘密のひとつやふたつあって当たり前だということは、頭では理解しているつもりだ。

 だが、どう言い聞かせても、今まで通りの態度で接する事が出来なくなっている。

「それではお先に失礼致しますね」

「……うん」

 優の戸惑いを察しているのかどうか読めない翔の言葉に、優は不機嫌そうに箸をくわえながら頷いた。

 


まだ生きてますよ(挨拶)

随分とお待たせしてしまいました。申し訳ありません。

ちょっと軽く色々なことに落ち込んでました(ぇ)

それでもこうして更新できたのは、皆様読者様のおかげでございます。

感謝感激でございます。

はてさて。今回の出だしは真面目に。次の話では壊れる可能性がありますが……。

何事も、些細なことが変化するキッカケになります。それが、どういう結果になるかは……それこそ神のみぞ知る、というものでしょうか。

お手紙、コメント、感想大歓迎です!文法的におかしな部分、読み難かった部分があればご指摘、もし宜しければお願いします。

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