第68話 そこまでは気がまわらない
夕闇が濃くなり、そろそろ日が沈もうとしている。
優と一緒に行動していた汐と衣緒は、どうやらはしゃぎすぎたせいか、些か疲れた面持ちで、ベンチに腰掛けていた。
当初の予定通り、各自連絡を取り合った結果、遊園地敷地内の真ん中に位置する、大きな時計の下で待ち合わせとなったのだが……どういう訳か。藍璃と吉良の姿がない。
約束事には厳しい藍璃が、約束の時間に遅刻することは稀なのだが、一緒にいた相手が吉良だ。何があってもおかしくない。そう感じるのは間違いではないはずだ。
とはいえ、それ以外にも問題があったりするのだが。
「……人、多くない?」
周りにいる人々を見て、優は首を傾げた。
確かに、この場所は待ち合わせ場所としては最適だが、それでもこの場にいる人数は異常に思える。だが、ここに辿り着くまでの間にも、かなりの人を見た気がする。
いつものメンバーが全員集まれば、大所帯になる上に、男女共にモデルとして誌面に載ったことがあるとなると、一度目立ってしまうと面倒な事になりかねない。
ただ、救いがあるとすれば、明かりがあるとしても辺りは暗くなっているので、顔を下に向けてさえいれば、ほとんど声をかけられることはなかったことだろうか。
「でも、さすがにずっとここに居ると大変かも知れませんね……」
つい先程合流を果たした握手会組の綾奈が、周りの視線に妙に体をビクつかせながら答える。
「その……綾奈?大丈夫?」
優は、そのあまりの挙動不審ぶりに、なんと声をかけていいものか一瞬迷ったが、当たり障りのない言葉を投げかけてみた。
「な、なんとか」
そう言って、優の言葉に努めて笑顔で返す綾奈だが、その表情はやはり硬かった。
握手会で翼と薫に放置された後、綾奈なりに頑張ったつもりだったが、その苦労は報われず、人の波に飲まれてボロ雑巾のようになったせいで、こうも人が多いと、その時の恐怖心が蘇えるらしい。
「大丈夫です。まだいけます」
心配そうに自分の顔を見つめる優を見て、綾奈は小さくファイティングポーズをとる。
優にしてみれば、そのポーズで一体何が大丈夫なところをアピールするつもりなのか気になるが、かなり大丈夫じゃない事は理解できた。
尤も。その元凶である翼と薫は「綾奈は名誉の重症を負いました」とだけ言い残して、翔と霧島を引き連れ、さっさと藍璃と吉良を探しに辺りを見回りに行っているのだが。
「気分が悪いなら、ちゃんと言ってね?我慢することはないんだから」
とはいえ、握手会での綾奈の悲惨を、その場にいなかった優が知るわけがない。疑問に抱きつつも、優は再び当たり障りのない言葉を口にする。
「ありがとうございます」
それでも、そう言って貰えただけでも幾分か気分が楽になったのだろう。綾奈は微笑み、小さく頷いた。
「優さん!」
それとほぼ時を同じくして、聞き慣れた声が辺りに響き渡る。
その声に反応するように、声がした方向へと視線を移すと、藍璃がこちらに手を振りながら笑顔で駆け寄ってきた。
「凄い人だかりで、ここまで来るまで時間がかかっちゃいました」
優達を発見できて安心したのか。藍璃は、深く安堵の溜め息をひとつ零して乱れた息を整えると姿勢を正す。
「あれ?吉良君は?」
だが、どういうわけか吉良の姿が見当たらない。
不謹慎ながら、どうせボロ雑巾のようになって引き摺られてでも来るのではないかと予想して優だが、まさか姿自体が見えないとは完全に予想外だった。
「え?あ、それは……」
吉良の名前を出すと、なぜ藍璃がせわしなく視線を泳がせて、明らかに挙動不審になる。
なぜかそれを追求するのはとても怖いのだが、そうも言っていられない。
意を決し、優が問おうとすると、
「ああ。やっぱりそうだったんだ」
「そのようですね」
示し合わせたかのように、ベンチで休んでいた汐と衣緒が口を開いた。
「やっぱり?」
「うん。ボクも詳細は知らないけどね」
汐と衣緒とはずっと一緒にいたはずだが、何か騒動があったなんて気づきもしなかった。
「救急車で運ばれていった」
「きゅ、救急車?」
どうして衣緒達がそんなことを知っているか。疑問ではあるが、救急車という物騒な単語にその疑問は打ち消され、優は目を丸くする。
どういった経緯でそうなったのか、皆目検討がつかない。どうしてそうなったのか、藍璃に問おうと視線を移すと、藍璃は断固拒否と言わんばかりに顔を背けた。どうやら語る気はないらしい。
それならば、と、衣緒と汐に視線を移す。
「優様は、兵藤様をご存知でしょうか?」
困ったように苦笑いを浮かべつつ、汐が答える。
「えっと、確か運転手の……」
おぼろげな記憶を探り、なんとか思い出したが顔が思い浮かばない。
優は、運転手の兵藤という人物を紹介はされたものの、サングラスで表情が分り難く、その上挨拶を数回交わした程度しか面識が無かった。
「一応、ボク達のボディーガードも兼ねてるんだけどね。それで、今日は断ったはずなんだけど、やっぱり心配で遊園地内には居たみたい。それで偶然二人を見かけて、連絡をくれたの」
汐が言う二人というのは、藍璃と吉良のことだろう。
「何か問題でもあったの?」
「それは……」
衣緒は、優の質問に答えようとした瞬間、ほんの少し視線を横にずらして、藍璃を見る。
その視線に気づいた藍璃は、すぐさま頭をこれでもかというほど左右に振って、拒否の意思を表す。
そんな藍璃の姿に、汐は深く溜め息をついて「別にそこまで恥ずかしがることじゃないと思うけど」と小さく呟いた。
「それは?」
「キミが知る必要がないことだよ」
優の追求に、汐はつまらなさそうにそう答えると、それ以上は答える気はないといった感じにそっぽを向いてしまう。
それでも、優にしてみれば、自分だけが知らないというのはどうにも納得できない。
再び藍璃に視線を戻して、じぃっと見つめる。こうなれば、直接本人から聞き出すほか方法はない。そう考えた瞬間だった。
「全員揃った?んじゃ、逃げるよ!」
走って戻ってきた翼が、目の前の藍璃の手を引いて、その場から立ち去っていく。
「え。ちょ、ちょっと!翼!」
突然の出来事に、一瞬呆然と立ち尽くした優だが、すぐさま我に戻ると、どんどんと遠ざかっていく翼の名前を呼ぶ。
「だーーー!そんな大きな声で呼んだら、逆効果だってば!優!」
そう言いつつ、翼本人も大きな声で返事を返すのだからわけが分からない。
「さて。事態が更に悪化したので、私達も逃げるとしましょう」
ただただ呆然と優が二人の姿を見送っていると、いつの間にか戻ってきていた薫が優の隣に立っていた。
「神凪翔と霧島京一は、そちらの二人をお願いします」
「了解いたしました」
「OK」
状況が分からない優を放置したまま、淡々と逃走の指示を出す薫。そして、それに従う翔と霧島に、優は痺れを切らしたように叫ぶ。
「だからどうして?」
「ホントにおめでたい奴だね。キミ」
促されるように走り出した優の問いに、やれやれといった表情で衣緒が答えた。
「何が!」
「少しでも周りに注意を向ければ、ご理解いただけるかと思いますが」
今度は、衣緒の手を引っ張りながら隣を走る翔が、呆れた様子で優の疑問に答える。
なぜか今日はやけに皆から馬鹿にされることが多い気がして、優は不機嫌そうに頬を膨らませながらも、言われた通りに周りに視線を移してみた。
すると、なぜか妙に自分達が注目を浴びていることに気づいた。なんだか、今朝方も同じ視線に晒されたような気がする。
「この大衆の面前で、大声でお互いの名前呼び合えばバレるに決まってるじゃん」
「握手会で薫様や翼様がこの遊園地内にいることは周知の上でしょうし。今朝の一件で優様の存在も噂にはなっていたようですよ?」
そんなこと今更言われても。
優は思わず、霧島と汐の発言に心の中でツッコミを入れるが、それでもこの状況を作り出した一端は自分にある以上言い返すことが出来ない。
大衆の好奇の視線に、そして仲間内から向けられる非難の視線を向けられ、居た堪れなくなった優は、やけくそ気味に叫んだ。
「そこまで気がまわるかー!」
そんな優の様子をみて、その場にいた全員が心の中で一斉に溜め息をついたことは……なんというか。ここだけの内緒、ということにしておこう。
皆様、こんばんは。如月コウです。
今回は繋ぎの話なので、今まで以上に面白くないかも知れませんorz
説明部分が多いと、どうしてもそういう部分が出てくるんです……。・゜(゜⊃ω⊂゜)゜・。エーンエーン
現在のお話上、面白おかしい文章が書けないですが、もう暫くお付き合い下さいませ。
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如月コウでした(礼)
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