第67話 内緒の魅力
一方その頃。
ついさきほど開始された握手会は満員御礼で、訪れた人々でごった返していた。
「KAKOさん、頑張って下さいね!」
「ありがとうございます」
集まった人数が人数なので、三人のうち誰か一人と握手が出来るという形を取ったが、それでも断然に人数が多いのは、やはり薫であった。
押し寄せる人々を、丁重に、だが迅速に捌く薫の顔には、普段の無表情さと、かけているはずの眼鏡は存在しない。それだけで人々が、薫をKAKOとして認知する事は、神凪翔にとってはちょっとした驚きだ。
「まったくの別人だな……」
翔と共に人員整理を行っていた霧島が、そんな薫の様子を見て苦笑いする。
「おかげで俺も全然気がつかなかった訳だけど」
モデルとしての仕事を行っている霧島は、バイトとはいえ同業者で同じ歳であるKAKOというモデルの存在は知っていた。しかし、それがあの小野寺薫であるということを知ったのは、つい先日の事だ。
霧島曰く、元々KAKOというモデルは、ちょっとした有名人ではあったらしい。
その業界で、今や知る人ぞ知る秋月省吾の専属モデル、KAKO。
秋月省吾と共に、かなり幼い頃からモデルとして活動しているにも関わらず、どこかの事務所に所属しているわけでもなく、秋月省吾が手掛ける雑誌以外に、その姿を見せる事はなかった。
とはいえ、その限られた環境ながらも精力的に活動していたのだが、突然、ぴたりと姿を見せなくなった時期があったらしい。
元々、数多く存在するモデルの中の一人だ。その一人のことなど、すぐさま忘れ去られるのが世の常というもので、世間的な知名度は皆無に等しかった。
「……はずだったんだけどな」
霧島は、そこで一旦言葉を切ると、溜め息混じりに「とある雑誌で、誰かが話題になることがなければ」と付け足した。
事情は知らないが、本格的な活動は控えてほそぼそ活動を行っていたはずの彼女が、再び注目を浴びる人物と一緒にフィルムに収まっていたのだ。多少なりとも世間的にも話題に上がるのは必然だろう。
尤も、今日の秋月省吾を語るには必要不可欠な存在でありながらも、その正体を知る者はいないことから、稀に姿を見せる度に業界内ではよく話題になっていたらしいが……。そんなことは、翔にとっては知るところではなかった。
「そういうのは疎いからね、薫は」
「悟技さん。抜け出してきて大丈夫なのですか?」
ファンと握手しているはずの翼が、突然背後から話に割り込んできたため驚きはしたが、翔は努めて冷静に切り返す。
「ま、あっちは人気が高い綾奈と薫が居れば大丈夫っしょ。ほい、水分補給」
翔の問いかけに、翼はまるで悪びれた様子もなくケラケラと笑い飛ばすと、手にした飲料水を霧島と翔に投げ渡す。
暦も九月となって夏は過ぎたとはいえ、まだまだ暑さが残っている上に、この人だかりだ。そんな中、ずっと訪れた人々の誘導を行っていた二人には、この救援物資はありがたい。
「ふむ……」
立ったまま飲料水を一口だけ口に含んで喉の渇きを潤わすと、翔はおもむろに翼に視線を移す。
「ん?何?」
自分の分も持参していたのだろう。手にした飲料水を腰に手を当てて豪快に飲んでいた翼が、その視線に気がついて、飲むのを止めて首を傾げた。
「…………」
だが、当の翔からの返答はない。
翼は、怪訝そうな表情を浮かべながらも、再び飲料水に口をつける。
その瞬間だった。
「十分、貴女も魅力的だと思いますが」
まるで朝の挨拶を交わすかのように、爽やかに、かつ自然に翔は言った。
服装は水玉模様のカットソーに、クロップドパンツ。似合っていないとは、到底思えない。ましてや、知り合いという贔屓目無しにしても、部活で鍛えている分、スタイルもいいように見える。
「確かに小野寺さんや菜乃さんも魅力的ではありますが、ご自分を卑下することはないように思えます」
それは、翔にしてみれば至極当然な、翼の姿を流し見た上での総評なのだろう。
特別これといった他意などなく、翔はただ素直な感想を述べたつもりだったのだが……どういうわけか。目の前の翼にしてみれば予想外の発言だったらしく、驚きのあまり飲料水が気管に入ってしまい思いきりむせてしまっていた。
「大丈夫ですか?」
「げほっげほっ……。うん、大丈夫。ちょっと驚いただけ」
心配げに覗きこもうとする翔を片手で制すると、翼は大きく深呼吸してから顔を上げる。
「神凪って、ずいぶんと変わったよね」
「……そうでしょうか?」
「うん。まあ、変に演じて距離をとられる方が嫌だから気にしないけどさ」
「そう言って頂けると助かります」
翼の指摘に動じることなく、翔はそう言って頭を垂れた。
そういえば、随分と前から以前の神凪翔を演じる事を止めてしまっていた気がする。
確かに、当初はあまりの変貌振りに、仲が良かった者は勿論ながら、家族ですらあらゆる意味で驚嘆していたのだ。親睦が薄かった彼女にしてみれば、その程度の変化など些細なことなのだろう。第一印象が、交流を深めるとどんどんと変わっていくなんてことは、よくある話だ。
「あ、そうそう。霧島。薫のことは内緒だからね?」
翼もそれは同じらしい。それ以上特別詮索することもなく、話題は、翔の隣で飲料水を飲み終えた霧島へと移した。
「今回は、親友のためにってやつで、こんなこともう二度としないだろうけど。それでも、そっちの世界じゃ話題になるんでしょ?いい?絶対話すなよ」
翼が、真面目な顔で霧島に言い寄る。
「お、おう」
その勢いに負けるような形で、霧島が小さく頷くのを確認すると、翼は再び笑みを浮かべて、霧島の背中をばんばんと叩く。
「そ、それはいいけどさ。なんで?」
手加減を知らない翼の張り手はかなり痛いらしく、霧島は眉を顰めながら、隠す理由が分からないと疑問を口にした瞬間だった。
「演じることが大変だからです」
「うわぁ!?」
霧島の背後から、ひょっこりと噂の人物が顔を出す。
「小野寺さん。握手会はどうしたのですか」
「綾奈がいるので問題ないでしょう」
一応、KAKOの握手会として開催している以上、その本人が居ないのは致命的な問題のような気がするのだが……。あまりにも平然と答える薫に、翔は「そうですか」としか言えなかった。
「ですが、よくここまで来れましたね?」
薫が座っていた場所は、ここから然程距離は離れていないとはいえ、薫目的の人で賑わっている中を、何の騒動もなく来られるものではないはずだ。
その疑問は尤もはずなのだが、なぜか薫は僅かに驚いた表情を浮かべたが、すぐさま普段の表情に戻ると、見慣れた仕草をして見せる。
「この眼鏡をかけていれば、よほどの事がない場合は誰も気づきません」
握手会で外していたはずの眼鏡を、いつも通りくいっと押し上げて言った。
確かに、お世辞にも可愛いデザインとは言えない眼鏡をかけている分、その印象はかなり違ってくる。だがやはり、一番の原因は別のところにあるだろう。
「演じるって、モデルを?」
「はい」
霧島の質問に、薫は簡潔に返事を返す。
つまりは、こういうことを無表情で話すところが、あのモデルのKAKOとは結びつかないのだ。
しかし、こちらの薫に慣れている者からしてみれば、KAKOとして笑顔を振り撒く彼女の方に違和感があるから不思議なものである。
「真似事の笑顔を量産できるほど、器用ではありません」
「でも、それがモデルだ」
霧島は、まっすぐに薫を見据えて答えた。
薫の言葉に、同じモデルとして活動している者として、何か感じるものでもあったのだろうか。その表情は、少しばかり険しい。
しかし、その視線の先にいる薫は表情を変えず、
「ですから、私にはモデルという職業は無理でしょう」
そう言って、霧島の意見をきっぱり肯定した。
薫のあまりにも単純明快な返答に、霧島も返す言葉が見つからないようで、呆然としている。
「ま、一番合ってそうなのは優だけどね」
そんな薫の言葉は、翼にとっては当然だったのだろう。
「優がいたら、もっと混雑していたかも知れないし、そしたら、今頃こうして私達ものんびり話してられないって。きっと」
呆然としている霧島を横目に、翼はケラケラと笑いながら、再び霧島の背中をばんばんと叩いた。
その翼の言葉に、薫は賛同するかのように小さく頷きながら、視線を握手会の会場に送る。
「とはいえ」
そして、ぽつりと呟く。
その言葉につられるような形で、全員が握手会の会場に視線をやると更に一言。
「さすがに、綾奈一人では限界があったようです」
視線の先。つい先程までは、薫や翼、そして綾奈が座っている姿を確認できたはずだったのだが、いつの間にか、まったく見えなくなっていた。
どうやら、二人が抜け出した分のすべてが、綾奈にしわ寄せとしていってしまったらしい。結果、綾奈は今頃あの人だかりの中に埋もれているのだろう。
「あちゃ。さすがに放置しすぎたか」
「尊い犠牲を払いました」
翼と薫がそれぞれの心境を語った、すぐ後だった。
「二人ともどこいったのーーーー!」
いつの間にか孤立無援状態になっていた綾奈の、今にも泣きそうな声が辺りに響き渡った。
皆様、こんばんは。如月コウです。
少々、ゆっくり構え過ぎていたせいか、日曜日に公開と言っておきながら、冷や汗ものでした。
遊園地編が、普段よりも長いのは登場キャラが多過ぎるせいかと思われます(ぇ)ただ、まぁ普通の小説の一話分、という量では、適量ではないかと勝手に思ってみたり。
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如月コウでした(礼)
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