第66話 問題ないでしょう
遊園地内に点在している、とある売店の前。
一通り乗り物を制覇した優達は、そこで飲料水を購入して小休憩を行っていた。
幸か不幸か。電話を切ったすぐ後に流れた、『あのKAKOの握手会が催される』という園内放送による効果だろう。休日で賑わっていたはずの遊園地は、一部を除いてすっかり人もまばらになっている。
それを好機と踏んだのか。あの小休憩の後も、衣緒はそのペースを緩めず、園内を所狭しと動き回った。結果、ジェットコースター等の人気が高い乗り物も、比較的速やかに乗る事ができて、汐も衣緒も満足気だ。
とはいえ、それに反比例して一緒に来ていたはずの友人達の状況は、きっと想像絶するものになっているに違いないと、いつかの海の出来事を思い返して、優は思わず溜め息をこぼした。
「貴女は、本当に良いご友人をお持ちですね」
その溜め息に含まれた意味を知ってか知らずか。向かい合うように座っていた汐が、優しく微笑む。
「……その心は?」
「入園時にも申し上げましたが……。汐様が未だにご学友達に馴染めずにいることを考慮し、親睦を深めようとお誘いしてくれたのでしょう?」
そう言って再び謝罪の言葉を口にする汐に、なぜだか無性に気恥ずかしさを感じて、優は視線を逸らし、頬をぽりぽりとかいた。
「礼なら、薫達に言ってやってくれ。今回の最大の功労者だろうし」
今頃、大人数相手に四苦八苦しているであろう友人達を思い浮かべ、優は、ただ皆が立てた計画に便乗しただけだと、照れからくるむず痒さを誤魔化すように笑う。
だが、その気遣われた当人は面白くなかったらしい。
「そんなの言えるわけないじゃない」
そんな二人の会話を遮る形で、汐の隣に座っていた膨れっ面の衣緒が割って入ってくる。
「そうやって気を遣って、衣緒お嬢様にお近づきになろうとでも?こちらが望んでいない気遣いを無遠慮に押し付けて、その分の見返りを求めるなんて卑怯。ボクはそんなのいらない。変に気遣われる方が、いい迷惑」
まっすぐ見据えて、衣緒は言い切った。
普段、汐以外とはあまり会話しない衣緒だが、まるで堰を切ったかのように吐き出された言葉は、紛れも無く本心なのだろう。
学校でも、コミュニケーションお断りと言わんばかりのオーラのようなものを醸し出していたことは誰しもが察していた。仮に言葉を交わそうと試みたところで、ただただ不機嫌そうに返事を返す程度でしかなく、会話が成立したとは到底思えない。
知り合って間もないが、その言動や雰囲気から捻くれ者だということは十分に理解していたつもりだが、まさかここまで酷いとは。
「お前な……」
優は軽い眩暈を感じつつもなんとか持ち直すと、衣緒のその物言いを窘めるかのように口を開く。皆の気遣いを無に返すようなその物言いは、さすがに聞き流す事は出来ない。
だが、それよりも先に衣緒の予想外の発言が、優に待ったをかけた。
「それに、相手の気持ちを汲み取る点で言えば、キミも察してあげてないじゃない」
「は?」
察する?こいつは何を言っているのだろうか。
汐の言葉に、優はここ数日間の自分の言動を振り返ってみるが、まったくもって身に覚えがない。
「たぶん、私達の存在が、皆様と優様の交流を妨げる障害になっていると言いたいのだと思われます」
首を傾げる優を見かねたのか。今まで静観していた汐が口を挟む。
「私達が来てからというもの、慣れぬ屋敷の暮らしに加えて、知り合って間もない私達の相手。ご多忙で、ご友人と以前のように遊べていないでしょう?」
そう言って、汐は申し訳無さそうに苦笑いを浮かべた。
「言葉が足りませんが、つまりはそういうことかと」
「なるほど」
「気づいてないなんて……おめでたい奴だね」
汐のフォローにより、納得いったと頷く優を、衣緒はふふん、と小馬鹿にするように笑った。その態度が癪に障った優も、反撃に打って出る。
「まったく……。足りないのはその体型だけにして欲しいな」
ぼそっと。だが、しっかりと聞き取れるような声で呟いた。
その反撃は、衣緒に多大なダメージを与えたらしい。衣緒は、ぷるぷると肩を震わせながら真っ赤になって叫ぶ。
「せ、成長期って言葉を知らないのかー!」
「あればいいな。あれば」
「ふしゃーーーーー!」
優の言葉に、衣緒が手にした飲料水をテーブルに叩きつけて立ち上がると、優へと向き直り威嚇するような声を上げる。今にも飛びかかりそうな勢いである。
その様子に、汐が一瞬、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたが、すぐに笑顔になるとそそくさと椅子をずらして、ちゃっかり安全圏を確保した。
「係員の制止の意味を理解できないような、羞恥心の欠片も無い女に言われたくない!」
係員の制止。それに思い当たる乗り物は、たった一つだけだった。気に入ったのか、衣緒がやけに何度ももう一度と主張して、繰り返し乗ったジェットコースターだ。
「ジェットコースターと羞恥心が、一体どう関係してるんだよ!」
確かに、バイトっぽい係員が汐や衣緒をさておいて、優に乗る気なのかと確認してきたことがあった。
尤も。衣緒が「叫びそうだから心配してくれているのだ」と笑うものだから、深く理由も聞かずに大丈夫だと答えたのだが……。それが羞恥心とどう繋がるかは、優にはまったく理解出来なかった。
「ほら。女としての自覚ない」
まるで理解出来ていない優を見て、衣緒は勝ち誇ったように勝者の笑みを浮かべる。
何か重要な見落としがあるのではないのか?
だが、思い当たる節が無い以上言い返せない。優はスカートをぐっと握り締めて、意味不明な悔しさに耐えていた。
「大丈夫ですよ。故意ではないとしても、ちゃんと押さえていましたから」
そう言って、汐は優を慰める。
その言葉の意味はやはり優には通じないのだが、汐も正直に説明するかどうか判断に迷っていた。
故意でない場合、無意識にもスカートを押さえるという動作を行えたということだ。それは女性としての自覚が少なからず芽生えている証拠でもあるのではないだろうか?
未だに女性としての自分をどこか否定しているような優に対して、女性らしいと褒めるのはことが、果たして正しいのかどうか。
いや。見知ってからそう月日は経っていないが、その間、稀に出てくる口調こそ男性の名残を感じさせるとはいえ、仕草や動作はすでに女性そのものだ。では、女性らしいという言葉は最上級の賛美になるのでは?
「……困りましたね」
喧嘩の仲裁を行おうとしつつも、そんな堂々巡りな考えに、汐は頭を悩ませた。うんうんと唸ったまま、ぴくりとも動かない。
「……暇だね」
「暇だな」
当の本人達も、暫くの間はそれを見守ったものの、あまりにも動かない仲裁役にやる気を削がれたらしく、今では喧嘩もすっかり下火になっていた。
そんな時だった。
「悪い事したかなって……少し気まずくて」
衣緒が、バツの悪そうに視線をあちこちに泳がせながら口を開いた。
「身元を証明するための緊急処置とはいえ、友達と疎遠になるような引越しまでさせちゃったからね。その上、その元凶である私が、我が物顔で友達の輪に入るなんて、相手からしてみればあまり気分の良いものじゃないだろうから」
そう言って、まるで叱られた後の子供のようにこちらの表情を窺う衣緒の姿は、普段では考えられないような可愛らしさがあった。
常に無愛想に不機嫌の重ねがけのせいで、凶悪な顔つきのイメージだけが専行してしまいがちだったが、よくよく見てみればかなり可愛いのではないだろうか。
そう感じると、身長も低く、まだまだ幼さが残る体格だが、それが逆に不安げに揺れる瞳とツインテールに括られた、ブロンドの髪の魅力を際立たせているかのように思えてくるから不思議である。
「遠慮してた?気を悪くするんじゃないかと思って?」
「さっきからそう言ってる」
優の問いかけに、不機嫌そうに訴える衣緒。だが、どういうわけかその態度がほんの少し前と受ける印象とは違ってきているものだから、優は対応に困ってしまう。
「それに、自分自身がずっと付き合っていく人達じゃないからね。衣緒としてのボクが築いた関係は、元に戻った時にそのままお嬢様の関係になるんだから慎重にもなるよ」
そう考えると、どうしても人付き合いが億劫になるのだと、衣緒は苦笑する。だが、その苦笑いとは裏腹に、その言葉には絶対に元に戻るという決意が込められているような気がして、優は少し驚いた表情を浮かべて、「なるほど」とだけ答えた。
そうだ。ずっと理解はしていたつもりだったが……。入れ替わるという事が、どれほどの影響をもたらすか。それは、被験者である優自身が一番理解できるはずだったのに、見逃してしまっていた。
「その……迷惑だった?今回誘ったこと」
「うん」
衣緒の即答に、優は申し訳ないような、そんな居た堪れない気持ちになってしまう。
だがその一方では、肩を落とす優を眺めていると、衣緒はなぜか妙な感覚に囚われていた。
この、人の気苦労を察しているのか察していないのか判断しかねる、言動の数々。思慮深いのか深くないのか。
だが、衣緒から見ても人を寄せつけるだけの魅力がある人物で、傍にいるだけでその優しさを感じられた。それは、衣緒にとって大切なお嬢様にどこか似ている。そう感じた瞬間、衣緒はなぜだか急に自分が張っていた意地が馬鹿らしくなり、優の顔を捉えて微笑んだ。
「けど、そういう迷惑は嫌いじゃない。ありがとう、優」
それは、衣緒が始めて優の名前を呼んだ瞬間。
ほんの数分のやり取りの中で、衣緒にどのような心の葛藤があったかを伺い知る事が出来ない優にとっては、その微笑みは不意打ちだ。
「あ、うん……」
普段見慣れていない笑顔と、名前を呼ばれた衝撃に、優は気の抜けた返事しか出来なかった。
しかし、照れを誤魔化すように、衣緒が最後に小さく「皆にも感謝してる」と付け足すあたりは、さすがは天邪鬼といったところだろうか。
「嫌ってないなら、それでいい。これから仲良くなっていけばいいと思うよ」
「そうだね。すでにお嬢様も交流を行われているようだし、大丈夫、かな」
そう言ってはにかむ衣緒は、純粋に可愛い。
これが衣緒の本来の姿なのだろう。
天邪鬼で、なかなか本心を見せようとしないが、どこか他人を拒絶していた冷たい雰囲気は影を潜め、良くも悪くも子供っぽさがある笑顔を浮かべている。
「……あら?」
その様子に気づいた汐が、不思議そうに首を傾げる。
どうやら自分が黙考している間に、あの不毛とも呼べる言い争いはすでに終了しており、二人は仲直りをしているようだ。
「問題ないでしょう」
どうにも物思いに耽ると、周りが見えなくなるのが悪い癖だが、過程はどうであれ自分が望んだ結果になっているようなので、水を差すのも無粋というものだろう。
悩んだ結果に思いついた言葉が、お茶を濁すようなものだったことは情けないと思ったが、こうした場面で使うのならば問題ないはずだと、汐は満足気に頷く。
尤も。衣緒は、いつもながらの楽観的な自己完結で満足気に頷く汐を、なぜだか疲れきったような瞳で見つめて、静かに溜め息をついていたりしたのだが。
皆様こんにちは。如月コウです。
今回は少し長めになっております。
なかなか仲良し三人組のお話が無く、寂しい思いをさせてしまっていますね(ぇ)
ですが、後数話で遊園地編も終了。
もう少しだけお付き合い下さいませ^^
さて。それと少しばかり皆様にお知らせがあります。
こういったところで公表するのは駄目だと思ったので、ブログにて詳細を書いております。
ご都合宜しければ、そのご意見・ご感想お待ちしております。
勿論、こちらでのコメントや評価もお待ちしておりますw
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となっております。
如月コウでした(礼)
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