第65話 友達の定義
「予想外です」
普段と変わらぬ台詞に、幾分かの不満を乗せて、小野寺薫は呟いた。
神凪翔が、優との電話連絡を終えて、すでに一時間以上経過している。だが、多少置かれている状況に変化があったものの、四人の現在地にさほど変化は無かった。
尤も、現在地においては変化こそないが、四人が置かれている立場には多大なる変化があったりするのだが。
「人……少し多過ぎないですか……?」
綾奈が、自分の眼前に広がる予想以上の人の群れを目の前にして、苦笑いとも泣き笑いとも取れる複雑な表情を浮かべる。
「ま、私にはなんとなくこうなると思ってたけどね。なんせ、あのKAKOの握手会なんだから」
翼が、薫に視線を送る。
「予想外です」
「……薫ってホント、そういう事に関しては疎いよね」
眉を顰める薫に、翼は溜め息をつく。
翼が破壊したゲーム機の弁償の代わりに提案された、即席ながらも設けられた握手会場は満員御礼。
薫自身は、己を有名人だと自負するつもりも、父親が有名なファッション雑誌を手掛けているとも思ってなどいないのだろう。だが、以前掲載された雑誌の数ページが、どれだけ話題になっているのか、元々そういった事に無頓着な薫には理解出来ていなかったようだ。
「ですが、これで当初の目的は達成出来るでしょう」
「それは……そうだけど」
普段通り無表情に事を進める薫に、翼に続いて綾奈も溜め息をつく。
自分の事には疎いくせに、それ以外の事には計算高いのだから困ったものだと、翼と綾奈は顔を見合わせて苦笑し合う。
「図らずとも、少なからずこの握手会が行われている間は、優さん達は誰にも邪魔されず、この遊園地で親睦を深められる、という事になりますからね」
人員整理が一段落ついたのだろう。設置された会場の裏から姿を見せた神凪翔が、まるで、彼女達の心を見透かしたかのように呟く。
「そう、ですね……」
綾奈が、その言葉に複雑そうな笑みを浮かべる。
ここにいる三人は元々そのつもりで優達を誘った事は、翔には察しがついていた。勿論、その気持ちを汲んで、優が頷いた事も。
「けど、二人の間に何があったかは知らないけど、やっぱり姉妹が仲良くないのは駄目だろうからね」
それでも。そうする理由はある、と。翼は笑う。
「それぐらいの対価が無いとやってられません」
感情の起伏が感じられないが、彼女なりの優しさが込められた声色で、薫が答える。
「……(いつだって自分よりも相手を優先、ですか)」
そんな三人の姿に、翔は言葉にせず、ただ静かに微笑む。
三人が感じている不安。それは、七瀬汐・衣緒の登場で出来てしまった優との距離。
優が、いくら気配り上手とはいえ、関わる人間が増えれば、その分薫達と関わ時間が減ることは、どうしようもないことだ。
だが、我々にしてみれば、衣緒達によってもたらされた変化とは、第三者の関与によって生み出された、今を壊すエラーのようなものでしかないのだ。
そこまで考え至って。翔は初めて、自分が最近感じていた、優に対しての不可解な怒りの原因に気がついた。
居心地が良かった今までを壊そうとしている、七瀬汐・衣緒達は然ることながら、それに同調した優に、自己の友人としての好意が裏切られた気がしていたのか。それは独占欲とも言えるべき感情。
忘れていた。『一緒にいたい』という願望は、本来いつだって自分勝手な考えで。自分が持つ好意と、同等のものを相手に望み。それが叶わず、傷ついたフリをして相手に理不尽な怒りをぶつけるだけならば、とても容易い事を。
だが、この三人は、そういった感情よりも、優の気持ちを優先させた。
七瀬衣緒が、周りを拒絶して孤立している事を案ずる、優の優しさ。それは、親友である彼女達が良く知っている優の美徳なのだ。それを否定してでも、自己の寂しさだけを主張するだけの片道切符の関係などではなく、お互いの思いを理解し合える関係。
それこそが、彼女達が望む関係であって、翔自身が居心地が良いと感じられた関係なのだと思い至り、自分の行動を思い返して苦笑いを浮かべた。
「若さゆえの過ちというものです」
どこまで心中を察したというのか。その様子を横目で見ていた薫が、そう言って、翔の背中をぽんぽんと叩く。
「ちょっと寂しいですけど、今だけ我慢ですよ」
それに追随するかのように、綾奈が微笑みかけてくる。
自分以上に、友人として優へ好意を抱いている彼女達がこうして笑っているのだ。過去の行いと自己への反省を糧として、再び変化した優との関係を楽しむとしよう。
そんな事を考え、翔はもうすぐ開始される握手会の準備の手伝いへ、再び向かうのだった。
お待たせしました!
無事に65話を掲載出来たのは、読者様の温かい声援のおかげです。多謝!
片道切符の好意。それは恋愛感情だけではなく、人と関わっていく中では、よくある落とし穴だと思います。
第三部では『変化』という言葉がよく使用されます。それはとても様々な変化で、この関係の変化もその一つです。優の立場という変化があれば、その周りにも変化が訪れる。
突拍子のない空想のお話だからこそ、そういった心情の機微は綺麗に描写したいと思っております。
それが面白くない場合が多々あるのは、単なる作者の力量不足ですがorz
それでも、楽しんでもらえる様に頑張ってこそ書き手の本分。精進いたします。
お手紙、コメント、感想大歓迎です!文法的におかしな部分、読み難かった部分があればご指摘、もし宜しければお願いします。
それでは〜。如月コウでした(礼)
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