題64話 二人だけの関係
「あ、次はあれに乗ろう!」
昼下がりの陽光が、容赦なく俺達を照りつけている午後。
俺達は、体力と好奇心が尽きる事ない衣緒に振り回されていた。動く度に揺れる、飾りのリボンがついた、動き易そうなショートパンツが、彼女の活発さに磨きをかけているようにも感じられる。
「す、少し……休憩させて」
その一方で、俺は完全にグロッキー状態だ。
真夏日は過ぎ去ったとはいえ、異常気象やらでまだまだ残暑が残る9月。こうも元気に動き回る、さながら小動物のような衣緒についていくには、かなりの労力が必要になる。
「元気ですね」
言葉とは裏腹に、その笑顔を崩さぬまま、俺が腰掛けているベンチへと腰を下ろす汐。
「どうして汐は平気なんだ……?」
「立場こそ逆にはなりましたが、元々の関係自体は変わりませんから」
汐の言う関係とは、つまりは、今、こうして衣緒が元気良く走り回り、それを汐が見守っているような事なのだろう。
それを証明するかのように、俺の横に座る汐の目の前で、地団太を踏む衣緒を見つめる瞳には、優しさに満ち溢れている。
立場こそ違えど、二人の間には、ちゃんとした信頼関係が築かれている。
それが知れただけでも、今回無理やり二人を誘った事にも意味を見出せるというものだ。
普段の二人に感じられる違和感。それが何なのかを知るには、七瀬衣緒、汐という人物について無知すぎる気がする。
今回、少しでも二人を知る事が出来れば。それだけでも、十分過ぎる収穫だと、俺は思う。
「……ですけど」
一瞬、そんな物思いに耽っている俺の横顔を流し見て、汐は目を伏せて笑った。
だが、次の瞬間、
「そうはいられないと、衣緒様は考えてらっしゃるようですが」
そう言って、視線を再び衣緒に向けた汐の瞳は、寂しげに揺れていた。
「……髪型」
「え?」
二人を包む沈黙は、そんな言葉で破られた。
汐の寂しげな瞳に、言葉を失っていた俺は、その突拍子のない言葉に目を丸くした。
だが、その言葉の意味は、汐と、その視線の先に移る衣緒を見比べれば、それが二人の外見的な共通点だという事に気がつく。
そういえば、内面で見れば確実に真逆な二人だが、外見的から言えば、汐が少し黒の中に紫が入ったような髪で、衣緒がブロンドの髪という以外、あまり相違ないように思える。
汐が言ったツインテールという髪型が、それを更に際立たせている事には違いない。
「以前お話したように、髪の長さや色を変化させる事は、私達も、あなた達同様に不可能です」
そう言って、言葉を一旦区切り、汐は立ち上がった。
そして、
「ですが、それは既存の状態での髪型の変更までも縛れるものではありません」
髪を括っていた紐を解き、その腰まで届く長い髪を風になびかせた。
紫がかった黒い髪が、太陽の光に照らされ、美しい光沢を放つ。
「つまり、二人とも同じ髪型にする必要性など、本来皆無なのです」
それはつまり、どちらかが故意に片方の髪型を真似ているのだろう。
汐の物言いからして、汐自身はその事をあまり良くは思っていない様子だ。そうなれば、必然的に真似をしているのは、衣緒ということになる。
だが、その事を知ったところで、その言葉の真意が分からない。分からない以上、俺は返す言葉を失う。
「…………ん、と」
その真意を問おうと口を開くが、上手く言葉が続かない。まっすぐに見据える寂しげな瞳に、俺は気圧されていたのだ。
しかし、このまま硬直していても仕方が無い。
意を決して、佇む汐と向かい合うように立ち上がろうとした瞬間だった。
「……“七瀬衣緒”という地位が、相応しい人物に移っただけ。それだけなのに」
「え?」
それは、汐の独白に似た呟き。だが、その呟きは、
「衣緒様を泣かすなーーー!!」
怒号と共に繰り出された衣緒のドロップキックによって切り裂かれた。
「……って、いきなり立ち上がるの反則ーーー!?」
名前を呼び間違えるほど、冷静さを失っていたのだろう。
十分に助走までつけた後、跳躍。華麗に空を舞った現衣緒は、何か言おうと意を決して、立ち上がった俺が座っていたベンチを貫き、その勢いのまま芝生の上を転がっていった。
「衣緒様!」
珍しく汐が声を荒げる。転がり終えたものの、獲物を仕留められず、悔しそうに顔を渋めている衣緒に詰め寄っていく。
「靴底に鉄板を仕込んでの攻撃の危険性は、常々申し上げていたはずです」
汐が怒るのも、至極尤もだ。
あれは人に向けて放つ技ではないことは、無残にも砕け散ったベンチが教えてくれている。こんな致死レベルの攻撃を繰り出す主人を、怒らないメイドがこの世にいるわけが無い。
「攻撃力がある分、回避された場合の隙が大きいのですから」
「それを怒るのかよっ!?」
だが、このメイドは違う方向にベクトルが回っていたらしい。
主の素行を怒るのではなく、確実に相手を仕留められない手段を取った事に対して、酷くご立腹の様子である。
「では、奇襲に対して声を出すとは何事ですか?」
「いや。そんな可愛らしく首を傾げられても……」
どうやら俺のツッコミで、怒るポイントが違うという事は理解したらしいが、相手を殺すという間違った前提自体は捨てる気が無いようだ。
「そもそも、相手を殺す事を前提にしているのがおかしいだろ」
げんなりとした表情で、怪訝そうに眉を顰める汐に進言する。
暫くの間、汐は俺の言葉を何度も小さく復唱しながら黙考し、吟味した後―
「なるほど。理解しました」
と、手を合わせて納得しましたと言わんばかり仕草で答えた。
再び衣緒に向き合うと、汐は衣緒の肩を掴み、まっすぐに見据えて、厳かにその口を開いた。
「飛ぶとは何事ですか」
「お前の頭のネジが飛んでいて何事だよ」
「相手を仕留める事ばかりに意識がいき、相手の反撃は想定していませんでした。確かに、飛べば相手の反撃に対しての対応は難しいでしょうね。お見事です」
間違った方向に解釈した挙句、なぜか俺が褒められた。まったくもって意味不明である。この調子だと、何を言っても無駄に終わるだろうと感じた俺は、お手上げと言わんばかりに両手を上げる。
「すっごく馬鹿にされてる気がする」
「同感です」
「とにかく。休憩もしたことだし、もう暫く、集合時間まで三人で遊び回るとするか」
説得するのも、説明するのも面倒なので、話半分に二人の不服申し立てを棄却し、足早に歩き出す。
「致し方ありませんね。この件に関しましては後ほど小一時間ほど問い詰めるとして、今は時間を有意義に使いましょう」
物騒な物言いながらも、歩を揃えてくる汐。
だが、もう一人の気配が感じられず、後ろを振り返ってみると、どういう訳か、衣緒がその場に留まり、不機嫌そうな顔で前を行く俺達を睨んでいた。
「衣緒?」
怪訝そうに首を傾げる俺の呼びかけに、弾かれたように衣緒が走り出す。そして衣緒はあっという間に、俺達を追い抜かしていく。
「…………」
その後姿を見送りながらも、俺は、すれ違いざま、吹き抜けた風が残された、衣緒の言葉の意味を考えていた。
「……“そんなの望んでない”」
その言葉を俺が反復した瞬間、隣の汐の肩が僅かに震えるのを感じた。
お待たせ致しました(ぺこ)
汐と衣緒の関係が、ほんの少し見えてきた……ように感じてもらえたら嬉しい気がします(弱/ぁ)
遊園地では、色々な人物の関係について描写したいと考えております。
関係に変化が訪れる時期、のような感じでしょうか?
シリアス部分が多いとは思いますが、お付き合い頂けると幸いです。
お手紙、コメント、感想大歓迎です!文法的におかしな部分、読み難かった部分があればご指摘、もし宜しければお願いします。
それでは〜。如月コウでした(礼)
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