第63話 それぞれの関係
よくよく考えてみれば、この状況は予想出来たのではないだろうか。
遊園地という広大な遊技場とはいえ、そこは、帰る選択を取らなかった以上、ある種の密閉空間だ。有名人が大人数で逃走を試みたところで、完全に取り巻きを撒くには無理があった。
最初こそ全員で逃げていたが、一人また一人と知らない間にその姿が見えなくなっていった。
そして現在。逸れてしまった全員と連絡をとっている最中だ。
『素直に、自分達の足が人一倍遅かったと認めませんか?』
「そうとも言う気がしないでもない。そもそも、スカートは運動に適していないのだ」
いくら女の体に慣れたと言えども、普段着慣れていないオーバーレースワンピースなどといったヒラヒラの服装で、全力で走れというのが酷というものだ。
ただ、別に全力疾走が出来ない訳ではない。公衆の面前で、漫画的に表現するならば、一種の読者サービス的な犠牲を払えば、出来なくも無い。
しかし、だからと言って、恥も外聞も無く逃げれるほど、人間としての羞恥心を捨てる訳にはいかない。
そう。決してそれは、女としての無自覚な照れなどではないと、ここにしっかりと表記しておきたい。尤も。ここには居ない、同じくスカート着用の綾奈は、器用に全力疾走して、俺をぶっちぎっていった訳だが。
『……別にいいですけどね。それよりそちらはどなたとご一緒なんですか?』
俺が心の中の自己弁論に奔走している最中。翔が呆れ果てたかのように、電話越しにも聞こえるような溜め息を交えて、こちらの状況を確認してきた。さり気なく行ったであろうその仕草は、なぜか翔の中にあった怒りが緩和したように感じさせる。
『ちなみにこちらは、ゲームコーナーで仲良し三人組さんと霧島さんがご一緒しております』
翔の言う所の、仲良し三人組というのは、悟技翼、小野寺薫、菜乃綾奈のことだろう。
『つ、翼ちゃん!?それ、出てきたワニを踵落としで破壊するんじゃなくて、横のハンマーで叩いて、叩いた数を競うゲームだよっ!?』
『え?そうなの?』
『綾菜、すでに手遅れです。半分以上屍と化しました』
なにやら、翔の背後から漏れ聞こえてくる三人娘の声が、空恐ろしいものだったりするのだが……。そう考えると、翔の先ほどの溜め息には、俺に対してだけではなく、その三人の相手をしていることからくる疲労もあるのではないかと思ったりする。
『優?変な男に声かけられたりしてないか?』
そんな中、突然割って入ったのは、霧島京一。
心配してくれるのはありがたいが、彼の気遣いというものは、一定以上の好意からくるものだとは、なんとなく気がついている。
それは、他の誰かと接する時の霧島と、唯一、あの海岸で見せた、本人曰く本来の霧島京一
で俺に接してくる姿を見れば一目瞭然だ。
勿論、それが恋愛感情からくるものなのかは、経験が無い俺には未だに計り知れない。
ただ、演じずに居られる人間が傍にいるという安心感は、俺も経験がある以上、邪険にするのはどうにも気が引けてしまうのだ。
とはいえ、必要以上に仲良くなる事も、正直遠慮願いたいのが今の本音である。
「私は大丈夫だから」
ゆえに、必要最低限の返事だけを返す。
「―私は、衣緒と汐の二人と一緒。ってことは、残るは、吉良と藍璃か」
『そういうことになりますね』
電話が、再び翔の手元に戻った事を確認するように、独白した言葉に翔が同意する。一番最悪な組み合わせが残ったものだ。出来れば、電話することすら控えたい。
『藍璃さんと吉良さんは、どうやら行動は共にしているそうですよ』
「あ、そうなんだ?なら、安心かな?」
『ちなみに、現在地はお化け屋敷でした』
「…………それは」
二人のお互いの利害が、見事一致した上の選択だったのではないのだろうか。
ちなみに、吉良が暗闇に乗じて抱きつく算段。そして藍璃が、暗闇に乗じて吉良を殺る算段である。
『現在地が分かった事は素直に喜びましょう』
俺が、色々な意味で二人の安否を案じている時、翔は、そう言って一旦言葉を区切り、
『ですが、すぐに合流しても先程の二の舞でしょうし、このまま少人数で楽しむ方が得策かと思われます』
現状での妥協案を提示してきた。
確かに、ここで合流して大人数で行動なんてしようものなら、目立つことその上ない。そうなれば、先程の騒ぎで浮き足立って探し回っている客に発見される事は目に見えている。
「んじゃ、少しの間このままで。日が暮れるぐらいに合流すれば問題ないだろう?」
『そうですね。暗闇になれば、発見される恐れも少なくなるでしょう』
今回の首謀者である仲良し三人娘によれば、夜には花火による催し物もあるらしい。
「さて、と……」
夕方に再び連絡を取り合って合流する事を約束し、手にしている携帯電話を閉じる。
(「そういえば、翔がどうして不機嫌だったのか理由聞いてなかったな……」)
それと同時に、いつの間にか元通りになっていたやり取りに満足してしまい、不機嫌さの原因に対しての言及を忘れていた事に気がつく。
ポケットに仕舞い込んだ携帯電話を再び手にし、通話記録を検索しようとした矢先。
「「…………」」
背後から感じる、不機嫌そうな視線と、それをどこか楽しそうに眺めている視線を感じて、振り返る。
「……あによ?」
明らかに不満そうな視線のまま、素直に不満を口にする衣緒。その姿は、構ってもらえなくて拗ねている小学生のようである。
「遊園地なんて久しぶりで、興奮を隠しきれない状態でお預け状態なので、少々衣緒様は不機嫌なんですよ」
困りあぐねた俺を見兼ねたかのように、汐は助け舟を出してくれた。
ただ、
「ち、違う!ボクはただ、こんな小さな遊技場が物珍しくてっ……!」
「そうですか。良かったですね」
状況が好転しているかどうかは疑問だが。
それでも、汐の発言は的を得ているのは確かだろう。真っ赤になって否定する衣緒は、確実に小学生だ。
「……お前。また失礼なこと考えてたろ?」
胸元を掴まれ、凄まれる。カツアゲされている気分だ。ただし、小学生に。
「ふしゃーーーー!」
「またかよっ!?」
最近分かったのだが、どうにも衣緒は身体的特徴に対しての言動には、かなり敏感に反応する。それはまさに獣並みに、だ。
「衣緒様。あちらで、この遊園地のマスコットキャラが風船を無料配布してますよ。一ついかがですか?」
汐が指差す方向には、猫をモチーフにした可愛らしい着ぐるみが、周りにいるお客様に風船を手渡ししていた。ちなみに、周りにいるお客様は、主に小学生だ。
「え、ホント!?」
「それは応じるんだ!?」
その言動は、自発的な、自分は心もお子様であるというカミングアウトなのではないのだろうか。
そんな疑惑の眼差しも、風船を無事に受け取った衣緒には通じないらしい。手にした風船を眺め、満足気だ。
「……ったく。本当に子供だな」
「……えっ!?」
呆れ顔で振り向いた俺に対して、汐は驚いたように小さく声を上げた。そして、俺はそんな汐に次の言葉をかけられずにいた。無邪気に笑う衣緒の姿を、どこか憂いを帯びた瞳で捉えていた汐の姿を見てしまったからだ。
「そうですね。ですが、あれが本来の衣緒様ですから」
安堵の溜め息のようにも感じられる深い溜め息、そして、微笑みと共に囁かれたその言葉に、俺はますます返す言葉を失ってしまう。
「お心遣い、ありがとうございました」
視線は衣緒に向いたまま、汐は独り言のように呟いた。
「えっ!?」
今度は、汐の言葉に俺が驚きの声を上げる。慌てて、その意味を問おうと、汐の表情を伺ったが、その疑問の答えは視線の先にある、衣緒の笑顔だとすぐ気がついた。
これは俺が考えた事じゃない、とか。一瞬、色々な言葉が脳裏を掠めたが、どれも今の汐に対して、適切な言葉じゃないような気がしたので、
「うん」
一言だけ、短く返事をする。そして、風船を手にしてはしゃいでいた事を悟られて、居心地が悪そうに獣化して、叫ぶ衣緒へと歩み寄る。
家では、その広大な広さゆえか、お互いに不干渉が暗黙の了解になってしまっている部分はある。
だが、こうしてせっかく二人と接する機会なのだ。皆と合流するまでの時間、同じ境遇に身をおく者同士、少しでも相互理解を深めていて損はないだろう。
尤も、それを行うにあたって、今の俺の最重要優先事項は―
「がるるるる」
唸っている元お世話係、現お嬢様である衣緒をなだめる必要があるわけだが。
生きてますよ?(挨拶)
大変長らくお待たせいたしましたorz
これだけ空けてしまっているので、このまま連載休止かと心配された方がおられましたら、ごめんなさい(滝汗)それは無いので、ご安心くださいませorz
頂いたコメントやお手紙、とても励みになりました。感謝です!
余裕があれば、ホームページでイラスト掲載とかも考えてますが、果たしてその余裕があるかどうかorz
お手紙、コメント、感想大歓迎です!文法的におかしな部分、読み難かった部分があればご指摘、もし宜しければお願いします。
それでは〜。如月コウでした(礼)
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