第6話:新しい日々とかつての日常
どこかのテレビで聞いた事がある。
“オカマがなぜ男性の心を捉える事が出来るのか?”
それは、元は同じ同性ゆえに、世の男性が女性に望むものを理解しているからだそうだ。
しかし、肉体を完全に女性として変化させるのは不可能で、やはりその最後の一線が越えられない事が悩みだ、と。
そんな情報番組をお風呂上り、リビングをトランクス姿で闊歩しつつ、その姿を妹の藍璃に非難されながら聞いていた事がある。
テレビに映し出された映像は現実の世界でのお話。
それを俺は、いつも通りにどこか遠くの、違った世界での出来事のように無関心に眺めていたものだ。
しかしまことに遺憾ながら、ワンクイックで、その一線を軽々しく越えてしまったのは俺、神凪翔…否、今はすでにもう神凪優なのだが…どうするべきか。
人間ドックの必要性を訴えてまで診断してもらった、病院のカルテの性別の記入欄に書かれた“女”という文字。
現代医学のお墨付きである。もはやその答えは決まっている。
「うわ〜…。優さん、凄く素敵です」
「……あははは」
一週間前と同じように、目覚めた時刻は午前6時30分。
今では幾分か俺自身の私物が置かれている、元々父親がゲストルームとして空けておいた部屋の中。
俺は愛璃と共に、そこに置かれた姿見の前で、その美しく流れるようなセミロングの金髪を、さも面倒くさそうに何度も触りながら苦笑いを浮かべる。
その身に纏っているのは、俺が通っていた峯苫高校の制服。
ただ違うのはやはり、その制服が女物であるという一点。
「おはようございます、おじ様、おば様」
「あら、おはよう〜優ちゃん」
「優ちゃんおはよう」
着替えが完了したので、階段を下り、リビングへと足を運び両親と挨拶を交わす。
いつの間にか定位置になった席に腰を下ろすと、目の前にいるはずの男の姿がいない事に気がつき、あまり深く考えずにその疑問を口にする。
「あれ?翔は?」
「あ、翔は日直だからとかで、少し前に行っちゃったわよ〜」
(……野郎。また妙な真似を)
心の中で悪態をつく。
どうも奴が俺にすり変わってからというもの、どんどん自分のイメージが爽やか好青年化していって気持ち悪い。
愛想ひとつも振り撒けない最低の愚息と噂していた近所のおば様方に、今では『翔君の爪の垢を煎じてうちの子供に飲ませてやりたい』とべた褒めされるぐらいである。
そのあまりに爽やか振りに、一番の理解者であるはずの両親と妹に疑問をぶつけた事もあった。『あれはどう見ても神凪翔ではないのではないか?』と。
そしてその返答が…。
『何処かで頭ぶつけて、記憶がとんじゃったんだろうけど、評判もいいみたいだし、都合がいいからこのままにしておきましょう♪』
と、生みの親である両親には爽やかに答えられてしまった。
極めつけは藍璃である。
『今までのお兄ちゃんは、実はお兄ちゃんじゃなかったんです。先日やっと本当のお兄ちゃんが帰ってきて…』
今までの俺を全否定である。
だが家族は知らない。奴が神凪翔として過ごして二日目の夜、『自分の扱いが酷過ぎる』と泣きを入れてきた事を。
そこで始めて俺は、他人だとトラウマになるような日々を平然と過ごして来たのだと知った。
慣れとは本当に恐ろしいものである。
感慨深げに箸を口に銜えていると、三方向から視線を感じたので、そちらに視線を移すと、そこには三者三様の表情を浮かべる両親と妹。
「挨拶を交わして、すぐ翔ちゃんの姿を探すなんて…」
まるで夢見る少女のような瞳な母。
「そりゃ記憶喪失になって、一目見て唯一覚えてる自分の名前を呼んでくれた相手がお兄ちゃんなんだから。いないと不安なんですよね?」
そう言って微笑みかける藍璃。
「しかしこんな可愛い子と知り合えるなら、お父さんもパソコンを始めようかな」
笑っているが、結構本気で考えているような父。
そんな三人の視線に居心地の悪さを覚えて、残ったおかずと御飯を口へと放り込むと、すぐさま席を立つ。
「いってきます」
返事も待たずに、玄関を抜け外に出る。
体全体に浴びる、春の穏やかな太陽の光。
(そういえばバタバタして外に出るの久しぶりだな…)
少しは慣れてきたとはいえ、未だに違和感を覚えてしまう体で精一杯背伸びする。
「いい天気だ」
目を細めながらも、空を見上げる表情はどこか晴れ晴れとしている。
災難続きの日々だったが、少なからず学校に行けば、馬鹿をやって騒げる仲間達がいる。
馬鹿騒ぎすれば、この落ち込んだ気持ちも幾分かは晴れるだろう。
そう考えると、自然と学校へと歩を進める足取りは軽やかだった。
勿論、この考えは“自分が普段通り男だったら”という事が大前提なのだが―
「まだ時間的には余裕だが…うっし。久々の登校だ。少しぐらい早く着いて、驚かせるのもいいかっ!」
脇目も振らず、その金髪を靡かせて駆け出す。
人間そう簡単に習慣は抜けないものだ。
ある程度いつも通りの生活が行われてしまえば、必然的に過ごした時期が多い“神凪翔としての日常”にスイッチが切り替わってしまう。
そんな元気よく走り去る優の後姿を、遅れて玄関から出て来た藍璃が見送る。
そして一言。
「優さん、今から急いでも電車の待ち時間が長くなるだけなのに…」
と、呟いた。
……どうやら神凪翔として過ごした時間が長過ぎたため、無駄に張り切っても報われないようになってしまっているようだ。
未だに主要キャラが登場していないのは仕様です(挨拶)
まず始めに。
コメントを残してくれた方は勿論ながら、再びこの小説をお読み頂いている皆様には最大の感謝を。
この物語。実はあまり深く考えずに打ち始めた物語なので、どうなるかが筆者である私自身もまったく予想がつきません。
ですので、一寸先も闇の手探り状態での執筆で不安はあるものの、皆様の応援でなんとかやれてるのが現状です。感謝しております(平伏し)
評価やコメントを残して下さると、今後の執筆においての課題や創作意欲へとつながっていくので嬉しく思います。
それではまた次のお話の後書きで会いましょう。
如月コウでした〜(礼)