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第58話 現実的な非現実

 再び訪れた屋敷の中。衣緒に案内を申し付けられた汐の後を追う。

 突然の出来事とはいえ、それでもやはり性別が反転してしまった時の事を考えると幾分か冷静でいられるから可笑しな話である。

 衣緒はその心情を知ってか知らずか。それを深く言及する事も無ければ、こちらから質問しない限りは必要最低限の情報を無条件で教えてくれると言うこともその要因の一つだろう。

「……このような突拍子の無いお話。よくご了承して下さいましたね?」

 何度目かの部屋の説明を終えて、その扉を閉じようとした時だった。汐がふと、そんな疑問を口にした。

「そうだね。でも、あのまま記憶がありませんからお世話になりますっていうのは無理があっただろうしね」

 溜息混じりに答える。確かにその言葉に偽りは無い。

 神凪優という存在は、あの家族の中においては異質なものである事には違いないのだから。

 家を飛び出して来た家出少女。そして運悪く何らかの理由により記憶を失い、さ迷い歩いていたところ、偶然出会った神凪翔により保護された身元不明者。

 本来ならば、即警察に御用となるべき存在であったはずだが、両親のご好意に甘えて居候させてもらっていたというだけなのだ。

 しかし、各方面で有名な七瀬家の長女とすれば、記憶喪失として偽り、身元を明かさなかった理由としては充分すぎるように思える。

 そして何より。社会的な地位としても存在を確立できる上に、この身に降りかかった出来事を理解している人間が全面的に保護してくれるという条件付でもある。

 ならば、突拍子がなかろうとも衣緒の申し出を断るという選択肢は自然と失われてしまうというものだ。

 だがしかし。そこで新たな疑問が浮き上がる事となる。

 それは“神凪優”として生きるキャラクターから、“七瀬優”へのキャラクターの変更が可能なのかどうか。

 以前、俺は髪を染めるという行為を“キャラクターの設定変更に当たる”と翔に窘められた事があったからだ。

「問題ありません」

 こちらの不安を他所に、飄々とした表情で汐は言い切った。

 その言葉に、こちらでは知り得ない情報を持っているという事を改めて認識してしまい、少々それが不平等な気がして面白くない。

「……貴女は本当に可愛い女性ですね」

 その心情が顔にも出ていたのだろう。どうにも不機嫌そうに頬を膨らませていたらしく、それを見た汐が上品に笑う。

「そうですね。確かに衣緒様が望むいわゆるギブ&テイクの関係を構築するためには、こちらの情報も開示する必要もあるでしょうね」

 そう言って静かに微笑み、汐は『翔様もある程度はご説明されたかと思いますが』とだけ付け足して口火を切った。

「問題なのは、髪を染めるという行為自体ではなく、髪を染めようとしても染まらないという通常有り得ない状況を皆様に露呈してしまう、という事です。すでに固定されてしまっている設定は変更できず、髪は染められないですから」

「いや、それはなんとなく理解はしてるんだが……」

 俺が聞きたいのは名前も固定された設定であって、それを変更する事は可能なのかどうかという事だ。

「そうですね…。夢幻学園で“YOU”として固定した情報を歪める事は出来ませんが、追加するなら可能と言えばご理解して頂けるでしょうか?」

 しかし、その疑問を口にする前に、汐は俺の言葉をそう言って遮った。

「髪という情報はすでに存在しており、そこに新たな情報を追加する事は不可能ですが、名前という情報に苗字という情報を追加する事は可能という事です」

 確かにその理論でいくならば現状は頷ける。

 が、その実汐の言い分はおかしい。それならばすでに俺は“神凪”という設定を付け加えていた。髪という情報が強制的に外部からの変更を受け付けないと言うのならば、すでに固定された神凪という苗字の情報も外部からの変更は受け付けないはずだ。

 疑惑の目を向ける俺に対して、汐は少し困ったような笑みを浮かべ――


「そもそも貴女は、この現実世界において神凪という情報では明確な設定はなされていないでしょう?」


 と、俺の考えを根底からひっくり返す言葉を言った。

 つまりは神凪優という設定は、俺の周り……しかも酷く限定された場所でしか存在していないと言う事を指し示しているのだろう。

 単純だが現実的に考えれば尤もな話だ。今の俺――七瀬優には紛いなりにも戸籍までも存在している。だが、神凪優にはそれが無い。つまりは元よりあった優という名前以外に、俺には今まで何も無かったという事実。

「あ〜と……?」

 ここまで明確に、非現実な出来事において現実的な違いを突きつけられてしまっては言葉に詰まるというものだ。

 そんな俺に対して――


「貴女は神凪としての社会的地位も無いでしょう?身元不明者なんですから」


 同じく非現実的かつ元身元不明者であるはずの汐が、さも当たり前だと言わんばかりに言い放ったのだった。


更新が遅くなってしまって申し訳ないです。

なかなか前に進まない…orz

気管支炎のため体調が芳しくなかったですが、多少は回復しました事をここで報告させて頂きます。

最近しなければならない事が多く、更新が滞りがちですが、完結までは必ず書き上げるつもりです。

もし宜しければお付き合い下さいませ。

お手紙、コメント、感想大歓迎です。文法的におかしな部分、読み難かった部分があればご指摘、もし宜しければお願いします。

それでは〜。如月コウでした(礼)

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