翼の意外な特技!?2
そしてあっという間に放課後になってしまった…。
教壇に立つ2−4組の担任、萩原庄司が連絡事項を言い終えると、挨拶を済ませると教室を後にした。
部活動や帰路に着く者達も皆、それを追う形で各々の準備をし終えると教室から出て行く。
さすがの俺も、この学校に転校してきて随分と経って馴染んできたのか。
そんなクラスメイト達と爽やかに挨拶を交わしつつ、教室の扉に手をかけて―
「ふっふっふっ…逃げようたってそうはいかないよ」
自然な流れでの逃走を試みたが無理だった。
翼は俺が逃げられないように肩を掴んで、そのまま腕を絡めとる。しかもその周りには料理特訓の知らせを聞いた女生徒達もいる。
皆どうあっても、俺に料理をさせたいらしい。
(死人が出るぞ…たぶん)
心の中で悪態をつく。しかし悲しいかな包囲網は完璧だった。
「何事にも諦めが肝心です」
その隣で、黒縁眼鏡を中指で押し上げて、薫は無表情に言い放つ。
「大丈夫ですよ」
綾奈が微笑む。
どうもこの三人が結託してしまうと、俺には拒否権というものが無くなってしまうらしい。
そのまま両脇を固められ、連行されていく俺の姿を見送りながら、クラスメイト達は一週間後の調理実習を心待ちにするのであった。
そして辿り着いてしまった我が家のキッチン。
ここまで来てしまったのなら、もう腹を括るしかあるまい。
皆と同じように、制服の上からエプロンを身に着けて、戦闘準備完了である。
ちなみに先に断っておくが俺は、自慢ではないが致死量レベルの料理音痴だ。
それをたかだか調理実習が行われる一週間後という短い時間で、常人が食する事が可能なレベルにまで到達するとは、到底思えない。
それは翼の腕前がどうであれ、だ。
だから―
「“さ”は?」
「砂糖」
「うん。“し”は?」
「塩」
「おーなんだ、知ってるじゃん。“す”は?」
「酢」
「そうそう。“せ”は?」
「正●丸」
「…最後。“そ”は?」
「掃除」
料理の“さしすせそ”というものに答える事になった。
実際の俺の腕前を知らない翼は、最初にどれほどの知識があるのかを試すためと称して、俺へそのような質問を投げかけたのだ。
薫の事前の情報曰く『料理の基礎として知られる言葉』らしいので、俺が料理を作る際に必要なものを答えてみたのだが…。
こんな良く分からない質問で、この三人は俺の何を推し量ろうとしていたのだろうか。
まったくもって謎である。
「あー…うん。最初の“さしす”までは正解」
「料理には必要不可欠だろうからね」
翼が口にした正解という言葉を聞き、俺は誇らしげに胸を張る。
「んと…それから後の“せそ”について聞きたいんですけど…」
綾奈にしては珍しい、引き攣った笑顔で控えめに聞いてくる。
その引き攣った笑顔の理由が、さっぱり分からなくて、俺は首を傾げながら答える。
「大体食べた後お腹を壊しちゃうから必要なのが正露●。それからどうしても材料が飛び散ったり、お皿を割ったりするから掃除しないと」
そんな俺の回答に呆然と立ち尽くす翼と綾奈。
そしてその横で―
「なるほど。言い得て妙ですね」
『見事なものです』と感嘆の声を上げる薫。
「あ、頭痛くなってきた…」
さすがの翼もこれには堪えたのか、がくりと項垂れる。
「だ、大丈夫だよ!優さんならきっと…!たぶん…恐らくは…」
そんな翼を勇気付けるかのように寄り添いながらも、綾奈もさすがに少し自信が無くなってきたのか、語尾に向うにつれて不明瞭な言葉を、尻すぼみ気味に言う。
「……私ってそんなに酷いの?」
その二人の様子から、自分の回答がかなり間違えた方向であった事は明白である。
しかし、それがどう間違えていたのかが分からない俺は、唯一理解を示してくれた薫に問いかけると一言。
「予想外です」
と、だけ答えてくれたのだった。
……予想外って……どういう意味で?