間話 翼の意外な特技!?
よくよく考えてみれば、休載しなくても、間を繋げる小話的な話を執筆してありました。(汗)どうぞ暫らくお付き合い下さい(笑)
三限目の家庭科の授業中。
そのあまりにも難解な授業内容に、俺は机に突っ伏して、教科書と穴が開くほど凝視していた。
そこに、待ち侘びた授業終了を報せるチャイムが鳴り響く。
(やっと終わった…)
げんなりした俺を労うかのように、隣に座る綾奈が苦笑いを浮かべながらも優しく肩を叩く。
しかし、教員はさらに追い討ちをかけるかのように―
「それでは来週の家庭科のこの時間に、調理実習を行いますので、各自エプロンを準備してくるように」
俺にとっては、死刑宣告ともとれる言葉を最後の最後で言い放った。
事務的に響き渡る小野寺薫の号令に従いながら、礼が終わると同時に俺はギブアップと言わんがばかりにへたり込み、机に突っ伏す。
「大丈夫ですか」
高揚がない声色ながらも、心配してくれているであろう薫に、『大丈夫』と突っ伏しながらも答える。
「でも意外―。優はそういう女性的なの得意だと思ってたんだけどなー」
「うん。私もそう思ってた」
「意外だよねー」
さも不思議そうに首を傾げる悟技翼の言葉に、周りにいた女生徒達が同調するかのように言葉を続ける。
しかし俺は生まれてこの方、包丁もまともに握った事もない。ましてや料理をするために、キッチンへと足を踏み入れる事なんて考えられない人種である。
「皆、私にどんな空想を抱いてるのさ…」
溜め息交じりに答える。すると―
「ご、ごめんなさい…。私もそう思ってました…」
「あ、綾奈まで……」
申し訳無さそうに、しなくていい白状をする綾奈に、俺は恨めしそうに視線を送る。
「ご、ごめんなさい…」
その責めるような視線に、小さい体をさらに萎縮して小さくする綾奈。その姿は、やはり小動物を連想させる。
「優。貴女は調理が苦手なのですか」
それまで唇に手を添えて、何かを黙考していた薫が突然俺へ話しかけてくる。
「え?あ、うん。家では藍璃がやってくれるし…」
それ以外で俺が食事を取る時なんて、お湯を注いで所定の時間を待ち頂きますの世界だ。
もっとも、女になってからというもの『せっかくのスタイルを無駄にしないで下さい』と藍璃に怒られて以来、それも控えてはいるのだが。
「では提案があります」
どうやら調理実習という、俺にとっては最大の難関を打開出来る術を考えてくれていたらしく、その提案に耳を傾ける。
しかし、薫の口から出た提案は、些か俺の予想外のものだった。
「翼に料理を指導してもらうのはどうでしょうか」
その理解不能な言葉に一瞬俺の脳が静止する。
(料理を?あの翼に?)
俺が言うのもなんだが…。
料理といった家庭的なイメージよりも、外で男相手に決闘を挑みつつも、その半端ない攻撃力と正確無比な足技で相手を薙ぎ倒して、爽やかに汗を流している方がイメージ的にしっくりくるあの翼に、料理を指導してもらえと仰るのか。
「いくらなんでもそれは…」
『ないだろう』と言いかけた瞬間―
「あ、それはいいかもしれないですね」
まさに名案だと言わんばかりに、満面の笑みでその意見に同意する綾奈。
「ちょ、ちょっと本気…!?」
「問題ありません。翼の料理の腕はかなりのものです」
俺の想像している事を察しているのだろう。しかしそれを踏まえた上で、薫は平然とそう答えた。
しかし料理が得意であるのなら、翼は昼食を勝ち取るために毎日購買部へと、猛然とダッシュする必要がないはずである。
なぜなら、誰が好き好んで、あの飢えた集団の中にその身を投じるというのだろう。
答えは否だ。
そうなれば考える可能性は二つに一つ。全員の味覚がおかしいのか、或いは全員が通常に比べて極めて料理が下手かのどちらかである。
「なるほど」
「いや、そこまで頑なに拒否しなくても」
近くにいた女生徒のツッコミが入る。俺が考えている事は、自分で考えている以上に顔に出るらしい。
「とりあえず今日の放課後からでも優さんの家に寄って、料理特訓しましょうか」
綾奈が胸の前で両手を合わせて楽しそうに微笑む。
「くっ……!」
この綾奈スマイルに何度押しきられた事か。
「まあ、私も自慢するほど得意って訳じゃないのは確かだけどさ。諦めな」
そう言ってケラケラと笑いながら肩を叩く翼に、一抹の不安を感じながら、俺は諦めたように家庭科室の天井を仰いだのだった。
皆様ご迷惑おかけしております。なかなか体調が回復せず、申し訳ないです。その間、夏休みよりも少し前の些細な出来事を三話分お楽しみ下さいませ。如月コウでした。