第56話 疑惑±疑惑
「ではここでお待ちください」
「……はあ」
「どうも」
丁重に通された居間の広大さに二人残された俺達は、呆然としつつ汐の言葉に生返事を返した。
あれから発言の真相を知るために案内されるがまま、汐の後を着いて来たまでは良かったのだが、この現実離れした状況を前に、些か呆気に取られてしまっている。 眼前に広がるのは、一戸建ての家ならそのまま入ってしまうのではないだろうかと思えるぐらいの客間と呼ばれる異次元空間。
レンガ造りのレトロな洋館。その途中には洋風庭園。それに池を中心にした和風庭園までもが配されている。おおよそ一般人である俺達には縁も無い場所である事は明白である。だがしかし……。
そんな心の葛藤を代弁するかのように、
「“優様改め翔様初めまして”ですか。安易に勘違いなどでは片付けられない発言ですね」
まるで、この場にいない誰かにも伝えるような声で言った。
「以前の翔との違いに私の言動を訝しむ友人知人は今までにも存在しましたが……。貴女という存在に、翔という存在を関連付ける事は有り得ない話です」
そう語る翔の表情は険しさを増していた。
翔の言う事は尤もではある。
親戚という存在で、その上同居している存在ともなれば、その関係について怪しまれたり要らぬ推測が飛び交ったりした事は確かにある。だが、2人の存在に疑問を感じる人間などいなかった。ましてや“優様改め翔様”といった、俺を翔として確信を持って挨拶を交わす人物など、この世に存在するはずはない。
あるとすればそれは――
「“S”について、何らかの情報を知りえてる。或いは、その被験者である可能性がありますね」
翔の言葉に、俺も静かに頷く。
「問題は、その情報がどれだけのものか、だな」
俺を“神凪翔”として認知したのだ。少なからず現状では、何も分からずに日常を過ごしていた俺達よりも遥かに多くの事を知っているだろう。
そこまで考え至って。そうなると今、優として生きている自分はどうなってしまうのだろうか?そんな疑問が脳裏を霞める。
「……不安ですか?」
どうもソワソワと落ち着きが無くなってきた俺に翔が苦笑いを浮かべてそんな質問をしてきた。
今まで考えていた女としての自分の在り方。そして記憶の中で薄れかけていた男としての本当の現実。それが、今、たった一人の少女の一言で根底から覆されるような気がしている。
それを恐ろしいと感じることに少なからず驚きもあれば、少し前まで望んでいたはずのものに手が届くかも知れないと感じながらも不安を募らせる自分自身に首を捻った。
「……どうだろうな」
それらを踏まえて、精一杯の強がりと、心からの疑問の意を込めてそう答えてみせる。
「まったくもって貴女らしい返答ですね」
「それはどうも」
俺の返答に満足気に微笑む翔に、心情を見透かされているような気がして不機嫌そうに俺が投げやり気味に返答した次の瞬間。
「なんだ。それなりに友好的な関係を築けてるようだね?」
重く閉じてあった扉が開き、汐を引き連れて居間へと入ってきた少女。
学校とは違う、早朝の登校中に出会った時のような口調に戻しながら、少女は目の前の椅子に腰掛けると愉快そうに笑った。
「キミが優とは知らなかったから、今朝方の非礼は詫びるよ。ボクの名前は七瀬衣緒。これから宜しく。お姉ちゃん」
スカートの端を上品に摘み、軽く会釈をする。
その立ち振る舞いに暫しの間呆然としていたが、ふと衣緒と名乗る少女の台詞に聞き捨てならない言葉が含まれていた事に気がつく。
「……お姉ちゃん?」
「うん。お姉ちゃん」
衣緒の視線が捉えている先にいるはずの己を指差し、首を傾げながら聞き返す俺と、平然と笑顔を絶やさずに言い返す衣緒。
そして――
「キミは今後、神凪翔の親戚の神凪優じゃなくて、ボク七瀬衣緒の姉、七瀬優として生活してもらうよ」
そんな色々とツッコミどころ満載な、とんでもない事を言い出したのだ。
大変長らくお待たせ致しましたorz
内容が内容ですし、色々と気を遣っていると時間の無さも手伝ってこんなに更新が遅くなってしまいました…。申し訳ございません。
さて。色々と物語が動き出しています。正直、一話ごとですと、話が短過ぎて訳が分からないと仰られるかも知れません。ですが、五話を通して見てみると、違和感が無いようにと心掛けておりますので、どうぞ温かい目でみてやってください;;
更新も遅くなりがちではありますが、どうぞ最後までお付き合い下さいませ;;
お手紙、コメント、感想大歓迎です。文法的におかしな部分、読み難かった部分があればご指摘、もし宜しければお願いします。
それでは〜。如月コウでした(礼)
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