第50話 ひと段落?
その後。無事に救出された俺は、高熱でうなされて倒れていたらしい。
らしい、と言うのは、実際に俺はその晩、一度も目を覚ます事無く次の日の朝を迎えたからである。
幸か不幸か。足首は骨には異常がなかったようで捻挫ですんだ。熱も、朝にはすっかり引いていて、目覚めた時には周りの心配そうな視線とは裏腹に、俺は至って元気だった。
「優、あんまり動き回るなよ〜?」
「大丈夫だから。楽しんできてね」
翼が心配そうにこちらへと振り向くと、見送りに来た松葉杖をついている俺へと言葉を投げかける。
帰宅する時間まで元々海で遊ぶつもりだったのだが、怪我をした俺を残すのは駄目だと言って、最後までみんな譲らなかった。仕方なく翔が看護すると名乗り出てくれたおかげで、渋々ながら遊びに出掛けてくれたのだ。
「悪かったな。付き合わせて」
「構いませんよ。しかしながら、今回は少々無茶が過ぎますね」
そう言って俺を見下ろした翔の表情が、怒っている事を示すように眉を顰めている。
「どうしてあれほど迅速に貴女の居場所へと辿り着けたか知っていますか?あそこは海流の流れが激しく、岩場を削ります。あの立派な空洞を作り上げるほどにね。つまりは、水死体ならばあそこに打ち上げられる可能性が高いからです」
語気が荒い。聞けば、翔もかなり心配したと薫から聞いた。そう考えると、この言葉をいつもの戯言のように、煙に巻くような発言はするべきじゃないだろう。
「うん。だから……ごめんなさい」
松葉杖を廊下の壁に立てかけ、可能な限り頭を下げる。本気で心配させたのなら、本気で謝るしか出来ない。
「……分かって下されば構いません」
俺の考えている事を理解したのか。翔は、それ以上怒るわけでも、言及するわけでもなく口を閉じる。
玄関でじっとしていても仕方が無いので、部屋へと戻ろうと踝を返そうとした、まさにその時――
「翔様?」
玄関から訪れた客人により、呼び止められたのだった。
「優様、今回は本当に申し訳ございませんでした」
深々と頭を下げる七瀬汐。
どうやら宿泊を終えて、帰るところだったのだろう。手には大きめなバックを手にしている。その手にしている荷物を置くと、そんな謝罪と共に、霧島に頼まれたという手紙も手渡してくれた。
手渡された手紙には、あの時何も出来なかった事への謝罪が綴られている。
(何も出来ないような指示の出し方したのは俺なんだけどな……)
思わず苦笑いを浮かべる。俺が男のままで、霧島と同じ立場だったなら確かに情けない気分になってしまうだろう。無事だった今にして思えば、悪い事をしてしまった。
こちらも謝罪するべきなのだろうが……。どうやら、霧島は一足先に事務所の人間達と共に帰ってしまったようで、その姿は見当たらなかった。
「それより大丈夫でしたでしょうか?えっと……」
「汐、とお呼び下さいませ。私の方が年下ですので」
呼び方に困っていた俺に、汐が人懐っこい笑顔で微笑む。身長は一番背の低い藍璃と同じぐらいだろうか。少し黒の中に紫が入ったような髪色のツインテールが揺れて、綺麗というより清楚といった感じがする少女だ。
こうして面と向かって話していると、不思議な魅力を感じさせる。
「あ、そうなんだ。それじゃ失礼して…。汐は大丈夫だった?」
「私は大丈夫ですが……」
汐は言葉を濁し、俺の足元へ視線を一瞬移すと苦笑いを浮かべた。その苦笑が意味する事は、さすがの俺でも理解できる。
「たしかにこれじゃカッコつかないね」
汐の言葉に、こちらも苦笑いで答える。助けるつもりが、逆に心配をかけてしまうような結果だったのだ。まったく情けない話である。
「ご無事でよかったです。優しい彼氏さんに心配かけぬようにして下さいませ」
俺の手を両手で握り締めながら汐は笑うと、置かれた荷物を再び持ち上げると、頭を下げると――
「それではまた。翔様」
そう言って元気良く駆け出すと、振り返り何度も手を振りながら、玄関につけられた車に乗り込んでこの場から立ち去っていった。
その後ろ姿を見送り、部屋へと戻るため踝を返す。そこで後ろに居た、突然名前を呼ばれた事に怪訝そうな表情を浮かべている翔に気がついた。
「優しい彼氏、ね」
翔を値踏みするかのように見上げて、あからさまな溜息をつく。
そんな俺の態度に、翔は一言。
「全身全霊をかけてお断りします」
と、皮肉を返すのだった。
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それでは〜。如月コウでした(礼)
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