第4話 自分にこんにちは?
そして現在。
再びショッピングモールの一角にあるお店。
結局小一時間程、実の母親に着せ替え人形として試着室に監禁された挙句、ブラの着け方から服の着替え方までレクチャーされて、男としてのアイディンティティを失った気分である。
「……ふふふふふ。これが現実なら俺は世の理不尽さに狂い死ぬかも知れん」
満足気に会計を済ませている母親を放置して、店のショーウィンドウに座り込み、頬杖ついて行き交う人を、ただぼ〜と眺めていた。
(本当にどうしたんだろうな…俺)
以前では小さいとまで感じていた、だぼだぼの服に視線を落とし、胸元を摘み中を覗いてみるとあるのは……。
「彼女、今暇?」
「ひゃぃ!?」
突然の上からの呼びかけに、変な声で答えてしまう。
慌てて顔を見上げると、そこにはどこかで見た事がある男が2人。
丁度挟むかのように左右に立ち、俺を見下ろしていた。
「今一人?俺暇なんだけど、どこか一緒に遊びに行かない?」
警戒心を持たれないようにするためだろうか。
優しく微笑むと、座り込んだ俺の手をとって、優しく立たせる。
(霧島に田端……)
こいつ等には何度か面識がある。とは言え、特別親しい訳ではなく、学校で何度か顔を会わせた事もあるぐらいだが。
では、どうして名前を知っているか。答えは目の前にある。
「凄く可愛いね〜俺びっくりしちゃったよ」
霧島は笑顔で人様の腰に手を回してくる。
「マジで君に会えて嬉しいよ」
田端は、優しく微笑しつつ、肩に手を置き抱き寄せる。
…と、まぁそういうことだ。
2人は生粋のナンパ師なのだ。
その癖の悪さは、校内でも有名になるほどなのだが、如何せん容姿がいいため一概に言えない。
確かなにかのファッション雑誌の、専属モデルでもあるような事も聞いた事がある。
女性にもよく声をかけられている場面にも遭遇する。
つまりは、引く手数多で、気になった女性を見かければ、自ら声をかけて口説き落とす…という流れだ。
「ね?せっかくだしお茶しようよ?」
右に左に、ガクガクと振り回される俺の体。
偶然にも今回はその標的が、よりにもよって俺ですか。
それはつまり女性慣れしてるこの2人からしても、俺は正真正銘の女であって。
言うなれば上玉の部類に入るという事の証明にもなるのだから、嬉しいのやら悲しいのやら、複雑な心境で愛想笑いを浮かべる。
しかし先程から随分と馴れ馴れしく、人の体を触り続けてくれているものだ。
本来なら、これほど近くで2人の美男子に言い寄られるのは、女性としては悪い気はしないだろう。
それに、心なしか行き交う女性の視線がイタイ。だが、安心して欲しい。少なからず俺は男だ。
しかしこのまま激昂して断ったところで、また妙に注目を浴びてしまうのは必至だ。
それは避けたい。そこで思いついたのが―
「ごめんなさい…私、知り合いのおば様と買い物に来ただけなんです」
―ネカマ大作戦である。
少し困ったように、だが嫌味にならない程度に眉を顰め、女口調でやんわりお断りしてみる。
「え〜?どうしても駄目?」
「ほんの少しだけいいんだけど…」
「駄目…かなぁ…?」
2人の問いかけに、変わらぬ愛想を振り撒く。
不謹慎だが、普段からネットの中だけとはいえ、女性を演じていた事が功を奏すとは。まったくもって世の中不思議な事だらけである。
「そっか〜…残念」
意外にすんなりと引き下がる。
その諦めに似た言葉に、俺がほっと一息ついた瞬間だった。
「じゃあさ、せめて今度お茶しようよ。どこの学校?もしよかったら、放課後とかでも迎えに行ったりするよ?」
「あ、それだと名前と番号教えてくれれば、都合も合わせ易いよね」
その言葉に、凍りつく俺。
(あ、甘かったか…)
愛想笑いを続けていた口の端が、微妙に引き攣っている。
「い、いぇ…学校は…ちょっと…」
2人の、見事とも言えるコンビネーションプレイに、次第にしどろもどろになっていく。
「じゃあさ、せめて名前と番号だけでも教えてよ」
「け、携帯電話って…持ってないんですよ……アハハ…」
さらに顔が引き攣る俺。
(さすがにこのままだと拙い)
盗み見るように、会計にいるはずの母の姿を探す。が、なんと再び店員さんと俺に着せるつもりであろう服を手にして、討論会を始めてる。
そういえば試着中、店員にも“こっちもきっと似合いますよっ!”と言われて、服を渡された気がする。
知らない間に、俺の周りは敵だらけですか。
「えー?それは嘘でしょ?」
「あ、名前知らない相手だと警戒しちゃう?そうだよね〜。俺は霧島、でこっちは田端。君の名前は?」
そうしてる内にも、どんどん詰め寄られている。
視線を合わさないように視線を下に落としたものの、さらに下から覗き込まれて失敗。
視線を戻すものの、左右の2人を交互に見ながら嫌な汗をかく。
「な、名前、ですか…?」
「うん」
正直に翔と名乗るべきだろうか。
しかし、それはそれで面倒な事になる気がしてならない。
どうしようかと必死に思案している、その時。
2人の背後から歩いてくる、昨日見たはずの…だが有り得ない人物の姿が目に止まる。
俺は思わず2人の事も忘れて、その人物を指さして絶句する。
しかしその人物は、そんな俺をまるで意に介さないかのような口調で言い放つ。
「優。探したぞ」
そして呼ばれた聞き慣れない名前。
そいつは、水槽を泳ぐ金魚の如く、口をパクパクと動かすが言葉が出ない俺の腕を引き、二人の間から救出する。
そうすると、邪魔をされた2人は当然文句の1つも言いたくなるわけで。
「邪魔しないでくれない?……神凪翔」
嫌味のためか、親切にその人物をフルネームで名指しする霧島。
緊迫する三人の空気。
そして集まる見学客。
自分に腕掴まれるという特殊な経験で、口から何かが出てきそうな俺。
……そしてその光景を、遠巻きから生暖かく見守る家族の姿。
助けろよ。お前等。
重要な部分に一向に辿り着かないのはなぜでしょう?(挨拶)
登録して二日目でアクセス数が100を超え、とても嬉しく狂喜乱舞しております。
訪れて下さった皆様には最大の感謝を。少しでも面白く感じて貰えたならいいのですが(苦笑)
何かご意見、ご感想がありましたら仰って下さると助かります。
キャラクターが今はあまり立っていないので、もう少し個々のキャラの特徴が出していけたらな、と思いつつ次回へ。
また後書きで会いましょう。