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第2話 藍璃の覚悟と兄の覚悟

時計の針が時間を刻む音だけが響き渡っている。

今、秒を刻む針が長針と一瞬だけ重なり、9時が過ぎた事を報せていた。


「………」

「………」


俺は学校では始業式にも関わらず、自室で妹である藍璃と向かい合っていた。

パジャマのまま無言で。しかもお互い正座である。

重苦しい沈黙が続いている。

藍璃はすでに中学の制服に身を包み、その艶やかな肩まである黒髪をいつも通り後ろで括り、短めのポニーテールの尻尾が溜め息の度に揺れている。


「つまり、ですね…」


何度も繰り返した討論に終止符を打つために、藍璃が俺の説明を一から言い直す。

「貴女は私…つまりは神凪藍璃の兄、翔であって、気がつけば見知らぬ女性になっていた、という事ですか?」

「その通りだ」

俺は一語一句藍璃の言葉を聞き逃さず、そして真顔で相槌を打つ。

そもそもこうなった本人ですら未だに半信半疑であって、説明を求められても困るというものだ。

原因がまったく心当たりが無いのに、どうやって現状を説明しろと言うのだろうか。

「そうですか…」

再び藍璃が深い溜め息を零す。

「そうなんだ…」

そんな藍璃を労う様に、再び相槌を打つ。


「え〜と…ですね…」


藍璃は歯切れの悪い言葉で、必死に言葉を紡げようとして、口をパクパク動かしては、困ったような表情を浮かべている。

どうやら俺をなんて呼べばいいのか迷っているようだ。


「いつも通りお兄ちゃんでも、翔でも好きに呼んでくれ」


何を言いたいのかを察して、妹に助け舟を出す妹想いな俺。


「庇うために名前を名乗る気もないんですね…。分かりました。ではお姉さんと呼ばせて頂きます」


そんな兄に対して、藍璃は視線を外し“こんな綺麗な人を放って置くなんて…馬鹿兄殺す”と物騒な言葉を吐き捨てる。

そして俺の案は却下され、お姉さんと呼ぶつもりらしい。

俺の言葉の何処に“わかりました”という理解を表したのだろうか。

どうも朝から理不尽過ぎる事が多い気がするぞ。


「確かに、あんな馬鹿兄と…その…一夜と言えども同衾してしまったのは、あまりにも不幸過ぎる出来事で、心中お察し致します」

「……はぁ」


いやもうびっくりするぐらい察してない。

素晴らしく俺の説明はスルーされているようだ。

実妹とは思えないような、あまりな言葉の数々に、意味も理解も出来ぬまま思わず生返事を返すしか出来ないでいる俺。


「そして目覚めれば相手である兄はさっさと姿をくらませ、着る服も無く、仕方なく兄のパジャマを泣く泣く着る事になって…さぞかし不安だったでしょう」


そこでやっと俺は藍璃が言わんとしている事を理解できた。

なるほど。

どうやら藍璃の中では、兄である俺が女を部屋に連れ込んだ挙句、する事は済ませてさっさとトンズラこいたと思ってるわけか。

それは最低な男だな…。


「………って、違うからっ!?」


思わずうんうんと頷いていた頭を、上下運動から激しい左右運動に変換させる。

「まさか家族の中から犯罪者が出るなんて…家族の一員として監督不届きですね…」

ハンカチで目頭を押さえる藍璃。

少なからず俺はこいつに監督された覚えはない。

しかし今はそれに対してツッコミを入れている場合ではない事は確かである。

何か納得させられる材料や、或いは一緒に説得してくれる理解者が必要だ。

そうこうしている内に、藍璃は受話器を片手に、

「もしもし…警察ですか?兄が被害者をこれ以上出す前に捕まえてください」

「待て待て待て待てっーーー!?」

慌てて受話器を奪い取ると、受話器の向こうから聞こえるのは不気味なほどに優しい声の警察のお兄さん。

「落ちついて…。辛いかも知れないけど…お兄さんの事は我々警察が責任を持って更生させるよ。だから住所を…」

「宅配ピザ屋と間違えましたぁ!!」

相手が言い終える前に、そう言って受話器を叩きつけるように置く。

「兄の事はいいんですっ!…いつか…こんな日が来るって…覚悟してましたから…」

よよよ、としな垂れる馬鹿妹、藍璃。

このままでは他ならぬこの馬鹿妹のせいで、俺はめでたく犯罪者の仲間入りを果たす事になってしまう。

何か手段はないのかっ…!?

このままでは平行線を辿って、前に進まない。

何かこの事態を打破出来る新しい風が来る事を心から願った。

そしてその願いは叶ったのか、事態は急速に動いた―。




「「ただいま〜♪」」

「あ、お母さんお父さん」




………悪い方向へと。



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