第23話 心情の機微を理解する友人は大切である
「と、言ったものの…。そう簡単に都合のいい短期バイトなんてないよなー…」
登校中に駅のホームで見つけた、無料のバイト求人誌を凝視しながら机に突っ伏す。
間近に迫った夏休み中ならまだしも、夏休み前の短期バイトとなるとかなり厳しい。
よしんばあったとしても、その競争率は極めて高いものとなるだろう。長期休みの前に、遊ぶためのお小遣いを稼ぎたいと考えている学生は数多なのだから。
「優。バイトでも始めるのですか」
珍しく一人で登校してきた小野寺薫が、俺の手に握られた求人誌に視線を送る。
「うん。パソコンと携帯電話が欲しくて」
「後者は理解出来ますが前者の必要性はあるのですか」
「自室でネット繋いでゲームで遊んだりしたいからね。翔も手伝ってくれるそうだし、いい機会かなー、と思って」
その言葉に心なしか眉を顰めた薫に首を傾げながらも、俺は再び視線を求人誌へと戻す。
確かに薫はそういうゲーム類の、しかもネットゲームというものには無縁そうだ。
しかし、最近随分と感情を表情に出すようになったように感じる。
一緒にいる時間が増えたから、その心情の機微が理解出来るようになったのだろう。同様に、悟技翼や菜乃綾奈の考えてる事も分かるようになってきたからな。
今では三人の前に限っては、最低限の口調以外はほぼ素と言っても過言ではない。
「そういえば…。三人は何かバイトしてないの?」
「しています」
「ふーん…やっぱりそんな時間ないよね…って、してるの!?」
「はい」
求人誌を見ながら、思いつきで言った質問に薫が平然と答える。三人がバイトしているなんて初耳である。そもそも、皆各々遅くまで部活動に精を出しているはず。
それなのに、どうやってバイトなんてする時間を捻出しているのだろうか。
「各々、ある程度時間の融通が利くバイトを持っていますから」
うん。だからどうして薫はいつも人の心の中のツッコミに対して、そうも平然と答えるのか。
機微を理解するレベルを超えている気がする。
「些細な事です」
「全然些細な事じゃないんだけど。……いやまあいいけどね」
再び心の内の疑問に、黒縁眼鏡を中指で押し上げながら答える薫に、俺はげんなりとした表情を浮かべる。
「ちなみに薫はどんなバイトしてるの?」
「……基本的には延々無言で立っているだけでしょうか」
自分のバイトにも関わらず、どう表現すればいいのか分からず言葉を濁す薫。
(流れ作業の工場のバイトだろうか…?)
しかし、そんな時間の融通の利くバイトではなかった気がするが。だが薫の事だ。合理的な方法でそれを可能にしているに違いない。
ならば―
「それって私にも出来る?」
「可能ですがお奨めしかねます。それに優なら私よりも適任でしょうが早急には不可能です」
「そっか…」
一分の望みを賭け聞いてみたが、残念ながら薫はその首を横に振った。
少々どのようなバイトか興味があったものの、今は己のバイト探しで必死である。パソコンは不可能でも、せめて携帯電話購入と夏休みを楽しむだけの資金は絶対に手に入れたい。
そして再度うんうんと唸りながら、穴が開くほど求人誌を見ている俺に対して、薫は『どうしてもと仰るなら』と前置いて。
「綾奈に頼んでみてはどうでしょうか」
そんな風に、俺に進言してくれた。
「え?綾奈のバイトは短期でも良くて、すぐ紹介してもらえそう?」
薫の提案に、天の助けと言わんばかりに目を輝かせる。
「紹介も何も綾奈の家は喫茶店ですから。確か、力仕事を頼める男性と、優のような女性を随時募集していた記憶があります」
「嘘!?ホント!?」
「はい。綾奈の紹介なら尚の事確実でしょう。ただ、その喫茶店というのが少々特殊でして―」
「それなら私にも出来そうだ。薫さんきゅ!」
薫の言葉を遮りその手を握ると、ぶんぶんと上下に振り回す。
「いえ。私も貴女の尊い犠牲を忘れません」
その浮かれた俺の様子に説明する事を諦めたのか。薫はなぜか物騒な物言いで祝福してくれた。
そして―
「あ、綾奈おはよう」
「おはようございます」
噂をすれば影あり。翼が寝坊したらしく、一緒に遅れて登校してきた綾奈が道行くクラスメイト達に挨拶を交わしながら教室へと入ってきた。
「……綾奈」
「あ、はい。優さんおはようございます」
「綾奈助けてーーーーー!!」
「は、はいっ!?」
自分が登校するまでの間に行なわれた会話内容を知らない綾奈は、いきなり抱きついて助けを請う俺に動揺してただオロオロとしている。
その横で、薫からその事情を聞いた翼がその顔を小悪魔のような笑みに変えていたとは…。
バイトを見つけられたと浮かれ気分の俺が知る由もなかった。
ここまで理解されると怖いですけどね(挨拶)
さて。今回はちょっとした綾奈シナリオでしょうか?とはいえ、今回はそれほど綾奈だけに突出しているわけじゃないですが(苦笑)
バイトの内容については…なんとなく文面で分かって『あ〜…あれかぁ』と画面前で笑ってらっしゃる方もいらっしゃるんじゃないでしょうか(笑)
お手紙、コメント、感想大歓迎です!文法的におかしな部分、読み難かった部分があればご指摘、もし宜しければお願いします。
それでは〜。如月コウでした(礼)
●ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。(月1回)
●ネット小説ランキング>現代FTコミカル部門>「ぷらすマイナス*S。」に投票です。