第20話 懐かしき思い出は2乗
そしていよいよその翌日。
学校の一日の終了を告げるチャイムが校内に鳴り響く。
いつもは、クラスメイト達に挨拶を交わして帰宅なのだが―
「それじゃ行って来るね」
傍にいた薫に、そう言って教室を後にする。
男である時には、こんなにも部活動の時間を待ち焦がれる事など有り得ない事だった。
今にして思えば、マネージャーよりも正式な部員としてでも良かったのかも知れないという考えも浮かんだが…。
元々、そうなると自由な時間が減るのが嫌で、帰宅部を選んだのだ。それは遠慮したかった。
せっかく自由にしていいと言われている事だし、入部届けとしてはマネージャーとしてだが、気が向いた時ぐらいは、練習に参加させてもらっても問題ないだろう。
「失礼しまーす……」
体育館のすぐ傍にある、小奇麗に片付けられた武道場に足を踏み入れる。
すると―
「セミロングでブロンドの髪…あの噂の神凪優か…?」
「まさか…噂は本当だったのか…?彼女があんな弱小剣道部のマネージャーをするなんて…」
手前で今まさに練習を始めようとしていた空手部と柔道部の面々がこちらを見て、ひそひそと話を始める。
(噂って…。マネージャーになるって承諾した昨日から、まだ時間的にも一日経っていないのに…)
げんなりした表情で溜め息をつく。
この学校の生徒は、全員恐ろしく速い情報伝達ネットワークでも保有しているのだろうか。
「あ、優。剣道部の連中は部室に着替えに行ってるよ?」
「ん、了解」
先に武道場に到着して、空手部として練習に取り掛かろうとしていた翼が出迎える。
(剣道部員は全員部室、か…)
しかし入り口でこのまま突っ立っていても仕方ないので、その場にいる翼と皆には、当たり障りのない笑顔を振り撒きつつも、剣道部の練習スペースがある奥で座って待つ。
(この感覚…久しぶりだな…)
試合前。目を閉じ、床の上に座してただじっと己の番を待つ感覚。
なんの未練もなく高校へ進学後、帰宅部へと移ったが、今こうしてみると少し惜しい事をしたような気持ちになってくるのが不思議だ。
凛とした心地良い空気。いつの間にか他の部員達のざわめき声も聞こえなくなっていた。
そして暫くして―
「神凪っ!良く来てくれた」
相川の声が響き渡った。
その声に静かに目を開けて、入り口を見てみると三人の部員と共に相川がこちらへと歩み寄ってくる。それを目で追う途中、幾人かの他部員と目が合ったが、どうやら何かに見惚れていたらしく、思い出したかのように練習を開始し始めた。
そんな事よりも、今日は顔合わせのために部員全員に声を掛けておくと言っていたはずだが…。
「相川先輩…もしかして剣道部員はこれで全員ですか?」
「そうだ」
迷いの無い返答に、俺は思わずその場でこけそうになる。
「いや。名簿的には後もう一人いるのだが…。ただ在籍しているだけで、練習にはあまり参加しない奴でな。神凪の勧誘方法については色々とアドバイスをしてくれたんだが…」
申し訳無さそうに相川が苦笑する。
(…そいつがあの騒ぎの元凶か)
真面目な相川の事だ。その部員が冗談半分で言った誘い文句を忠実に再現したのが、昨日の行動そのものなのだろう。
まあ、そいつは来た時にでもさり気なく締め上げるとして。
それでやっとこさ団体戦に必要な五人が揃う部員数。今の言い方から察するに、その一人は来ないものと考えれば四人となって、実質団体戦も参加出来ない弱小部という事らしい。
「ちなみに、その後一人って誰ですか?何年生?」
「霧島は確か―」
「あれ?本当に優ちゃんがマネージャーになったんだ?」
相川の口から出た名前に、俺が顔を引き攣らせた瞬間。
いつだったかショッピングモールでも会った事もある霧島京一。
まさしくその男が、いつも通り女性には油断ならない笑顔のまま手を振り、武道場の裏口に立っていた。
「ま、まさか…彼がこの剣道部の部員なんですか…?」
「そうだけど?」
さらに顔を引き攣る俺。
「な、なんだってこんな部に……」
毎日放課後になれば、相方の田端と街へと繰り出して、ナンパばかりしている霧島。
そんな奴がこの弱小剣道部に居座る理由が分からず、ただ呆然と立ち尽くす俺に対して、霧島は実にあっけらっかんとその理由を口にした。
「どうしても団体戦が出たい。なのに人数が足りないからって頼まれたからね。剣道ぐらい、少しやる程度なら簡単だし」
「……剣道ぐらい……少し、やる程度なら簡単、ですか…」
顔を俯かせ、霧島にこちらの表情が見えぬようにして、引き攣った顔を一段と引き攣らせる。
そして―
「それに部活動を三年間やり続けたっていう事は、内申書にも有利じゃん?」
その霧島の一言に。完全にキレた。
確かに俺も、面倒だという勝るとも劣らない下らない理由で、中学時代やり続けた剣道部に入らなかった人間だ。そんな俺がキレるのはお門違いもいい所だ。それは認めよう。
だが。言い訳がましかろうと、少なからずやる気が無い状態のまま、惰性で剣道を続けるのは真剣に打ち込む奴等に失礼だと思った、その気持ちには嘘は無い。
それをこいつは。まともに参加もせずに、易々と『内申書のため』と言って踏み躙ると言うのか。それは…俺が個人的にだが許せない。
「優ちゃんもそうなんでしょ?だったら、こんな所で青春を浪費してないで、今から俺とデートしようぜ」
「―……いいですよ」
肩に置かれた霧島の手を払い除け。俺は、デートの誘いを満面の笑みで承諾する。
なんとか最後の一線を保って女口調を続けながらも、このまま何もせずに知らぬ存ぜぬを吐き通す事も出来なさそうだ。
だからと言って、容赦無用でこの場で暴れる訳にはいかない。もっとも、した所で霧島も男だ。女の俺では、力と体力勝負になる長期戦になるとまず勝てないだろう。
なら―
「貴方が皆が見ている状態で試合して、私から一本取れたら、ね」
霧島を挑発して、周りに人がいる言い逃れできない状態で、試合という短期決戦のお膳立てをすればいい。
壁に立て掛けてあった竹刀を手に取り、その切っ先を霧島に向ける。
相川達が慌てて止めに入る。
それはそうだろう。俺が実は剣道をやっていて。さらには全国大会にも出場経験があるなんて事は知る訳が無い。そうなれば、多少心得がある、しかも男に、女の俺が勝てるわけがないと思うのは至極当然だ。
「デートだけじゃ割に合わないから、恋人になるっていう条件も追加させてもらうよ」
霧島もそう思ったのだろう。少し驚いたような表情を見せたものの、すぐに不敵に笑い、チャンスと言わんばかりに余計な条件を付け足して、そう答えたのだった。
文章を打つよりも題名を考える方が悩むという罠(挨拶)
せっかくの日曜日なので気合を入れて二話更新致しました。部活動編は次回で終わりですね。気合を入れて頑張ります。
こういった日常ネタを如何に面白く、飽きさせないように書く事が出来るのか。まだまだ私が考えなければいけないことは多そうですね。
お手紙、コメント、感想大歓迎です!文法的におかしな部分、読み難かった部分があればご指摘、もし宜しければお願いします。
それでは〜。如月コウでした(礼)
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